表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/126

第三十九章 ダージリンの一日Part2

「ちょっと、ダージリン知らない?」


夕べのケガで真音もトーマスも寝込んでいた。そこへ図々しくもノックひとつせずにジルがやって来た。


「さあ?今日はまだ見てないな」


二人に代わり石田が答えた。


「そう。どこ行ったのかしら、あの子?」










ダージリンはミルクの散歩をしていた。太陽も顔を出し、散歩には絶好の日だ。

ミルクも初めての雪景色に喜びを隠せないでいる。


「ワン!」


リードが限界になるまで前に出ると、振り返ってダージリンを呼ぶように鳴く。


「ミルク…………元気でなにより」


こんなにはしゃぐミルクは見たことがない。連れて来てよかったと心底思っていた。

温泉街は観光客で賑わい、日々の疲れを癒しに来た人々でごった返している。

ダージリンは温泉街から離れ、『自然公園』と称された………ようするに何も無い、ただ散歩道だけがある公園へと進路を変えた。

ほんの数分歩いていると、道の真ん中に仁王立ちする少女がいた。


「ワン!ワン!」


どけと言わんばかりにミルクが吠えると、少女が振り向いた。


「……………なんなのです?」


腰に手を当て、何が不満なのか聞きたくなるくらい無愛想な顔をしている。


「……………邪魔」


「!!」


ダージリンは決して悪意を持って言ったわけではない。ちゃんとした通訳がいれば「そこを通してもらっていいですか?」と、謙虚に訳されたはずである。


「そんな事言われる覚えはないのです!」


人差し指でビシッとダージリンに突き出す。


「人に指差す…………無礼講」


「な、何を言ってるのです?」


ダージリンは「無礼者」と言いたかったのだろうが、今は相方がいなくてツッコまれる事はない。


「なのです………変な喋り方。親の顔が見たい」


ああ………まるで悪気は欠片もないのだが………。


「チッ………いちいち頭に来る奴なのです。誰かさんにそっくりなのです。大体お前こそ変な格好なのです!センスが無いのです!」


ダージリンの着ているガーディアンスーツを言っているのだ。


「あなたも………変な髪型」


少女は左側だけ頭の上からテールを作っている。笑いこそしないが、ダージリンにはそれが面白いらしい。


「な………!」


少女は大変お気に入りだけにショックを受けた。

そんなダージリンと少女のやり取りを聞き付けて、若い女性が三人やって来る。


「どーしたの景子〜?ケンカ?」


「はるかさん……」


少女は景子という名前らしい。


「わあ!かわいい〜〜〜!」


はるかと呼ばれた若い女性はミルクに飛び付く。


「景子ちゃん、何かありましたの?」


栗色の長い髪をふわりとさせた女性が騒ぎの原因を尋ねる。


「純さん………変なオカッパ女に絡まれたのです」


特に媚びる性格ではないのだが、ダージリンを言い負かす自信が無いので救いを求めるしかない。とにかくダージリンを黙らせたいようだ。

そんな景子の心を読んだのかもう一人が、


「絡まれたって………あんたそんなタマじゃないでしょ」


ロングブーツにミニスカート、タートルネックにダウンジャケットまで黒でキメた女性が言った。


「葵ちゃん!ほらほら!真っ白でふかふかでキャワイイ〜〜!」


その黒を好む女性を、はるかは葵と呼んだ。


「ワン!」


景子にはベロも出さなかったミルクも、はるかにはとことん懐いている。


「あなたのワンちゃん?」


犬如きで騒ぎたくはないが、葵とて可愛いものには目がない。だからダージリン経由でミルクに辿り着こうとしている。


「名前はミルク」


ミルクが愛されるのは悪い気はしない。ダージリンが葵に名前を教える。


「ミルクちゃんって言うの?ふふ〜ん、牛乳みたいに真っ白だもんね。純ちゃん、ほらかわいいよぅ〜〜」


はるかはミルクにぞっこん中である。

そんなはるかを見てると、ダージリンへの一矢にはならないと景子は知り、


「どうせ雑種なのです」


純をたきつける。お嬢様の純が何に反応するかは知り尽くしていた。


「雑種?それはいけませんわ」


純がつかつかと前に出て来る。


「あなた、このミルクとか言う犬は、犬種はなんですの?」


犬種と言われても、拾ったようなもの。例え血統書付きだったとしてもわかるわけがない。


「…………不明」


ダージリンはなぜそんな事を聞かれるのかわからなかった。


「んまっ!やっぱり雑種ですのね?二人共、血統書の無い犬にかまける時間はありませんわよ!」


いつの間にか溶け込んでいる葵にも言った。

景子は純が予想通りのアクションを起こしたので満足だった。


「別にいいじゃん雑種でも。そりゃ純ちゃんは血統のいい家庭で育ったでしょーけど」


はるかが口先を尖らせた。


「犬もいいわね。総帥に言って買ってもらおうか」


葵も犬種にはこだわらないらしい。


「何をおっしゃいますの葵さん!総帥にはもっと孤高な感じ…………そう、シベリアンハスキーなんかよろしいんじゃなくて?」


「え〜〜、チワワかミニチュアダックスがいい〜!」


はるかが駄々をこねた。


「私も小型でいいかな。シベリアンハスキーはデカすぎて可愛くないし、デカイのは世話が面倒臭い」


