第十一章 決意
総理官邸。一般の人間が入る事はまず不可能。それも無断で。
「SPはどうした!侵入者がいるぞ!」
だが、不可能を可能にした男がいた。
男は刀を携え、ファーのついた白い派手なコートを血で染めていた。
「SPは片付けたよ」
怯える秘書官に言い放った。
「き、貴様、ここがどこだかわかってるのか!?」
「こんなところ、知らないで来るバカはいないだろ」
呆れ気味に言った。
「さ、そこを通してもらおう」
男は刀を突き刺した。
「ぐ………お…………」
心臓を一刺し。寸分の狂いもなく。
秘書官の死体を足蹴にして、分厚い扉を開ける。
「ひっ…………」
部屋には銃を構えた五十半ばの男がいた。
「見つけたぜ総理大臣」
銃に臆する事なく踏み込む男に総理大臣は躊躇わず撃つ。
一発目は男の頬をかすめた。
「ちゃんと狙えよ。命の危機なんだからな」
当たらない事がわかっているかのような余裕を見せる。
「い、い、一体何のつもりだね!?私が何かしたのか!?」
手の震えが大きくて狙いを定められない。
「何かしたのか?よくもまあぬけぬけと。選定者って言えばわかってもらえるか?」
「ま、まさ……か………」
「自分達で決めておきながら顔も知らないってんだから…………はぁ、権力者ってのは傲慢だな」
「まままま待ってくれ!!選定者なら今回の事は見逃す事が出来る!!だから命だけは!!」
「………だとさ。どうする?ロザリア」
ディボルトしているガーディアンに問い掛ける。
「ダメだってよ」
総理大臣に向かって堂々とタメ口を使うのは、ただ単純に気に入らないから。
「くそっ!!」
震える手を必死に庇いながら二発三発と撃つ。
男は刀で跳ね除ける。
「当たるわけないだろ。ガーディアンと細胞を融合させてるんだ、身体能力は人間を超えてる。あんたの撃つ弾なんか止まって見えるぜ」
「各国の首脳を暗殺したのも………」
「俺だよ」
「なぜこんな事をする!?」
「なぜ?それを俺に聞くのか?」
男は総理大臣の目の前に立ち塞がる。長身で細身ではあるが、なんとも言えぬ威圧感があった。
「俺達はお前ら権力者の玩具じゃない。ガーディアンもだ。俺は人の命を軽んじる輩に命の重さを教えてるのさ」
「た、頼む!助けてくれ!私達が悪かった!な?選定者ならあらゆる事が優遇される、金も欲しければいくらでもやるから!どうか命ばかりは」
「命の重さは皆平等だと思うか?」
「お、思う!み〜んな平等だ!わ、私の命もお前さんの命も!平等だから助けて!」
男は口を歪め、
「違うな。命は平等じゃない。特に貴様らのような虫けら以下の人間はな」
「ひ、ひぃぃ………」
刀を突き刺した。
「が………は…………」
窓から外を見ると、事態を聞き付けた国家機関が集まって来た。
慌ただしく段取りをしているようだが、
「命は………常に天秤にかけられる」
男には障害にすらならない。
窓を開け、烏合の衆へとダイブした。
今日、真音は学校に来なかった。美紀は心配で真音の家を訪ねて来た。
「よしっ!」
今度は大丈夫。ユキが出て来てもちゃんと対処出来る。
気合いを入れてインターホンを押す。
「ごくん………」
生唾を飲み込み、出来れば真音が出て来る事を願う。
少しして、玄関のドアが開く。
(あなたには関係ないでしょ……あなたには関係ないでしょ………)
美紀は心の中で『練習』する。
美紀にとってユキは強敵だ。毅然とした態度で臨まねば勝てぬ相手。と、一人勝手に思っているだけなのだが。
「あ……如月君います……か………」
美紀は目を疑う。現れたのは予想した人物ではなかった。
「………あなた誰?」
若い女。歳は自分より少し上くらいに見える。
「エメラ!まだ寝てなきゃダメだよ!」
どたばたと真音が現れる。
「あ、赤木?」
「知り合い?」
エメラが真音を見る。二人の交わす視線が美紀にまたも要らぬ妄想を抱かせる。
「ああ、学校の友達だ」
「友達………ね。かわいいから真音の彼女かと思ったわ。真音、私、先に真音の部屋にいるから。早く来てね。焦らしちゃ………やだからね」
そう言ってエメラは二階へと行く。
