第三十章 ジル&ダージリン
ジルが見つけた資料にも『青薔薇』の事は記されていた。
石田がそうしたように、ジルも食い入るように読む。
「何かわかったか?ジル」
ダージリンがジルを眺めるのは、ジルが珍しく真剣な眼差しでいたからだ。
「ダージリン、あんた『青薔薇』ってガーディアンわかる?」
多分知らないだろうが、一応聞いてみる。ダージリンが答える前に知らない事はわかった。ダージリンが首を傾げたからだ。
「百年前のガーディアンだもんね………知らなくて当然か」
ジルはポケットからデジタルカメラを取り出し、資料をデータとして収めていく。
「何してる?」
「全部記録して行くのよ」
「ご苦労」
ズルッと若手芸人並にこける。
「あ、あのね………『なんで?』とか普通言わない?大体『ご苦労』って………なんで上から目線なのよ」
普段まともな会話が成り立たないせいか、たまにツッコミどころを無くすと調子が狂う。
「じゃあお言葉に甘えて………なんで?」
深〜いため息が出た。
「資料なんか邪魔になるだけでしょ?百年前と違って、現代には優れたアイテムがあるのよ。それも小型のね」
CMでも撮るかのようにデジタルカメラを突き出しビシッと決めたつもりだったが、
「なんだ…………つまんない」
ダージリン相手にペースを掴むのは至難の業なようだ。
「あんたこれメードインジャパンなのよ?それも最新の!」
「無駄話はいい……………早く片付けて」
「ぬぬっ……………」
やたらと命令口調で物を言われ怒りたいところだが、こういう展開は予想していなかったので言葉が出てこなかった。
ミルクに早く会いたいのかもしれない。そう思い資料を写真に収める続きをした。
「にしても………どれもこれも『青薔薇』ばっかり。たった一体のガーディアンを何人もの視点から観察してるみたいだけど………」
日記のように書かれているもの、記録のように書かれているもの、ひたすらデータだけが書かれているもの、どれも違う人物が書いたものだ。その証拠に、言語が様々だ。
「自由に書かれているのはいいんだけど………自由過ぎるのはかえって不自然なのよね」
人造人間を造る為の施設。しかしその過程に関する資料がない。記録されたものも、中身は日記とたいして変わらない。スポーツテストでもしたかのような項目が記され、一言感想が書いてあるだけ。
データの方はそれらしくまとまってはいるが、これも人造人間を研究したデータとは思えない。
「どうやって造ったのか書かれてないんじゃ、あんまり意味ないかも」
一通り写し終え、デジタルカメラのメモリーをチェックする。
「ジル……………」
「ん〜?」
「眠れる獅子に協力してどうする?」
「別に協力する気はないけどさあ、あんた自分の出生知りたいって言ってたから、何かわかればと思ってね」
「それだけ?」
「それだけ。正直、神様なんかになりたいなんて思わないし。…………私さ、毎日つまんなかったのよ。裕福な家庭に生まれて、ちやほやされて………自分の人生に足りなかった何かを、あんたに会えて埋められた気がする。だから私からの恩返しよ。自分の事って自分ではよく知らないけど、生まれた場所も何も知らないんじゃかわいそうだもんね」
「ジル……………」
「感謝しなさあい。アントワネット家次期頭主自ら個人の為に動くなんてないんだからさ」
さらりと本音を言ったはいいが、恥ずかしくなったのでわざと偉ぶって見せた。
「似合わない」
「あ、あんたね〜………」
「でも……………ありがとう」
ガーディアンのメモリー(記憶)は非常に曖昧だ。一般的な常識はあるものの、本人に纏わるメモリーがかなり欠落している。
記憶が曖昧というのは、ガーディアンならずとも歓迎出来る事ではない。造られた人間だとしても、出生くらいは知りたいと思うだろう。
「さ、次行くわよ次!」
ジルの想いはダージリンに十分伝わった。
しかし、この先に待つ二人の運命は、人の想いなどいかに儚いかを知らされる事になる。