第十八章 迫り来る危機
「どうしてアドレスだけなんですか?」
短髪の男はステアリングにもたれながら石田に聞いた。
「最初から番号聞いたらおかしいだろう。アドレスならば案外、警戒されず教えてくれるもんさ」
持論か何かの知識かは定かじゃないが、考えはあっての事らしい。
「連絡して来ないですね……」
真音の自宅近くに車を止め、張り込んで様子を伺うも進展はない。短髪の男は飽き飽きしていた。
「影響を受けたのかもな」
「影響?」
「あの男は思想高い男だ。一般的に見れば頭のイカレた奴にしか見えんだろうが、人に影響を与える不思議な雰囲気を持っている」
「第6選定者かあ………なんでその男を追うんですか?組織にバレたらクビですよ?」
眠れる獅子の目的とは違う目的で石田が動いている事は短髪の男しか知らない。組織には秘密事項にしている。
「俺も影響を受けた一人だよ」
缶コーヒーを飲みリクライニングを少し倒す。車にずっといるのもなかなかしんどい。
「石田さん……」
「ん?」
「あれ………如月真音じゃないですかね?」
身体を起こして確認する。
「そうだ。如月真音だ」
その横を白いボディスーツのようなものを着ている少女がいる。
「あの少女は……」
「あんな不自然な服着てるところを見ると、ガーディアンか……」
初めて見た。人造人間と聞いていたから、もっと無機質なアンドロイドかと思ったが、見た目は人間そのものだ。
車を降りて施錠する。
「尾行しますよ」
「気付かれるなよ」
賭けは負けのようだ。真音は自分より二ノ宮を意識してる。石田にはわかるのだ。二ノ宮はそういう存在感がある。
「しかし可愛い女の子ですねぇ」
「人造人間だぞ」
「まあそうなんですが………色白で若くて………いいじゃないですか」
「んなら声でもかけてみたらどうだ?未成年だったら捕まるかもな。それでもいいなら止めないけど」
「い、いえ。一応恋人いますから」
冗談のつもりだったのだが、真面目に返されたじたじとなる。
「どこに行く気なんですかね?」
言うが早いか、真音は誰かと待ち合わせしていた事を知る。
「女だな」
街頭に照らされた待ち人を見て石田が言った。
「これまた可愛いじゃないですか」
どうにも女好きらしく、いちいち感想を述べないと気が済まないらしい。
三人は何か話して、塀を登り始める。真音が肩車をして二人の少女を先に行かせて、自分は助走をつけて一気に壁を駆け上がった。
「学校………?」
短髪の男が怪訝に言うと、石田に肩を掴まれる。
「へ?」
「ここで待ってろ」
石田は短髪の男を残し、真音がしたようにして見せ塀に上がる。
「石田さん!」
「何かあったら知らせる。車を回しておいてくれ」
夜な夜な学校に忍び込んで勉強会を開く確率を計算するくらいなら、明日世界が終わる確率を計算した方が早いかもしれない。思春期の少年少女が学校を好む理由など、おおよそ不純物が多い。
「まいったな…………」
結構な距離は歩いた。短髪の男は、寒空の下また戻るのかと思うとため息が出さずにはいられなかった。
「別に着いて来なくてよかったのに」
ユキはうっとうしそうに美紀に言った。
「私は弓道部の部長なの。だから責任があるの。だいたいあなたには関係ないじゃない」
練習の成果はあったようで、噛まずに言えた。
「関係大ありよ。私は真音のガーディアン。何をするにも一緒よ」
強気なユキの発言に思わず妄想するところだった。
「そんなの如月君にはいい迷惑よ!」
『真音』とユキが口にする度にイライラする。
「ま、まあ二人共。仲良くやろうよ」
「真音は黙って!」「如月君は黙って!」
反りの合わなそうな二人が、なぜこういう場合に反りが合うのか、真音にはわからなかった。
「それよりユキ、始めるよ」
一転、真音が真剣な表情を見せる。
ユキは頷きディボルトを開始する。開始とは言っても、時間にしてニ秒程度。あっという間に真音の細胞に同化する。
「な、何が起きたの…………」
初めて見たディボルトに、さすがの美紀も今ばかりは驚きが優先される。
「どうなってるの……?」
「ユキが俺に同化してるんだ。俺もよくはわかんないんだけど、俺の細胞に溶け込んでるんだ」
そう説明されてもピンと来ないが、説明してる本人も論理的に理解出来てないのだから無理もない。
「じゃあ……あのユキって子は………?」
「意識体として俺の中に存在してる。姿形はないけど、会話は出来るんだ」
一番ベターな説明だろう。
『真音、無駄話はいいから』
「わかってる」
ユキの言葉は真音にしか聞こえない。
真音は弓と矢を取り、的を狙う。ここに来たのは力のコントロールを身につける為。
「如月君、昼間戦うって言ってたけどまさか………」
「勘違いしないでくれ。選定の儀を戦うわけじゃないんだ」
「それじゃ一体………」
「他の選定者より強くならなきゃ戦いは止められない。そして、こんなくだらない戦いを強要したマスターブレーンを破壊するって決めたんだ。それには強くならなきゃいけない。なんだかわけのわかんない奴らも出て来たし。正義を貫くにも力は必要だろ」
マスターブレーンへの切符はヒヒイロノカネ。ヒヒイロノカネはガーディアンからしか奪えないが、真音は必ず別の道を探すとユキに約束したのだ。
ユキの役目は真音をマスターブレーンへ導く事。二人の利害が一致した事でユキも納得したのだ。
『真音がやる気になってくれただけでも嬉しいわ』
「いいから指導頼むよ」
