第百十二章 人間の勲章
『チックショウ………なんて強さだ』
『トーマス!後ろ!』
ぼやいたトーマスを馬鹿でかくなった茨が襲う。真音に言われなければ直撃するところだった。
『メビウスに三人で挑んでやっとなのに………』
ジルもぼやかずにはいられない。
メビウス一人に手を妬いているのに、無数の茨が三人を襲い、何度切っても次の茨が待っている。
『なんか手を打たないと同じ事繰り返すだけだぞ』
話してる間にも茨は襲って来る。トーマスが真音とジルに策を要求するも、二人も茨を払うだけで精一杯だ。
「もう手詰まりか?情けない」
『うるせー!すぐに地獄に送ってやるよ!』
せめて口喧嘩だけはと、トーマスが怒鳴る。
『トーマス、ジル、俺に考えがある』
真音も痺れを切らし、頭の根底にあった策を二人に話す。これしか他に手はないと思っている。
『なんかいい手、浮かんだ?』
『早くしろ!この際、試せる事はなんでも試すからよ!』
メビウスから距離を取る。
『多分この方法しかないと思う』
『いいから早く言えよ』
真音は慎重になってるだけなのだが、せっかちなトーマスにはあまりよく思われない。
『メビウスと青薔薇を別々に攻撃する』
『おいおい、正気かあ?真音。メビウス一人でも厄介なんだ、二手に別れたら余計に危険だろ?』
トーマスは真音の策には乗り気じゃない。
『黙って聞いてくれ。いいか?茨を封じるには青薔薇を倒すしかない。意志のある茨の中でメビウスと戦うのは俺達に不利だ。だからまず青薔薇を倒して茨の動きを封じよう』
『でもそれじゃ残った二人に負担がかかるんじゃない?』
ジルは反対はしないつもりだ。ただ、青薔薇に勝てるとも限らないし、すぐにケリがつくとも限らない。それを懸念しているのだ。
『茨は青薔薇が操ってる。誰かが戦えばそっちに集中して、少しは茨もおとなしくなるはずだ』
『なんでそんな事言えんだよ?』
『青薔薇は下から俺達を見てる。そんな気がするんだ』
『勘かよ』
トーマスは煮え切らないが、真音には確信にも似た感触がある。青薔薇は絶対にこちらを見てる。気を散らせば必ず茨の動きは衰えると。それは『ユキ』をよく知る真音だからこそ感じる直感。
『だけど、下に行くまでにも茨があるのよ?どうやって………』
『下に行くまででいい、誰か茨に専念してくれ』
『本気で言ってんの?一分くらいかもしれないけど、それまでメビウスと茨の相手をそれぞれ一人でやらなきゃいけないのよ?』
『でも他に方法はないんだ。ジル!トーマス!』
危険な賭けには違いない。メビウスと青薔薇を近づけたくはないから、下に行くまでの護衛はやはり一人になる。もし一人でも失敗してしまえば………。
『誰が青薔薇んとこに行くんだ?』
『俺に行かせてくれ』
『お前に倒せんのか?青薔薇はユキなんだろ?』
『だからケリを着けたいんだ』
トーマスはじっと真音の目を見た。
真音のユキへの気持ちは知っている。その気持ちが隙を作らないとも断言出来ない。
『……………わかった。お前に乗る』
『トーマス!』
『そのかわり、情けをかけるなよ。お前がやられたら俺とジルも終わりだからな』
『わかってる。任せてくれ』
真音は強く頷いて決心を伝える。
『ジル、お前は真音が巨大な青い薔薇の中に入るまで護衛をしてくれ』
『あんたは?』
『決まってんだろ。メビウスの相手をする』
トーマスは離れた場所から三人を観察するメビウスを見た。
『いいわ。それで行きましょう』
トーマスが賛成するのなら、ジルも拒む理由はない。
『どうせ一度は死んだも同然の身。メビウスを倒せるなら惜しくはないしね』
『何言ってやがる。生きて帰らなきゃ勝ったなんて言えねーよ』
年下のトーマスに諭され、自分の弱さに失笑する。肝心なところでいつも弱気になるのは悪い癖だと。
『あんたに言われるようじゃ、私もまだまだね』
『な、なんだとぉ!?』
照れ隠しの皮肉で仕切を取り直す。ジルのいつものパターンだ。
『じゃあ始めるよ』
