第一章 選ばれた少年
肌寒い季節がいつの間にかこの街にも訪れ、木枯らしが囁く。そんなに毎日囁かなくとも、体感温度が知らせてくれているのに律儀な事だ。
「う゛〜〜寒い」
少年はポケットに手を突っ込んだまま家路を急ぐ。
弓道部に所属する少年は現在高校ニ年生。冴えない男ではあるが、真面目が取り柄の堅い奴だ。
途中の長く急な坂。これを上りきれば自宅まではすぐそこ。
助走もつけず足の筋力だけを頼りに駆け上がる。
坂を上りきり、息をついて一休みしていると、ブロンドの髪を靡かせた若い女がいた。
「あ………え〜っと………」
こっちを見つめる限りは何か用があるのだろうが、咄嗟に自国の言葉以外の言葉を使えるほど、語学に秀でているわけではない。
かと言って、無視出来るほどクールでもない。頭を掻きながら悩んでいると、ブロンドの女はいきなり銃を向けて来た。
「なっ………!!」
躊躇いもなく撃って来る。こんな住宅街で………なんて驚く間もなくニ発、三発とトリガーを引く。
「ちょ…………ちょっと!なんなんだよ!!」
殺される。そう思って電柱の陰に隠れやり過ごす。でも考えてみれば、銃殺されるような悪行をした覚えはない。
しばらくして銃声が止む。弾切れのようだ。カチッカチッと空撃ちの音が確認出来た。
「チッ………弾切れなんて歯切れの悪い………」
日本語を喋った。舌打ちのおまけ付きで。
少年は電柱からそっと様子を伺う。
「ダージリン!ダ〜〜〜ジリン!」
なんのおまじないかと思っていると、なんとブロンドの女『から』分身するようにもう一人少女が現れる。
「何か不都合か?ジル」
「不都合も何も、弾切れしないんじゃなかったの?」
ジルと呼ばれたブロンドの女は、苛立ちをダージリンと自身が呼んだ少女にぶつける。
ダージリンと呼ばれた少女は、黒髪にパープルの戦闘スーツらしきものを纏っている。何者だろう?
「おかしい…………弾切れなんてありえない」
「あなた私のガーディアンでしょ?しっかりしてよ」
かなり流暢な日本語でダージリンをまくし立てる。
「はぁ………しょうがないわ。テンション下がったし、今日は挨拶程度でやめてあげるから出て来なさい。第1選定者!」
第1選定者?それは………
「そこの電柱に隠れてるあんたよ!」
少年の事らしい。少年の名前はもちろん『第1選定者』なる違和感の塊ではない。
少年の名前は如月真音。少々変わってはいるが、ちゃんとした名前だ。
「…………俺?」
真音は恐る恐る出る。
「あなたしかいないでしょ!他に誰がいるの!?」
なんとも声のでかい外人だ。
真音は言われた通りに出てはやったが、一応両手は挙げて敵意のない事を明確に表した。
「第1選定者………如月真音ね?」
後者は当たっているが前者は知らない。逆らって撃たれても嫌なので、おとなしく首を縦に頷いた。
「ガーディアンはどうしたの?気配を感じないけど」
ガーディアン?何がなんだかわからない。
「ガーディアンって……?」
この真音の返しが意外だったのか、ジルは目を丸くしてまで驚いてくれた。
「え?ガーディアンを知らないの?だってあなた選定者でしょ?」
「えっと……選定者ってなんですか?」
人違いなわけはない。如月真音なんて名前はそうざらにいないし、ちゃんとリストには乗っている。
「ダージリン、どーなって………」
「あっ……」
横にいるダージリンに声をかけた瞬間、ダージリンが点検していた銃が暴発し真音のこめかみをかすめた。
間抜けな反対を見せたダージリンだったが、本人は無表情のままのところを見ると悪いとは思ってないらしい。
「はあ〜……もういいわ。どうやらまだ選定の権利を受け取ってないようだし、帰りましょ」
ダージリンは頷いてジルに従う。
「ま、待ってよ!」
立ち去ろうとする二人を止める。銃をぶっ放され殺されかけたのだ、一方通行の話では納得出来ない。
「あんたら何者なんだ!」
せめて素性くらいは知りたいと叫んだ真音の気持ちを察したダージリンが、
「自己紹介くらいはしておいた方がいい………常識」
か細い声で言った。
「ガーディアンのあんたに言われたくないわよ。でもまあ……確かに自己紹介くらいはしておいた方がいいわね」
ジルは真音に向き直り、
「私は第2選定者ジル=アントワネット。で、こっちがガーディアンtype−β(ベータ)のダージリン。よろしくね」
と、自己紹介した。
「さっきから言ってる選定者とかガーディアンって……なんなんだ?」
「選定者っていうのはマスターブレーンに選ばれた神になる権利を得た者、ガーディアンは選定者を守護しながら共に戦う人造人間よ」
丁寧に説明してくれてるのには感謝するが、さっぱり理解出来ない。真音は至って普通の高校生だ、大概の事は理解出来る。常識レベルの話ならばだが。
「マスターブレーン?」
聞き慣れない言葉に知恵熱が出そうだ。
「あ〜もうっ!うざったいわね。どうして私がいちいち説明しなきゃいけないの?そのうちガーディアンがあなたの元に来るでしょうから、直接聞きなさい!帰るわよ、ダージリン!」
「今日はカレー……30倍で」
「ダ〜メ〜よ。昼間もカレーだったじゃない。夜はフレンチよ!」
「……………………ケチ」
二回目の『帰る』宣言は撤回される事はなかった。
事態を飲み込めてはいない真音。わかった事は、ジルと名乗ったブロンドの女は気性が激しいらしい事と、人造人間であるダージリンにボキャブラリー(?)が備わっているという事だけだった。
「一体、何が起きてるんだ……?」
真音は、言い知れぬ不安に今はまだ向き合えないでいた。