第二十八章 逸脱素材
諜報部員としてして来た任務の多くは、要人の会話の盗聴や盗聴器の設置だ。もしくは他国の大使館辺りでのスパイ行為。その内容も誇れるものではなかった。
映画の世界の諜報部員、スパイとは掛け離れた任務をこなして今に至る。いつからか仕事に熱を入れるのをやめていた。
この仕事で満足出来るのは、任務を受ければ比較的自由でいられるところくらいだ。
だが今回の任務はちょっと違う。無いはずの島で人造人間に関する情報収集。眠れる獅子に召集された頃はガーディアンの存在なんて信じてなかった。それが真音とユキのディボルトの瞬間を見てから、男なら誰もが持つ浪漫への憧れの燭に火が点いた。
「さすがに百年も経つとボロボロだな」
散乱する書類や何かのデータとおぼしき資料。環境が悪いのか、手が触れると砂のように風化してしまう。
しかし、それらを見て疑問も浮かんだ。
内部にこれだけの資料が残っている。見ても理解は出来ないが、ガーディアン研究に必要のない資料だとは思えない。
なのに無造作に散乱してるという事は、何らかの理由で閉鎖されたわけではないだろう。事実、どこかで研究は続けられていたからこそガーディアンは存在しているのだ。
マスターブレーンが完成したのも百年も昔ではない。もっとも聞かされた情報が確かならの話だが。
「それにしても…………」
もう一度辺りを見渡す。
「百年前に何があったんだ?」
荒らされた跡がかなり激しく残っている。時間の経過の爪痕とは違う荒さが。
それでも片っ端から資料を手にしていく。何か………そう、何かが欲しい。
「人造人間製造経過簿……?」
日本語で書かれたファイルを見つけた。
状態を確かめる為そっと触れてみると、風化する気配はない。
「……………………。」
なぜか心臓が高鳴る。
表紙をめくる手がわずかに震えた。
真音達が来るより丸一日早く二ノ宮とロザリアは島に来ていた。
研究所に入って行く真音達を高い崖の上から眺めていた。
「ちょっと来るのが遅かったんじゃないか?」
一足先に来ていた二人は、もちろんとっくに研究所の探索を終えていた。聞こえない皮肉で報われないだろう労を労う。
「そんなにたくさんの資料どうするの?」
ロザリアは二ノ宮が脇に置くアタッシュケースを見て言った。
収穫はあった。重要と思われる資料は全て手に入れてある。
「ガーディアンに詳しい人物に渡すのさ。日本語以外は読めないし、その人に渡せば色々と調べてくれる」
「…………この前の電話の相手?」
「そうだ」
「ふぅん…………男?女?」
「さあ?どっちだろ?」
ジェラシーを見せたロザリアを構ってやる。
「どうして言わないの!」
ぷくぅっと頬を膨らませる。こんな姿は二ノ宮の前でしか見せない。
「ハハハ。そのうちちゃんと紹介するよ」
「フンだ」
言わない理由はあるのだが、ロザリアには意地悪にしか感じられない。
「まあその話はまた今度だ。今は見物してようじゃないか………彼らにとっての必要なものは置いて来た。うまく宝を見つけられれば………優秀だな」
「そーやってすぐはぐらかすんだから」
そう言いながらも二ノ宮の腕にしがみつく。
他の誰とも違う大義名分が二ノ宮にはある。真音達を試すのは、打ち明けるに相応しいか見定める為。
ファイルは日記形式でその日のガーディアンの状態が記録されていた。
『2月4日。青薔薇は今日も不機嫌だ。このところ精神的に安定しない。それが原因なのだろうが、薬はそれなりに投与している。全く効果がないのはやはりヒヒイロノカネのせいか。明日にはいつもの青薔薇に戻っていて欲しい。唯一実験に耐えられた大切な検体がこれでは、人造人間の研究は進まない』
たまたま手を止めたページを読んだ。そこには『青薔薇』と称された、おそらくはガーディアンの芳しくない状態が書かれている。
「なんだよこれ………」
石田は前後のページも読んでみたが、青薔薇の不安定な状態ばかりが書かれていて、その内容に不自然さを感じる。
「…………薬の投与?精神が不安定?まるで扱いが人間じゃないか」