真音が言うと、三人はメビウスを睨む。だがメビウスに向かうのはトーマス一人。
『3………』
トーマスが突っ込む体勢をとる。
『2………』
ジルは真音が安心して突進出来るように、後ろ向きに降りて行くつもりだ。
『1………』
茨は太く長い。攻撃されるとすれば後方からだろう。暗黙でジルに任せている。自分はただ青薔薇に向かうのみ。
『0!!行けッ!!』
トーマスに言われて真音とジルは下降する。
「させるかッ!!」
三人の企みを察し、メビウスは真音とジルの先に行こうとしたが、
『おっと。お前の相手は俺だ!』
トーマスに行く手を阻まれた。
「真音ッ!僕と決着を着けなくていいのか!!?」
真音から答えが返って来る事はない。
「バカな………」
普通、自分がクローンならばオリジナルとの存在をはっきりさせたいはず………メビウスはそう思っていた。
同じ思考を有しているのに、メビウスには理解出来ない行動をとる真音は、もはや別の人間だと言ってもいい。
「信じられん………僕の存在を無視するなんて………」
『お前の事なんて眼中にないってよ!』
隙を見せたメビウスの腹に、おもいっきり拳を捩込んだ。
『次から次と………しつっこいのよ!!』
ジルが茨を一手に引き受け、真音はひたすら巨大な青い薔薇の中心を目指す。
中心から光が漏れている。飛び込めば………青薔薇がいる。
『ジル!後は頼んだ!』
真音は勢いを落とさずに中へ入って行く。
『confize-le(任せときなさい)……』
仲間の背中は命を賭けて守る。
「ダメです!雨が酷くて離陸出来ません!」
正之が慌ただしく指令室に駆け込んで来た。
「ヘリがダメなら艦を近づけろ!直接乗り込む!」
もう待てないと、石田が指示を出したが、
「勝手な事はするな!この艦の艦長はワシだ!ワシが命令を出す!」
引退間もない白髭の男が、上げられるだけ声を上げて怒鳴った。
自分の艦で軍人でない、まして国籍の違う石田に仕切られるのが気に入らない。
「あんたの命令を待ってたら友人達が死んじまうんだよ!」
だが石田も退くわけにはいかない。
「黙れ!黙れ!黙れ!何の権限があって…………」
「権限なんて知った事か!」
石田は拳銃を艦長のアゴに突き付ける。
当然、周りにいる艦長の部下は石田に銃を向けた。
「い、石田さん、マズイですって……!」
一応、正之も銃を抜くが、撃つ気はない。
「小僧………ワシを撃てば死ぬだけではすまんぞ。国際問題になるのは………」
「関係ないな。世界の為に若い連中が命賭けてんだ。俺達だけが見物してられるかよ」
「本気か………」
「この前、親友に言われたよ、正義の為に友を殺せるかと………返事は曖昧にしたが、他人なら殺せる。信じた信念の為ならな!」
石田は撃つ。躊躇わず撃つだろう。
「し……しかし………」
「胸が痛まないのか?あんたの孫と変わらないくらいの歳の少年達が、利益もなく戦ってるんだ。俺は耐えられない。世界が救われようと、世界が滅ぼうと、何もせずに傍観などごめんだ」
「………………………。」
「あんたにとって大切なのは軍人としての勲章か?それとも人間としての勲章か?さあ、選べ!」
「………………全員持ち場に着け。これより我々は研究所に向かう!人類の為に戦ってる少年達を助けに行く!」
艦長が威厳のある指示を出すと、隊員達は声を上げて持ち場へと着く。
「艦長…………」
撃たずに済んだと、石田は胸を撫で下ろした。
「ワシは軍人として恥じない人生を送って来た。勲章も沢山もらった。だが、人間としての勲章は………まだ一個ももらった事がない」
「…………終わればわかるさ。この戦いが終われば、何にも代えられない大切なものが手に出来る。あんたがいつかこの世を去る時、唯一あの世に持って行けるものさ」
「ハッハッハッ!面白い!どの道老い先短い身だ。ならばそれを手に入れ、先に逝った仲間達に自慢してやるわ!」
平坦な道を歩んでも、きっと何も残らない。
人間の勲章。それは人生の終わりに満足出来るものなのだろう。