第三章 ERROR
ユキは事細かに説明してくれた。
まず、選定者となった者は超金属『ヒヒイロノカネ』を他の選定者のガーディアンから奪い、六つ集めた時点で自分以外の選定者とガーディアンがいなくなるわけだから、自ずと選定の儀は終了する。つまり神となる。
『ヒヒイロノカネ』を六つ集めるという事から、自分を含め選定者とガーディアンはそれぞれ六人ずついる事がわかる。選定者のリストも貰った。
ここまではいい。問題は、選定の儀とは言わば殺し合いの事で、自分以外の選定者とガーディアンは全て排除しなければならない。命ある限り選定の権利は失効しないからだ。
しかし、ガーディアンだけが死んでも失効はしないらしい。仮にガーディアンだけが死んで『ヒヒイロノカネ』を奪われても、選定者には復讐権が発生する。ただその場合、新たなガーディアンは与えられない為、自力で戦うしかない。
辞退も認められてない。辞退を宣言すれば、消されてしまう。誰から?それは選定の儀を開催した主催者、すなわち世界各国の権力者にだ。
そして戦い方。これが驚きだった。
選定者とガーディアンはディボルトという方法で身体を融合させ、能力を身につける。
ジルは銃の弾切れに疑問をもっていた。俺は彼女が弾の数を数え間違えたのだと思ったが、そうではないらしく、ダージリンとディボルトする事で、弾が制限なく使えるはずだったのではないかと言う。
トーマスに関しては、トランプを剃刀のように変化させる能力を、エメラと呼ばれた少女とディボルトする事で得たのだろう。
「理解した?」
俺の部屋なのに俺のベッドに座り、主である俺がその下にいるのはどういうわけか?
「まあ………だいたい」
理解はしたが、信じられない話にまたしても知恵熱が出そうだ。
「そのマスターブレーンってのが俺を選んだのか?」
「そうよ。もちろんいきなり六人に絞られていたわけじゃないわ、最初は何千万と候補者がいたの。そこから徐々に減って最終的に六人になったのよ」
「ふぅん。で、君達ガーディアンは?人造人間だってジルが言ってた」
どう見たって普通の女の子だ。
ショートの髪からは、なぜかシャンプーの匂いもするし、唇にツヤもある。胸も…………あるし。
「ええ。私達ガーディアンは人工遺伝子で造られた人間。一般に知られるロボットタイプの人造人間とは違って、有機質の肉体を持ってるの。だから食事もする。基本的にあなた達人間と変わりはないわ。ただ、ディボルトする時には細胞を原子レベルまで分解する事が可能。そして選定者の細胞に組み込み、特別な能力を使えるように出来るの。わかった?」
わかったと言えばわかった。
「じゃあヒヒイロノカネって?」
「超金属よ。ガーディアンの中のコアとなる部分で、細胞をコントロールする小さな金属の事。それが選定者を倒した証となるの。」
正直躊躇いがある。まるでアニメの世界で、特に相手を倒すという部分がしっくり来ない。
そんな大それた事を、国が黙認しているという。しかし、にわかには信じられない出来事が起こったのも事実で、ジルとトーマスからガーディアンが現れるのもこの目で見てる。
一体何が起きているのだろうか……………。
「そういえば、トーマスが選定者は最低二ヶ国語話せるのが条件だって。でも俺は日本語しか話せない。本当に俺は選定者とかいう奴なのか?」
「選定者は頭脳明晰である事が絶対条件よ。」
「だったら人違いだ。俺は成績も普通だし、推理力に長けてるわけでもないからな」
「いいえ。マスターブレーンは間違いなくあなたを選定者としてリストに載せてるもの、きっと二ヶ国語話せなくても釣り合うだけの能力があるんじゃない?私達にはそこまではわからないわ」
「マスターブレーンって君達と同じ人造人間なのか?」
「超演算時空予測型コンピュータ………一言で言えば超高性能計算機ね」
どうにも『超』は外せないらしい。名称も言い方が複雑なだけで、中身はさっぱりだ。
それにしても………どれだけ凄いコンピュータかは知らないけれど、たかだか機械の言う事に世界の権力者達が従ったというのだろうか?なにもかもが信じられない話だ。
「そのマスターブレーンっていうのはどこにあるんだ?」