ガーディアン=人造人間。人造人間とはアンドロイド、つまりは機械のはず。精神的云々はユキやエメラ、ダージリンを見てれば感情があるのだからわからなくもない。ただ、薬を投与するという記述が、研究に携わりそれを記録したにしてはあまりに不自然だった。
その日からしばらくは、青薔薇の状態に変化があったという記述はない。途中からはやる気をなくしたのか、『同じ』としか書かれてない日が続きファイルは終わる。
石田は更に別のファイルを探す。
『4月14日。青薔薇が不思議な力を見せた。我々が超能力と呼ぶような力だ。手を使わずに食事をしたり、宙に浮いたり。諦めていた研究もここに来て急展開だ。しかし、精神は相変わらず不安定なようで、まともな会話は出来ない。とりあえず、我慢した甲斐があった。明日からの研究がまた楽しみだ』
この記述に驚く事はなかった。ユキが真音に同化したところを見たよりは、意外と有り得ない話ではないだろう。
だがこれを読む限り、この時ガーディアンは青薔薇一体しか存在していない事になる。青薔薇以外の名前が出てこない。
夢中になっていく自分がいる。石田は童心に還ったように青薔薇の状態を読みあさる。
またしばらくはたいした変化はなかったが、記述者は毎日を満足に過ごしていたらしい事は容易に知れた。
しかし、ある日を境に何も書かれてなく、中途半端なページから突如書かれて出していた。
『6月8日。一寸先は闇。研究の打ち切りが決定した。博士も納得したようだ。無理もない。あんな事があったんでは。青薔薇の廃棄も明日行われる。彼女は最後まで笑ってくれなかった。それだけが心残りだ』
(やっぱり何かあったんだ。研究にだって莫大な金はかかったはずだ、それを辞めるんだからよほどの何か………)
予想はつく。青薔薇を廃棄するという事は、何かしでかしたのだろう。そしてそれは、壁の傷や、書類棚のへこみが物語っている。
青薔薇は精神的に不安定だった。記述の無い辺りからそれは肥大し、暴れ狂ったのかもしれない。ましてや超能力を使うのだ、事態は深刻だったろう。
『6月9日。今日、青薔薇は廃棄されなかった。博士がかねてから論じてた人と人造人間の同化研究が最後に認められたのだ。たった一日で何があったのかは知らないが、私達にとって青薔薇の研究が続けられるのはありがたい。お偉いさんも、単体で兵器として扱うよりは、博士の唱える研究が成功すればもたらされる恩恵は絶大だと気付いたのか?いや、未練の残りを博士に託したと考えるのが正しいかもしれない』
ディボルトの研究の事だろう。
『6月22日。やはり人造人間を生産するなど無理な話だったのだ。そもそも、博士の理論が正しいとしても、今の科学技術では限界だ。39℃で融解し42℃で気化してしまうヒヒイロノカネ。未知の力を秘めたこの金属も、その扱いに手を焼く。神の力と期待されても、こちらでコントロール出来ないのでは爆弾と一緒だ。実際に、青薔薇は日に日に凶暴に成りつつある。今度は前のように数人掛かりで取り押さえるのは不可能だろう。次は博士の意志にかかわらず殺してしまうしかない』
たった数ヶ月の間に様々な事があった事が伺える。
そして、
『7月7日。とうとう青薔薇が壊れた。所内を荒らし回り研究員を殺しまくっている。夕べの検温時、体温計の異常に気付いていれば青薔薇の体温を管理出来たはず。青薔薇の体温は既に39℃を超え、ヒヒイロノカネが融解した事で理性を失っている。こうしてる今も、仲間達が死んで行ってる。銃も電気ショックもまるで効かない。お手上げだ。ここに青薔薇の最後の記録を遺す。罪を犯した我々には相応しい終わり方かもしれない』
意味深な言葉で締めくくられていた。
見つけた資料はとりあえずこれで全部。まだ不十分だが、もう少し他を探せばもっと面白いものが見つかる可能性が出て来た。
「罪を犯した………か。どうやら研究所員にも秘密があるみたいだな」
ファイルをリュックに入れ次を探す。
日本語の記述ばかりではない。英語、フランス語、ドイツ語など、それらしき資料も散乱している。それが意味するのは、人造人間の研究が一国による単なるプロジェクトではなかったという事。
まだ世界情勢が不安定な時代に、特別な何かがここにはあった。