第二十ニ章 見えない力
「人造人間研究所?」
石田は緊急の呼び出しに応じて、眠れる獅子本部へ来ていた。
「そうよ。古い文献が見つかってね、そういう施設があったらしいの」
冴子が淡々と説明する時、それは任務の話だ。
「お断りしますよ。選定者の保護が優先でしょう?」
どんな任務でもこなす自信はあるが、複数を抱える事はしたくない。ひとつの任務に全力を注ぎたい………からではなく、単純に面倒臭いから。
「まだ何も言ってないんだけど……」
「言わなくとも察しはつきます。俺は二つの任務をやれるほど器用じゃないもんで」
さらりとかわして角が立たないようにしたつもりだったのだが、
「心配には及ばないわ。選定者にも『そこ』へ行ってもらうから」
「どういう事です?」
話は思いもよらない方向へ流れる。それが冴子の意図なのかどうかは定かではないが。
「選定者達にこの話をすれば興味を示すはずよ」
確信があった。おそらく、選定者達は未だに自身のおかれた状況に躊躇っている。人間とはそういう生き物で、すんなりと急変した生活を受け入れる事など出来ない。わかってて言ってるのだ。
「どっからそんな情報を……」
都合のいい話だと思う。情報元次第では信じるだけ無駄だ。
それでも石田には微かな期待みたいなものがある。展開が早まってほしいからだ。
「眠れる獅子の人間が見つけたらしいんだけど……」
「けど?」
煮え切らない冴子の態度が気になる。
「全ては『上』からの情報だから………」
冴子は『上』の人間を信用していない。そもそも『眠れる獅子』自体、怪しげな組織だ。それを運営してる所在がどこにあるのか、冴子にでさえわからないのだ。ただ優秀な軍人、諜報部員、工作員などを世界から寄せ集めたのが眠れる獅子なのだから。先進国に支部を置き、レジスタンスの壊滅を目的とすると謳っているが、レジスタンスの存在は公にはなっていなかった時に、その存在を知る手段があったのか………?
冴子の頭から疑惑は拭えない。
「……………わかりました。如月真音に連絡してみます。他の選定者になんらかのアプローチはするでしょう」
二ノ宮と接触する事は目に浮かぶ。石田の狙いはそっちだ。
「頼むわ。人造人間研究所は太平洋の真ん中に位置する島にあるようよ」
「太平洋の真ん中に島なんかありましたっけ?」
「地図に無い島………ってのがあるらしいわ」
地図に無い島。そんなところへ『行け』と言うからには『ある』のは間違いないのだろう。限られた者だけが知る場所。
「問題は選定者がこの情報を信じなかった場合ね………」
冴子は最悪の事も考えていた。
でも石田はあまり心配はしていない。
「大丈夫じゃないでしょうか」
「随分と楽観的ね」
「彼らは選定の儀ですら『やれて』いません。手探りなんですよ………全てが。だからどんな小さな情報でも縋り付いて来るでしょう」
説得力はある。選定の儀も形ばかりで、選定者とガーディアンを翻弄してるだけのような気がする。
「私達が主導権を握れるのなら、それに越した事はないわ」
冴子が言った言葉に、石田は自分と同じように何か秘めた胸の内があるような気がしていた。
自宅に戻ってから、無くなっていた携帯電話の充電をすると、ちょうどメールの着信音がなった。メールは石田からで、すぐに開いて内容を読む。そして真音は戸惑っていた。
いつもなら会う約束だけをメールで入れてくるのだが、今回は内容が細かに書かれていたからだ。
『人造人間研究所について』………そう題されたメールは、真音を刺激するだけのポテンシャルを持っていた。なにより、こちらの反応はいらないというような印象さえ受ける。興味がないのならそれでもいいと。
駆け引きをしているのだろうとわかってはいても、若く好奇心の塊のような思春期の少年にそれを抑える事などはかなり難しい。
「ユキ………どう思う?」
石田を快く思ってないユキだが、真音同様に十分な刺激は受けたらしく、黙って考え込んでいた。
それもそのはずで、ユキの中にあるメモリーはちぐはぐに合わさっている。ガーディアンでありながら、自分達がどうやって造られどこで造られたのかすらわからない。人造人間研究所なんて言葉を聞けば動揺せずにはいられないのが性だ。
ガーディアンたるユキにも、自分自身への興味はある。役目を放ってでも。
「第6選定者の男に聞けばわかるんじゃない?」
「そうなんだけどさあ……」
真音の胸中は複雑だ。二ノ宮の話では石田は親友らしい。そして石田は二ノ宮を追っている。
真音にとって二人はこの戦いに必要な人間。秤にかける事は出来ない。利用するような暗褐色的な気持ちはないが、なぜか二人を会わせてはいけない……そんな気がしていた。
「言っとくけど、私はどっちも信用してないから。あの刑事も第6選定者も」
どうやら決定権は真音に委ねられたようだ。
「都合の悪い事は全部俺任せかよ」
「そんなんじゃないわよ。真音は人に頼りすぎだから、そういう事は自分で決めたらって言いたいの!」
それを言われては元も子もない。
「なんだよ、ガーディアンは選定者のパートナーじゃなかったのかよ」
じろっとユキに睨まれ目を反らす。
「わかったよ、もうちょい考えて答え出すよ」
考える必要も、運命を知っているのならしなかっただろう。
誰も知らない大きな力が、既に選定者達を飲み込み始めていた。