第十二章 選び定められし者達(前編)
探せば廃工場もあるもので、エメラに連れられるまま向かった先には大きくはないが、今は使われていない廃工場があった。
「こんな場所があったなんて知らなかったよ」
自分の住む街の事など誰もが熟知してると思い込んでいる。しかし、よく探索してみれば新しい発見も多い事に気付く。
「のんきなもんね。これから死地に行くっていう時に」
「いやあ……つい感激して」
こんな奴が選定者?不満ながらも事実なのだ。
「準備はいい?」
半壊してる扉に手を掛けて真音を煽る。
「ああ。いつでもいいよ」
暑い季節でもないのに汗が流れる。
エメラが中へ入ると、すぐに続く。正直、不安が拭えない。
うまく説得出来るかどうか………そればかりが頭を覆う。
廃工場の中は、わずかに射し込む陽の光だけで視界を確保出来ている。随分悪趣味なところを根城にしているらしい。
「トーマス!!」
見上げるくらいの高さにトーマスが吊されている。エメラの声に気付いたトーマスは、かなり深手を負っているように見えた。
「エメラ……………何しに来た………」
「あなたを助ける為よ」
ふと、エメラの脇にいる真音を見つけ、
「如月真音…………」
大体の事は読めた。
傷ついたエメラを真音が保護し、今日は真音がエメラについて来たといったところだろうと。
「エメラ………第4選定者は?」
「静かに………いるわ」
真音もエメラも丸見えだ。
第4選定者、李奨劉とガーディアンtype−ι(イオタ)、ガーネイアはどこからか見ている。
真音には感じないが、エメラには二人の視線をひしひし感じる。
「仲間を連れて来るとは……食えないガーディアンだ」
李が暗がりから姿を見せる。
「勝手に着いて来ただけよ。仲間ってわけじゃないわ」
黒い鉄甲を既に装備しているところを見ると、李は戦闘準備は完了してると見える。
李の攻撃は体術。とんでもなく機敏な動きで懐に飛び込んで来る。
「君が第4選定者?」
戦いを避ける為、真音は丁寧に言った。話せばわかると信じたまま。
「それを聞くって事はお前も選定者か」
「俺は第1選定者、如月真音。よろしく」
そう言って握手を求める。
「なんの真似だ?」
「なんの………って、 同じ選定者同士仲良くしようよ」
真音のあまりに馬鹿げた行動を見て、トーマスも呆れ果てる。
「バカか、あいつは………」
李も一応は考えたが、真音の意図が読めない。もちろん真音に裏はない。素直な気持ちなのだが、誰が理解出来ようか?唯一、エメラだけは真音の意図は聞いているから理解出来る………いや、理解は出来ないが何をしようとしてるのかはわかっている。
「お互いに恨みもないのに戦う必要なんてないだろ?選定の儀なんていかがわしい儀式に巻き込まれた、言わば被害者だろ?誰も戦いに参加しなければ選定の儀は終わる。誰も傷つかずに済むじゃないか」
それは真音の正義感。甘くとも彼には曲げられない信念だ。
「笑わせる。日本人ってのはどこまでもおめでたいみたいだな。こんな人種から二人も選定者が選ばれたとは………ヘドが出る」
唾を吐き、構えを取る。
「待ってくれよ!俺には戦う気はないんだ!」
「黙れっ!」
李のパンチが真音の下腹に炸裂する。
「ぐはっ………」
鈍い痛みと共に目が眩む。
「ガーディアンはどうした?」
「彼のガーディアンはどこかに行ってるわ」
答えられないだろう真音に代わってエメラが答えてやった。
「どこかに行ってるだと?」
李はうずくまる真音の背中に足を乗せ踏み付けた。
基本、弱い男に興味がないのと、選定者だけを倒してもヒヒイロノカネは手に入らない。
つまり、李にとって真音は何の価値もないのだ。
「どういういきさつかは知らないが、ガーディアンを連れて来たら話くらいは聞いてやる」
それだけ言って、相手にすべきエメラに標的を変える。
「さあ、次はお前の番だ………type−θ(シータ)。今度は逃がしてくれる者はいない。腹をくくれ」
推察するに、李とガーネイアの襲撃からトーマスがエメラを逃がし、代わりに捕まってしまったのだろう。
「逃げろ、エメラ!」
トーマスはエメラの選定者。パートナーだ。エメラにはパートナーに二度も甘えてまで逃げる気はない。
「逃げるなんて出来ないわね。トーマス、カッコつけるのなら勝利を約束してからにしてちょうだい」
「エメラ………くっ!」
ガーディアンとのディボルトがなければただの人間。縛り上げられた鎖を引き契るのは到底無理な話。それでもトーマスは必死に振りほどこうとする。
無謀にも一人挑もうとするエメラを助ける為に。
「アメリカ人は往生際が悪すぎる。もう少し潔さを身につけるんだな」
トーマスに言い放つのはそれだけで、李は黒い鉄甲をエメラにぶち込む。真音にそうしたように。
「ああっ……………!」
人間より幾分かは頑丈なのかもしれないが、ディボルトした李の攻撃は尋常じゃない。
「エメラッ!!」
トーマスの叫びも虚しく、エメラは沈む。
勝ち誇るのは第4選定者、李奨劉。
「貰うぞ………ヒヒイロノカネ!」
一方、世間は大騒ぎになっていた。
総理大臣が暗殺されたからだ。これで世界の主要国のトップはほとんど暗殺された。世界が混乱を来たすまで秒読みが開始されてしまったのだ。
「一体何人死んでるんだ………?」
石田が言った。
「総理官邸内の仏も合わせると、合計200人です」
真音が警察暑で会った短髪の男が事務的に口にする。
「全て刃物で斬られてるところを見ると、犯人はレジスタンスではないわね」
二人に割って入るように、上司の中川冴子が状況を付け足す。
「レジスタンスの奴らなら銃器を扱うでしょうしね」
短髪の男も冴子に同意した。
「石田君、あなたはどう思う?」
わざわざ聞くなとでも言いたげな顔を見せ、
「こんな事が出来るのは選定者しかいないでしょう」
「レジスタンスを追っててデカイ獲物にありついた?」
「眠れる獅子の目的はレジスタンス壊滅。これは管轄外なのでは?」
冴子の質問をあしらう。
「そうね。これは『警察』の仕事。私達は早々に退散しましょう」
どうやら『眠れる獅子』は『警察』とは無関係らしい。
冴子は短髪の男に何か指示をすると、
「石田君、帰るわよ」
そう言って現場を後にする。
目的に無関係と判断するや否や、大量の屍の中を悠々と歩いて行った。
「やっぱりあいつの仕業なのか………?」
例え選定者であっても、短期間の間に世界を飛び回り、各国のトップを暗殺するなど可能なのだろうか?石田にはいまひとつ選定者がやったという確信が持てなかった。個人で起こす事件にしては無理がある。
「くそが………どこにいやがるんだ………」
それはレジスタンスを指す言葉ではなかった。