葵もはるかに賛成だ。


「これだから庶民は困りますわ。シベリアンハスキーのあの誇り高い…………」


「わかったわかったって。総帥に聞いてからにしましょ」


純の面倒臭い部分のスイッチを入れてしまったと、葵は自分を責めた。そもそも、純のどこにそのスイッチがあるかわからないから面倒臭い。


「総帥ならば絶対にシベリアンハスキー………もしくはシェパードをお選びになりますわ!」


純は自信満々に言った。

はるかは相変わらずミルクから離れないでいる。ダージリンは葵と純を不思議そうに眺めている。景子は……………


「頭が痛いのです」


人を使うのがこんなに難しいとは思ってなかった。

すると、今度はショートカットの大人っぽい女性がやって来た。


「貴女達、集合時間過ぎてるのに何やってるの」


コートのポケットに手を入れて颯爽と現れた女性は呆れ気味に言った。


「那奈さん!いいとこにおいで下さいましたわ」


純はニヤリとした。ここで那奈を味方に付ければと算段してるのだ。


「何よ?みんな待ってるんだから早くして」


「実は何の犬種を飼うかでもめてますの。お二人はチワワだのミニチュアだの言ってますが、わたくしは総帥にはシベリアンハスキーかシェパードがお似合いだと思いますの」


「貴女達………犬飼うつもりなの?」


那奈を取り込もうとする人物がもう一人。


「ほらほら!那奈さんも見て!ミルクって言うの!かわいいでしょぉ〜」


語尾がだらし無くなるのは、ミルクのかわいさにはるかが勝てないから。


「あらほんと。真っ白で可愛いわね」


那奈も犬は好きだ。ミルクを撫でてやる。


「那奈さんは絶〜〜〜〜対チワワかミニチュアダックスだよねぇ〜?」


「そうねぇ…………可愛ければなんでもいいわ。特に犬種にはこだわらないし」


はるかが純を見てしてやったりの顔をした。


「じゃあさ、総帥に相談する時に…………」


「ダメよ」


「へ?」


那奈はすくっと立ち上がり、


「前に私も聞いた事あるのよ、屋敷に犬一匹くらい飼いませんかって」


はるかだけでなく、純も葵も景子も、一応ダージリンも聞いている。


「それで総帥は何て?」


葵が聞く。


「そしたらね…………『お前達だけで手一杯だよ』って言われた」


その言葉を聞いた瞬間、希望は絶望へと変わった。那奈が笑ってるのは、そう言われた時に一本取られたと思ったからだろう。


「さて、帰りますか」


葵が言うと、純とはるかもため息をつきながらも同意を見せた。


「また会えるといいねミルク」


葵はミルクを撫でてさよならを告げる。


「うぅ……バイバイ、ミルクちゃん」


はるかは最後に頬擦りをした。


「わたくしは諦めませんわ!総帥をなんとしてでも説得して見せますわ!」


何の火が点いたのか…………純は戦場へ行くかのように帰って行った。


「なんだかうちのメンバーが迷惑かけたみたいね」


那奈がダージリンに詫びる。事情は知らないまでも、あのメンバーが何をしてたのかは想像出来るからだ。


「気にしない…………ミルクも喜んでた」


「ふふ。そう言ってもらえるとありがたいわ」


那奈もミルクを撫でる。こんな時でもないと動物に触れ合う機会がない。


「それじゃ」


「…………それじゃ」


ダージリンも那奈を真似た。

みんな帰り、ダージリンも旅館に戻ろうとする。


「お前!」


景子を忘れていた。


「今日は見逃すのです!でも次は負けないのです!」


そう言って走り去った。


「………………?」


何度考えてもなんで勝ち負けの話になるのか理解出来なかった。

が、変な人種に会ったものだと感心もしていた。


「ミルク…………楽しかった?」


「ワン!」


立ち止まって後ろを見る。もう誰もいないが、


「…………頑張って」


なぜかそう言った。










旅館の裏にミルクを繋ぐと、ダージリンは正面口に周り中へ入る。


「あんたどこ行ってたの!」


ジルが売店から現れた。

周囲の注目がジルに集まる。もちろん容姿が綺麗な事もあるが、なによりフランス人のジルがイントネーションひとつ間違わずに日本語で叫んだ事に驚いたのだ。


「ミルクと散歩」


「散歩って………半日も?」


コクリと首をもたげた。


「今度から一言言ってから行きなさい」


心配してたのだ。


「ジル…………心配した」


「べ、別にしてないわよ」


「嘘は泥棒の始まり………」


「こういう時に使う言葉じゃないの!」


ダージリンのこめかみをぐりぐりする。


「………ったく、世話のやける。楽しかった?」


ダージリンはまた頷いた。


「そ。ならよかったわね」


あまり人間らしくないダージリンが、人間らしい行動や感情を抱く事に反対するわけがない。もっと刺激を受けて、ユキやエメラのように『普通』であってくれればと思う。


「戻るわよ、みんなでお昼食べに行くから」


ダージリンはまだあの変な人種を思い出していた。実に愉快な。


「ジル………」


「んん〜?」


「私達はまだ若手」


「は?」


「下積みが足りない」


「またわけのわからない事を……」


景子達との出会いは、ダージリンにとっては大切な思い出になるだろう。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