『いいわ。始めましょう』
久々に引く弓が心地いい。
『真音が言った通り、第6選定者が使った力はガーディアンとのディボルトによるもの。全く同じとはいかないかもしれないけど、真音にも何かしらの力は使えるはずよ』
弓を射る事で力が開花するかは定かではないが、真音にやれる事はこれしかない。
『集中して。なんでもいい………真音が肌で感じるがままに弓を射って』
戦いに弓を用いるのは不本意とは言え、心地よく感じるくらいのものでなくては力の開花は難しい。弓を射る的が、これから先も人でない事を祈る。
『心が乱れてる』
「わかってる。ちょっと黙っててくれ」
その真剣過ぎる眼差しは、夜の闇の中でさえ美紀には眩しく思える。
真音は弓を射る。一本………二本………。
弓道はアーチェリーとは違い、的にさえ当たればいい。
無論、簡単にはいかないから競技として成り立つわけだが。
矢は的を外れない。見事だ。
でもそれでは何にもならない。
「ユキ、もっと具体的なアドバイスはないのか?」
『具体的なって言われても………身体能力はディボルトさえすれば飛躍的に変わるんだし………う〜ん………』
この辺はガーディアンがどうこうより、選定者次第なのだろう。
「まあいいや。やれるだけやろう」
そう言いながらも、少し考えてから何かを思いついたように矢を捨てる。
『真音?』
「如月君?」
ユキと美紀が見守る中、真音は矢を持たずに弓を引く。
『何をする気なの?』
「実際に存在するものを頼っても結果は同じなんじゃないかと思ってさ」
真音は目を閉じてイメージする。ただ弓を引いてるだけの右手に矢を。
(二ノ宮って人………確か「そう望むからそうなる」って言ってた。集中力を高めて『望む』ものをイメージすれば……)
見慣れた矢をイメージするのが一番たやすい。
閉じた瞼を通して光が見える。
「矢が………!」
美紀が見たものは青白く光る矢。不安定な明暗を繰り返しながらも、『望んだもの』がある。
くわっと瞼を開いた真音は、前方二十八メートルにある的に矢を放つ。
矢は空を裂き、的を破壊した。威力の凄さを知る。
「すげえ…………」
自分がやってのけた事に感心してしまう。
「今の……どうやったの?」
「イメージしただけさ」
美紀も自分の目で確認した。選定者とガーディアンの力を。
「よし!もう一回だ!」
やる気が出て意気込むとこなのだが、
「待って如月君!」
美紀が止める。
「なんだよ?」
「あれ………」
美紀が吹き飛んで跡形もなくなった的のあった場所を指差す。
「どうするの………?」
学校の備品である事を忘れてた。
「……………帰るか」
美紀としても備品が一つ壊され、後処理をどうするか悩まざるを得ないだろうし、それを考えると気の毒だ。撤収するしかない。
短い時間だったが十分な成果はあった。
ディボルトを解き、ユキも機嫌よく真音を称えた。その一部始終を、
「夢でも見てるのか………?」
石田が見ていた。
車のエンジンは切っていた。近隣の迷惑を考えてだ。
車中でコートを着込む不自然さが余計に苛立ちを加速させる。
「石田さんも人使いが荒いよ」
石田が冴子に思うのと同じ思いを短髪の男も抱いていた。
自販機で買ったあったかいお茶を手の平でこねながら、早く戻って来ないかとため息をついていた。
すると窓を叩く老人がいた。
「すいません」
短髪の男は窓を降ろし、すかさず謝る。近隣の住民ならば穏便に済ませなければならない。
「あ、今どけます。携帯で話してたもんで停めてたんです」
キーを回そうとしたその時………
「警察か?」
老人が短髪の男の手首を掴んで言った。
「ち……違う……イテテ……」
老人とは思えない馬鹿力で捻られてようやく気付く。決して近隣の住民ではないと。
「離せよ………!」
リクライニングに座ったままでは抵抗出来ず老人の成すがまま…………いや、老人なんかではない。よく見れば老人の体つきではなかった。
「なんだよ………お前……ぐあっ!」
ミシミシと骨が悲鳴を上げ始めた。
「おい、やれ!」
老人ではない何者かが軽く叫ぶと、ゴーグルをした黒ずくめの者が現れ布切れを口元に押し当てがう。
「んがが…………!!」
十秒と持たず気を失う。
「朝まで寝てろ」
老人のマスクを剥ぎ、仲間からゴーグルを受け取り身につける。
「行け!第1選定者とガーディアンを殺しヒヒイロノカネを奪うんだ!」
どこにいたのか、廃工場で真音達を襲った者達と同じ恰好の者達が姿を見せる。レジスタンスだ。
レジスタンスは学校へと侵入を試みる。実に鮮やかで手際のいい侵入の仕方は、普段の訓練のたまものか。
老人の変装をしていた男は短髪の男の上着を漁り、身元の確認をする。
「こちらブルースネーク。セダンの男はクロロフォルムで眠らせてあります。男は警察バッジを所有してるが、おそらく偽物。因みに名前は斎藤正之。始末しますか?
トランシーバーで報告しながら、ライフルを渡され受け取る。
『男の件は照合しますのでそのままで構いません。ブルースネークは侵入を開始して下さい。尚、選定者の生死は問いませんが、ガーディアンと付き添いらしき少女については確実に殺して下さい。それとヒヒイロノカネについては詳細が不明の為、ガーディアンそのものの回収を願います』
声の主はリオだ。
「了解。これより侵入を開始、ガーディアンの回収に向かいます。」
真音の成長を邪魔するかのように、レジスタンスの動きには目まぐるしさがあった。
『健闘を祈ります』