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第二十章 禁断思想の館

「だんまりはやめなさい」


冴子は胃が痛むのを堪えながら石田を問いただしていた。

二ノ宮が使用した閃光弾によって近隣の住民から通報され、駆け付けた警察によって身柄を拘束されたのだ。


「黙ってるつもりはないんですが………ねぇ」


「ねぇ………じゃないのよ!あなたを警察から引き渡してもらうのに、どれだけ裏工作したと思ってんの!」


「まあまあ。こうして無事生き延びて帰って来たんですから」


悪びれるわけでもなく、まして反省などはしていない。


「そうよね、生きててくれただけでも…………なんて言うと思った!?なんで連絡しなかったのよ!?」


ノるだけノってはくれた。まだ余裕があるんだと石田は安心した。


「しようとは思ったんですが、間に合いませんで……」


「何があったのかちゃんと話して。あなたにはその義務があります」


義務って言葉はどうも好きになれない。押し付けられるのが嫌いなのだ。

頭をぽりぽりと掻きながら、仕方なく説明する事にした。


「如月真音とガーディアン、もう一人少女が学校へ忍び込み、後を追って侵入しました。そこへレジスタンスが現れました」


面倒臭ささ全開で説明する。


「その後の展開は予想出来るけど………現れたのね?もう一人、別の選定者が」


「レジスタンスをやったのはそいつです。マグネシウム弾で目をやられていたので姿まで確認は出来ませんでしたが」


「現場には如月真音とガーディアンらしき人間はいなかったようよ。もちろんもう一人の少女も」


「なら逃げたんでしょう」


石田はあの時微かに見えた選定者を思い出していた。

あの派手な出で立ちは、二ノ宮に違いない。やっと会えたというのに何も出来なかった事が悔やまれる。


「………まったく。レジスタンスの存在が公になった以上、奴らは躍起になって選定者を狙って来るはず」


「普通は行動を控えるもんですがね」


「茶化さないで。そこで、選定者を張り込んでレジスタンスを待つのはやめるわ」


「ほう。どうするんです?」


休む間もなく任務が言い渡される予感にため息が漏れる。


「選定者を保護します」


「…………如月真音をですか?」


「そう。如月真音に限らないわ。とにかく選定者を片っ端から保護するの」


そら来た。


「眠れる獅子の存在もバレますけど?」


「選定者に知られる分には構わない。頼んだわよ」


「頼むと言われましても、そうすんなり受け入れてもらえるかはわかりませんよ?」


真音は石田に連絡して来なかった。それだけ信用が足りてない証拠だ。次会っても、こちらの話を聞いてもらえるか疑わしい。


「そこをなんとかするのがあなたの仕事でしょう」


諜報部員と工作員を同時にこなすのが石田の仕事。わかってはいてもモチベーションが上がらない。


「努力します」


「努力は求めない。結果をちょうだい」


一礼して冴子の部屋を出る。


「正之はどうなりました?」


忘れていた。


「クロロフォルムを大分嗅がされたみたいだって言うから、警察病院に入院させてるわ」


えらい待遇の違いだなと思いながらも何も言わなかった。

待遇が『いい』のは自分だからだ。










連れて来られたのは、森の中にある古いロッジだった。

目はもう普段の調子を戻し、恩人の姿をちゃんと確認出来た。


「君……ロザリアだっけ?」


客人でも招くように、廃工場で見た時とは別人のようにせっせとあったかいコーヒーを入れて真音達の前に出してくれた。

ロザリアは真音の問いに答える事はしないで、そそくさと台所へ消えた。


「面白い子」


美紀は自分と変わらないくらいの歳のロザリアの反応に興味が湧く。


「あれが私と同じガーディアン?ちょっと信じられないなあ」


ユキはふぅとコーヒーを冷ましてから一口飲んだ。


「よう。飯買って来たぞ」


その声が聞こえると、ロザリアはまっしぐらに向かう。

買い物袋いっぱいに入ってるのは、コンビニで売られているおにぎりやパン。ケーキやお菓子、ジュースまである。それをどかっと真音達の前に置いたのは二ノ宮だった。


「腹減っただろ?食え」


ロザリアは相変わらず二ノ宮の後ろから真音達を見ていた。


「ロザリアはちゃんと接客出来たかな?」