「それはヒヒイロノカネを全て手にすればわかる事。実際、私達ガーディアンのメモリーからは削除されてるの。あくまでも選定者との協力の下で辿り着かなければいけないの。」
まあそんなところだろうな。場所がわかってしまっては選定の意味がなくなる。
「そっか」
ファンヒーターの運転延長音が鳴る。直ぐさまボタンを押して解除した。
「なんだかよくわかんないな。どうすればいいんだか……」
「真音、私との契約がまだだったわ。契約しなければ選定の儀に参加出来ないし、早速契約を交わしましょ」
「断ったら?」
「存在を消されるだけって言わなかった?」
逃げ道はないのか…………。
「わかったよ。契約する」
死にたくはないからね。
今は成り行きに任せよう。
「うん。じゃあ目を閉じて」
「こう?」
なんでかはわからないけど正座までしてしまった。
「行くわよ?」
「ああ」
契約なんて言うから書類にサインでもするのかと思った。
予想はハズれ、唇に柔らかい何かが押し当たる。
俺はそっと目を開けた。開けるなとは言われていなかったからだ。でも開けた瞬間、心臓が止まるかと思った。なんと!ユキの唇だった。
「ぬわわわわわわわわ!!!」
壁に頭がぶつかるまで後ずさった。
「いてて………」
「契約完了。今の口づけで、真音の体内にナノビートを植え付けたわ。これでいつ他の選定者が来ても対応出来るわね」
まだ収まらない鼓動が、なぜか気持ちいい。
「何赤くなってるの?」
ユキはなんとも思ってないのか?
「何が?変なの」
思ってないみたいだ。
せっかくのファーストキスが人造人間で、こっちの意思とは無関係というのがやるせない。
「なんでもない。」
人に説教する感情はあるのに、恋愛感情みたいな機能は付与されてないらしい。
こんな形でファーストキスを失うとは………惨い。
「それはそうと真音、私の寝床はどこ?」
「はっ?」
「寝床よ。今日から生活を共にするんだから寝床くらい用意してよね」
「寝床って…………ダメだって!」
「なんで?」
「親に怒られるよ!」
「なんで?」
「当たり前だろ!見ず知らずの女の子を泊めるなんて出来ないのっ!」
「離れ離れはダメ。真音は命を狙われてるんだから、いつでもディボルト出来る環境は必要よ」
誰だ責任者は。何のプロジェクトかは知らないが、きちんと段取りくらいつけてくれなきゃ困る!
それとも何か?話を聞こうと部屋に入れた俺が悪いのか?冗談じゃない。変な戦いだか儀式だかに巻き込まれたあげく、人造人間の責任まで負わされるのか?
「そういう事じゃなくて!」
「わかった。私がご両親に直接話す」
まるで合わせたかのように母親が帰って来た。おっとりとした母親ではあるけど、知らない女の子が家に居座る事を許可するわけがない。
「あれ?ユキ?」
いつの間にかユキがいない。
そして部屋のドアが開いている。まさかと思い、犯人を追う警察犬の如く階段を駆け降りると、最悪な事に既に母親と話すユキがいた。
「あわわわ!ユキ!」
弁解出来る範囲で言葉を使えよ!
「母さん、違うんだ!この子ちょっと変わってて……いや、かなり変わってるんだ!だからなんだ………あれだよ、あれ!」
自分でも何を言ってるのかわからないが、誤解されたら面倒だ。
「大丈夫。真音が心配するような事は何もないから。」
「へ?」
ユキがウインクした。
このかわいい仕草は計算でない事を祈りたい。
「真音、あなた何を言ってるの?わけのわからない事ばかり言って。ユキちゃん、夕飯のお手伝い頼んでいいかしら?」
「はい、『お母さん』」
母さんが二つある買い物袋を一つユキに渡してリビングに向かった。
「ど、どうなってんだ?」
俺はユキを見た。
「いわゆる『刷り込み』ってやつよ。このくらいは想定内、指示は受けてるわ。ただ、乱用出来る力じゃないから誰にでもってわけにはいかないけど」
そう言ってリビングに消えた。
便利な力にも制限があるらしい。俺の知らない細かいルールが存在するんだろう。
心が追い付かないほどいろんな事が起きてる。それが今はまだ心地よく思えてる。
安易な自分に腹を立てるのはいつだって過去になってから。
やがて知る事となる。想像を超える、とんでもない事に巻き込まれてるんだと。
それを知った頃には遅すぎてしまったけど………。