第二章 白いガーディアン
昨日の二人が頭から離れなかった。真音は授業も上の空で、ジルの言っていた事を考えていた。
神の選定………夢かと何度も思ったが、銃で撃たれた事実は拭えない。こめかみをかすめた感覚は残っている。
『そのうちガーディアンが来る』
ジルの言った言葉が本当なら、近いうちに来るのだろうか?自分のところにもガーディアンと呼ばれる人造人間が……。
「如月!こらっ!如月!!何をぼーっとしとるんだ!!」
名前を呼ばれ我に返る。そんなにおかしな反応をした覚えはなかったのだが、クラスメート達が一斉に笑った。
照れ笑いでごまかそうとしたのを見透かされ、数学の教師に怒られた。
まだ燻る不安を一瞬だけ忘れる事が出来た。
「如月君、今日の部活の事なんだけど………」
隣のクラスの赤木美紀が、下校しようとしてい真音を見て駆け寄って来る。
真音には美紀に対して特別な感情はない。同級生で同じ弓道部の仲間でしかない。
美紀の方はと言うと、定かではないが多少の好意はあるようだ。
「あ、悪い、今日は帰るわ。」
「用事?」
「まあそんなとこ。部長にもよろしく言っといて。」
部活に精を出す気にはなれない。嫌な事があったり、悩みがある時はとにかく矢を射れと部長の教えはわからなくはないが、その類の不安じゃない。ていうか生きるか死ぬかの不安もプラスされてるのだ、のうのうと高校生を演じる暇はない。
グラスファイバー製の弓をしょい込み美紀に「じゃあ」と声をかけて帰路につく。
「如月君!!」
大切な話があったのだが、追い掛けて話を聞いてもらうほどの積極性は美紀には皆無だ。引っ込み思案な性格で、損をする事はあっても得をする事は今のところはまだない。
真っ直ぐ家に帰ろうかと思ったのだが、不安に火をつけるような事態は早々に訪れた。
「Is it a person of first choice, Maon Kisaragi ?」
金髪の外人が英語で話し掛けて来た。ジルじゃない。ジルは日本語を流暢に使っていたし、確証はないが顔立ちから恐らくフランス人だと推測出来た。
でも今、眼前を塞いでいるのは男で多分アメリカ人だ。羽織っているジャンバーにアメリカの国旗が描かれている。左胸に。アメリカ人は自国を誇る者が多い。間違いない。
日本人くらいだろう、他国の国旗がマーキングされてるものを好んで着るのは。
「あ…………ドント、スピーク イングリッシュ!」
まずは英語を話せない事をわかってもらわなければ。またいきなり銃を突き付けられないとも限らない。そして、彼も選定者だと思われる。なぜなら、真音の名前を知っていたからだ。だとすればガーディアンもいる。
昨日は銃の弾切れという幸運に見舞われ、ジルの殺意も萎えたから助かったが、また同じ幸運が降りて来る事は期待しないほうがいい。
「なんだよ、選定者のくせに英語話せねーのかよ」
「に、日本語!?」
大袈裟に胸を撫で下ろした。話が通じるのであれば心強い。
「如月真音だろ?」
「あ、ああ。君は?」
「第3選定者、トーマス=グレゴリーだ。」
ジルもそうだったが、このトーマスという男も初対面だというのに、やたらと強気なのは外人だからか?
「日本語上手だね、最初から日本語で話掛けてくれればよかったのに」
「英語は世界共通語だろ、話せないお前が悪い。ていうか、選定者は最低自国の言語と英語の二ヶ国語が話せる事が条件のはずだ。そんな事も知らないのか?」
知るわけがない。
「まあいい。お前を倒してヒヒイロノカネを頂く。覚悟しろ!」
また銃でも出て来るのかと警戒したが、トーマスが手に握っていたのは…………
「………トランプ?」
器用にカードを捌く。職業は手品師か?
「今バカにしただろ?」
「し、してないって!」
「うるさいっ!!」
カードが剃刀のような切れ味をもって真音の身体に傷を刻む。
「どうした!怖じけづいたか!」
銃よりはマシかと思った自分がバカだった。傷口がパックリと割れ、出血する。
「待てよ!俺にはガーディアンが………」
「命乞いとはみっともないぞ!」
カードを吹雪のように放って来る。
もうだめだと諦めた時だった。
「大丈夫?」
女の声がした。真音は知らぬ間に閉じてた瞼を開くと、そこにはダージリンと色違いの白い戦闘スーツ………だと思われるものを着た栗毛の少女がいた。
「遅くなりました、ガーディアンガールtype−α(アルファ)のユキです。只今より如月真音、あなたのガーディアンとなります」
「…………俺の………ガーディアン…………?」
名前の通り肌も白く綺麗だ。
「ああん?なんだまだガーディアンと契約してなかったのか?どーりで弱いわけだ」
トーマスは外人特有の肩をすぼめるジェスチャーで呆れる。
「第3選定者トーマス=グレゴリー!ガーディアンと契約していない選定者への攻撃は認められていません!日を改めて出直して来なさい!」
かわいらしい声が響く。
でも鋭さがあって、トーマスがたじろいだ。
「ガーディアンのくせにエラソーにしやがって………」
「よしなさい、トーマス。ユキの言う通り契約を済ませていない選定者への攻撃は認められていないわ」
白いガーディアンとは違う女の声がすると、昨日のジルと同じようにトーマス『から』ガーディアンが現れた。
「エメラ………勝手にディボルトを解くな!」
緑色の戦闘スーツを着た少女は、エメラという名前らしい。
昨日と今日の二日間で、知り合いが一気に増えた気がした。
「トーマス、反則行為は権利剥奪の上、場合によっては死罪。そうなりたくないのなら、今日は退きましょう」
寒気がするほどの表情がすごく印象を残す。
「チッ。命拾いしたな!次は必ず倒すからな!」
背を翻し、去る。
エメラもトーマスの後に続くが、立ち止まって真音とユキを見る。
「ユキ、また会いましょう」
顔立ちの整った女だが、真音は好きにはなれそうになかった。
「エメラ………」
ユキは立ち去るエメラをしばらく見ていた。
「あの〜………」
「はぁ…………それにしても情けないわ!如月真音、あなたそれでも男なの!?」
「はい?」
「私が来なければ今頃死んでたわよ?」
「あ、まだお礼言ってなかったね、ありがとう」
「違うっ!礼を言われたいわけじゃないわ!自分の命くらい自分で守りなさい!」
初対面で命を狙われる事2回、説教が1回。真音の不安は困惑へと変化した。
「あなたは神になる権利を得たの!自覚してくれないと困ります!」
なんの説明もされてない真音を責め立てるように怒る少女。
雪のように白い肌のガーディアンとのファーストコンタクトだった。