真音達に向かうようにソファーに座り、ロザリアの評価を求めた。まるで我が子の出来を確かめるようにだ。


「え、ええ。コーヒーを入れてもらいました」


ユキも美紀も警戒して何も言いそうにもないので、真音が代わりに言った。

実際、評価には困る。何せ、ロザリアは目が合うと逃げてしまう。しかしながら、コーヒーの入れ方なんかは、日常あまり口にしない真音にでさえ美味だと思えた。

もちろん、森の中のロッジという独特の雰囲気も手伝ったのかもしれないが。


「今日は泊まって行くしかないようだな」


二ノ宮が壁掛け時計を見て言った。時刻は午後12時。夜中だ。


「三人とも疲れたんだろ、車ん中でいつの間にか眠ってたから起こさなかったんだ」


そうだ。起きた時には三人ともソファーにいて、ロザリアにじっと見つめられていたのだ。


「あの………どうして俺達を助けてくれたんですか?」


「これはけったいな質問だな。悪の組織から健全な高校生を救うのは当然じゃないか」


悪ふざけ半分で答える。

真音は観察するように見ているロザリアが気になってしまう。


「悪の………組織?」


「あまり状況がわかってないようだな。いいだろう、教えてやる」


深刻な話が始まろうというさなか、ユキがおにぎりを食べ始め、それを見た美紀も恥ずかしそうにおにぎりに手を伸ばす。


「遠慮なく食べてくれ。残るよりはいいからな」


そう言って、一本だけ紛れ込んでいた缶ビールを取る。


「大事な話の時はダメ」


驚く事に、ロザリアがビールを取り上げた。かわいらしく両手で。

でも二ノ宮はたいした事ではないように、


「一本くらいいいだろう?」


「話が終わったら」


夫婦のような会話に面食らってしまう。


「やれやれ。女ってのは変なところで堅いよなあ」


諦めたように炭酸飲料を開けた。


「さて、悪の組織についてだったな?」


一応、ユキも美紀も耳は傾いてるらしい。小腹を埋めながら。


「廃工場の時、そしてさっきお前らを襲ったのはレジスタンスと名乗る組織だ」


「奴らの目的はなんなんです?」


「奴らはヒヒイロノカネを狙ってるのさ」


「ヒヒイロノカネを?選定者でもないのに?」


「選定者は6人いる。だがその前は候補として何千万という人間があげられたんだ」


「何千万………」


以前ユキから聞いたが、改めて考えると選定者に選ばれる確率が低い事に驚く。


「その選定者になれなかった候補者達で組織されるのがレジスタンスだ。ま、落ちこぼれってところだな」


「じゃあレジスタンスは何千万人もいるんですか?」


不意に美紀が口を挟む。


「まさか。せいぜい千人くらいじゃないか?二千まではいないと思う」


言いながら、不満足そうに炭酸飲料に口をつけた。

沈黙があって、二ノ宮はひしっとしがみつくロザリアに気付いた。わけは、ユキにじっと見つめられて怯えてるのだ。

真音は慌ててユキを叱る。命の恩人に失礼は避けたい。なにしろ、真音は二ノ宮に惹かれている。強さ、思想共にだ。


「ユキ!そんな顔で見たら失礼じゃないか!」


怒鳴るつもりもないのに怒鳴ったもんだから、声量をコントロール出来ずユキをびくつかせてしまう。当然ユキはイラっとした。


「大きな声出さないで。バカじゃあるまいし」


「なんだと!」


「なによ?」


額をくっつけて睨みを飛ばし合う。


「仲がいいのはよろしいが………」


二ノ宮が美紀を見る。憤怒に燃えていた。


「フン!」


美紀がそっぽ向くと、なぜかユキもそっぽ向く。


「ハハハハ。モテるじゃないか」


「そ、そんなんじゃないですって!」


真音の否定には説得力が欠ける。それもまた青春と、二ノ宮は微笑んだ。


「ところで如月真音君……」


「あ、真音でいいです」


親しみを込めてもらいたい。そう思った。


「なら改めて真音、レジスタンスとマスターブレーンは別物だが、どちらも人類には不用なもの。壊滅するのに力を貸してくれないか?」


ユキを連れてるからか、廃工場の時のような扱いは感じない。


「でも俺……まだ二ノ宮さんみたいな力は……」


「それはひたすら訓練だろう。強くなるのに近道はない」


二ノ宮の言葉ひとつひとつが勇気に変わる。

しかしユキには気に入らない。


「真音、あなたは神になりたくないの?」


「なんだよ急に」


「私達ガーディアンは………」


「ユキ、それはもうわかってる。でも俺は神になんかならなくていい。普通に暮らしたいんだ」


