第二十三章 予感
公園の噴水を背に、石田はほっとした。また宛が外れれば、諜報部員として自信が失くなるところだった。
「今度は来てくれたね」
あの夜、真音の通う学校でレジスタンスの襲撃にあって以来………とは言えまだ二日前の話なのだが。
「石田さん、メールの内容本当なんですか?」
単なる刑事だと思っていたが、人造人間……ガーディアンの事を知っているところを見ると、ユキの勘が告げるようにその身分も怪しい。それと学校に現れた事。いつも疑問に気付くのは後になる。真音の思考が追い付けないほどあまりにいろんな事が起き過ぎるからだ。
「その前に、君に言っておかなきゃならない事がある」
石田は真剣な表情を見せた。その意味を、真音は悟る。
「刑事では………ないんですね?」
ここまで来て隠されても突っ込んでやるだけだ。
「騙すつもりはなかったんだ。俺にも要らぬしがらみが纏わり付いてるもんでね。ま、結局たいして効果は無かったが。とにかく謝るよ」
本題の前に簡潔に今までの状況を説明してしまうのは、真音の立場が下になる前兆とも言える。
「じゃあ、あなたは何者なんです?」
「諜報部員ってとこかな」
「諜報部員?」
「俺は『眠れる獅子』と呼ばれる組織の一員だ」
石田は『眠れる獅子』の存在意義、自分の役割がレジスタンスの情報収集である事を説明した。
「世界が一つとなって始めた選定の儀。神を人類から選ぶ儀式が始まって間もなく組織されたレジスタンス。レジスタンスは自分達の中から神を選ぼうとしている組織で、さらにそれを阻止するのが眠れる獅子の目的。俺はレジスタンスの動きを掴む為に君に近づいたんだ」
「でもそれは建前ですよね?」
石田は本気で二ノ宮を追っていたのは事実。二ノ宮に会ったと告げた時の彼の行動がそれを証明している。
「………敵わないな。確かに、組織の目的とは別に彼の事は追ってるよ」
「親友だって聞きましたけど?」
「彼の事はこの際置いておこう。君といればいずれ会えるだろうし、今回は面倒な駆け引きは無しの任務だ、たまには組織の仕事もしないと失業しかねないからな」
大人には大人の事情があるのだと言わんばかりの言いぶりだった。
「わかりました。なら手っ取り早く行きましょう。太平洋の真ん中の地図に無い島。そこに人造人間研究所があるってメールにはありましたが………」
やはり真音は気になっている。
マスターブレーンはこの地球上に必ず存在している。しかし、選定の儀を始めた権力者達でさえその場所を知らなかったと二ノ宮は言った。ユキ達ガーディアンのメモリーも曖昧で、ヒヒイロノカネだけが頼りになっている。
だが、ヒヒイロノカネはガーディアンを殺して手に入れるもの。真音はそれを避けて通りたい。石田の持って来た話はこの上ない情報だ。
くだらない戦いを終わらせる為にマスターブレーンを探す。人造人間研究所が本当にあるのなら、なんらかの手がかかりがあると睨んでいる。
「君に問うのは一つ。俺と一緒に人造人間研究所に行くか行かないか。余計な詮索はしなくていい。俺も不安はあるからな。立場は同じだよ」
行かないとは言わない事を知って聞いている辺り、立場が同じではない証拠だろう。
「レジスタンスの野望を阻止するのが目的なのに、眠れる獅子が俺達を連れてそこへ行く理由はなんなんですか?」
「さあね。行けと言われただけで、まだ何も詳しい内容は聞かされてない」
「そんな………」
石田は本当に何も聞かされてないらしかった。彼が立場は同じと言った意味はそこら辺にあるのだろう。
「組織ってのはそういうもんさ。YESかNOか、従うか従わないかでしか答えを求めて来ない。君も社会に出れば嫌というほどわからされるよ」
石田とて若い時分は世の中に夢や期待を持っていた。しかし社会に出てものの仕組みを知れば知るほど、世の中に何も望まなくなる。今の真音にはわからないだろうが。
「俺だけですか?」
「ジル=アントワネットとトーマス=グレゴリーには他の仲間が接触してるはずだ」
ジル達が来る確率は高いだろう。真音の中でも答えは出ている。それを見透かしたように石田が、
「行くんだろ?」
真音は頷いた。
「それと、いちいちディボルトってのはしなくていいぞ。出て来いよ」
真音とユキが同化してる事くらいは予想を越えない。
ディボルトを解いてユキが姿を見せる。
「はじめましてって言った方がいいのかな?」
「挨拶なんていらないわ。それより、私達を騙そうなんて思わないでね」
ユキは石田を見据えて言った。
「言っただろ、腹の探り合いをする気はない。俺は仕事、君達は君達自身の為に行くだけなんだからな」
ユキはロザリアが言った『ガーディアンの悲しい過去』が気にかかっていた。だから人造人間研究所に行きたいと、欲求が強くなる。
自分から削除されたメモリーを取り戻さなければならない。そんな気がしていた。