「はあ?何言ってんだ?ったく………ガーディアンって奴はわがままだなあ。ところで赤木、なんか用か?」
全く空気の読めない言葉は、美紀にとどめを刺した。
「き…………如月君なんか大っっっ嫌いっ!!!!」
美紀の叫びを聞いて、エメラが舌を出した事は誰も知らない。
「なんだったの?」
エメラは真音のベッドを椅子代わりにして足を組んでいた。
「さあ?」
真音は赤木の行動の意味がわからず頭を痛めている。
「いいの?」
「何が?」
「追い掛けなくて」
「なんで?」
「いいならいいけど」
エメラは横目で真音を見ながら、
「ユキはどうするの?」
朝起きてから真音に落ち着きがないのはわかっていた。原因がユキだという事も。
「あんな最低女………知らないね」
「そ。あなたがいいなら何も言わない」
「お前こそ、トーマスの事はいいのかよ?第4選定者に殺されてるかもしれないんだろ?」
「大丈夫よ。トーマスは生きてる」
「わかるのか?」
「あなたもユキから注入されたと思うけど、選定者が死んだ場合ナノビートも活動を停止するわ。そうすると、停止した時に信号がガーディアンのヒヒイロノカネに送られてくるのよ。逆も同じ。ガーディアンがヒヒイロノカネを奪われたら、ナノビートに信号が行くわ」
どんな技術力だ。と、感心してしまう。庶民の知らないところで科学というものはどこまでも崇高である気がした。
「そんな技術があるのに………どうして国は何もしないんだ?」
「知りたければヒヒイロノカネを集めて、マスターブレーンの元へ行く事ね」
「またマスターブレーンか……。たかが機械に人が従うなんておかしいよ」
「たかが機械に従わなければ、人は道を歩けない。そういうところまで来てるのよ………人類は」
「でもマスターブレーンが出した答えは、選定者から……人間から神を選ぶって事なんだろ?」
「私達ガーディアンの口からは何も言えない。ユキから聞かなかった?何度も言うけど、全てはマスターブレーンから聞いて。もっとも、私は簡単に殺られたりしないけど」
「俺はガーディアンを殺したりしない」
真音の一言に眉をひそめる。
ガーディアンを倒さなければヒヒイロノカネは手に入らない。エメラには真音の真意が読めなかった。
「それじゃずっと逃げ回る気?」
「エメラ、命は粗末にするもんじゃない。君だって人造人間とは言え、立派な生命体だろ?」
「だから?」
「命を簡単に奪うとか奪わないとか言いたくない。俺は他の選定者を説得して、選定の儀を辞めさせるつもりだ。みんなが放棄すれば話は丸く収まる」
言いたい事はわかる。しかし、ガーディアンであるエメラには、ユキ同様に真音の気持ちは理解出来ない。
「…………死ぬわよ?そんな安っぽい理想じゃ」
「むやみに誰かを傷つけなければならないのなら、それでも構わない」
本気で語る真音に、エメラはそれ以上何も言えなかった。
自分の選定者ではないのだ、どんな理想を掲げていても自分には関係ない。
「フッ。トーマスも最初は似たような事言ってたっけ」
「そうなの?だったら………」
「今にあなたも考えが変わるわ。理想だけでは何も叶わないって」
エメラの言葉がやけに胸につっかえた。
「まあいいわ」
ベッドから立ち上がる。
「私はトーマスを助けに行く」
「わかるのか……?居所」
「ナノビートにはGPS機能もついてる。選定者からはわからなくても、ガーディアンからはわかるわ。おそらく、人質として第4選定者は生かしているはずよ。じゃなきゃとっくに殺してると思うし」
窓を開けて出て行こうとする。
「待てよ。俺も行く」
「あなたも?」
「トーマスと第4選定者がいるのなら都合がいい。説得しに行く」
どうしてだろう?エメラはなぜか真音が本当にトーマス達を説得出来るか見てみたくなった。
安っぽい理想だと疑っていないのに、選定の儀が止められたら………………ふと、そう思う。
「武器は持って来なさい。あなたの身までは守る義務は私にはないから」
立て掛けてある弓を見て、さらに続けて言った。
「見せてもらおうかしら………あなたの決意」