「その為に戦うの?」


「そうだよ。納得してくれたんじゃなかったのか?」


ユキはしばらく考えて、


「マスターブレーンの元へ行けるのならなんでもいいか。真音の気持ちも変わるかもしれないしね」


ニコッと笑う。


「ユ、ユキさん……」


「………何?」


恐る恐る美紀がユキを呼ぶ。


「如月君が嫌がってるのに無理矢理はよくないと思う」


「あなたには関係ないでしょ」


あの日、真音の家を訪ねエメラが現れた日、ユキに言おうと思った台詞を逆に言われてしまった。


「か、か、関係あるもん!」


「ない」


「ある!」


「ない!」


「ある!」


「ないっ!」


「もんっ!」


興奮し過ぎて間違った。真っ赤になった顔が更に赤みを増す。


「羨ましいよ、若さが」


二ノ宮は微笑みを苦笑いに変換させ、ジェスチャーをして見せる。

ユキと美紀は口をへし曲げ、真音は深いため息を吐いた。


「すいません……」


「いいって。人に笑いは必要さ」


笑わせたつもりはないのだが。

そして真音には二ノ宮に聞かねばならない事があった。


「そういえば、石田って刑事さん知ってますか……?」


二ノ宮は石田が探してる男。理由は殺人の疑いだと言っていたが、今更ながらそれこそ疑わしくなって来た。


「二ノ宮………さん?」


表情が、心無しか曇りを見せた。


「知ってるよ。親友だ」


真音は石田が刑事だと思っている。事実を知らないのなら今は蓋をしたままにしておこうと二ノ宮は思う。


「親友………そんな事一言も聞いてませんでした……」


「フッ。奴も刑事だ、要らぬ情報は流さないだろう」


「石田さん………二ノ宮さんに殺人の疑いがあるって……」


「見たじゃないか。俺が人を殺したところ」


「そうですけど………」


何か引っ掛かる。親友だと聞いて尚更。


「大統領とか総理大臣とか殺したのも………」


「俺だ」


ソファーに踏ん反り返る。誇るように。


「殺した理由はなんです?誰もマスターブレーンの在りかを知らなかったんですか?」


「殺した理由?言っただろ、くだらん儀式なんぞやらせてるから殺したんだ。なら聞こう。真音、人の命は平等だと思うか?」


何の質問だかわからない。当たり前の事を聞いて試してるのか?

答えは決まっている。

ユキも美紀もいつしか二人の会話に聴き入る。


「平等………だと思います」


決まっていた答えなのに自信が持てない。


「そうか。まあ十七歳の若さで命は語れんか」


ロザリアが二ノ宮のグラスを取り、炭酸飲料………ビールを開けて注いだ。

その行動の解釈に困る三人は、二ノ宮の言葉を待つ。真音の答えに満足も納得もしていない。どうかかわさずに答えてほしい。


「人の命は平等ではない」


「………どうしてそう思うの?」


ユキが言った。二ノ宮はユキを見据え、


「世界には明日の自分の命さえわからない人々がいる。俺達はこうして空腹を満たせるが、毎日の食料さえままならず、飢餓に苦しむ人々がいるんだ。そんな彼らと、常に空腹を満たしてる俺達と、平等だと思えるか?答えはNOだ。俺達より彼らの命の方が遥かに尊い。現在いまを生き延びようとする。ひたすら一生懸命に。明日が来る事を当たり前に思ってる俺達の命なんて、アリの命よりも軽いよ。その命を弄ぶような奴らの命など、この世に微塵もいらんほどにな」


注がれたビールを飲み干す。


「もう遅い。部屋は二階に用意してある。彼女達は一番奥、真音は階段を上がってすぐの部屋だ」


半端な缶ビールを持って二ノ宮は自室へ行く。


「ロザリア、片付けを頼む」


ロザリアは黙って頷きゴミをまとめだした。


「セイイチは淋しいの。誰も彼をわかってあげられない」


「あなたはわかってあげられるの?」


ユキが聞いた。


「…………Type−α(アルファ)、あなたは忘れてしまったのね…………ガーディアンの悲しい過去を………」


ゴミ袋にゴミをまとめて就寝に就く。


「ガーディアンの………悲しい過去……?」


ユキにロザリアの言葉の意味はわからなかった。

真音、そして美紀も人の命が平等でないのだと、そう思ってもいいのだと、新しい価値観を見つけてしまった。それが禁断思想………タブーだと知らずに。


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