第百九章 Determinded Determination
メビウスを追って行き着いた先は、以前トーマス達と来た時に見た研究所内部。
「そういう事か…………」
鈍感な真音にも察しはついた。
あの時、研究所を外から見た時、遺跡のようだと感じた。だが内部に入って隈なく調べる事はなかった。
この建物は半分にわかれていて、半分は現在も機能中の研究所、もう半分は百年前から使われていない研究所になっている。
「おっと、感心してる場合じゃないな」
よく出来た建物構造に思い更ける時間はない。メビウスは奥へと止まる事なく走り続けている。
とりあえずは一本道。迷う事はない。道なりに進んで行くと、古びた内部には似合わない鉄の扉があった。
唾を飲み込んでドアノブに手をかける。
重厚な見た目通り、押すのに少し力が必要だった。
中はどうって事のないコンピュータルームで、際立つような特徴と言えば学校の体育館ほどの広さで、大きなモニターが真ん中にあって周りをなんだかよくわからないコンピュータやら機械やらがあるという事くらいだ。もう『半分』の方が雰囲気は出ていた。
「メビウス…………」
そこにメビウスはいた。
「やってくれるじゃないか……」
モニターを睨みつけ悔しそうに呟いた。真音に気付いたのはその後だ。
「来たか」
嘲笑の笑みはなく、不機嫌を全面に押し出している。
「もう逃げられないぞ」
真音は自分に言ってるようで変な感じはするが、他にセリフは用意されてない。
「逃げる気など毛頭ない。最初からここに来るつもりだったしな」
「こんなところで何をしようってんだ?」
「フン。見たまえ。このモニターには世界地図があり、所々を赤い点が光ってるだろ?この赤い点は発射可能な核兵器を示している」
「人類を地上から消すってこういう事だったのか………!!」
赤い点の数は数十ある。これが発射可能な核兵器だとしたら………。
「世界は一瞬で終わる予定だった。でもそれも不可能になってしまったよ」
「どういう意味だ?」
「僕は野心のあるいくつかの国と協力して核兵器を造って来た。それも小型ながらに威力は申し分ないものを。おまけに大きな発射台などはいらず、あらかじめプログラムをしておけばそこまで飛んで行くスグレモノなんだ。だがどうだい?頭を痛めて造った核兵器は、その威力を見せ付ける事なく役目を終えたのだ」
残念そうに語るのは結構だが、真音にはメビウスが何を言ってるのかわからない。
「なんだよそれ………お前の野望が終わったって事か?」
「赤く光るのは、発射されるはずの核兵器が全て制圧されている証だ。やれやれだよ。これだけ手際がいいところを見ると、国連が動いたか」
「ならおとなしく観念しろ。お前の負けだ、メビウス」
戦いになれば勝てない。落胆して諦めきってくれるといいのだが。
「負け?僕が?フッ……つまらない冗談だ」
「だけど、核兵器が使えなければどうしようもないはずだ!」
「バカか君は。これだけの核兵器を解体するのにどれだけの時間がかかると思う?そうなる前に奪い返せばいい」
「そう都合よく行くもんか!」
「わかってないね。この地上に人が存在する限り欲望が尽きる事はない。そういう人間達を利用してまた同じ事をするだけだ」
自信があるらしい。人などどうにでもなると。
「させない。たった一人のわがままで人類を消すなんて………俺がさせない!」
「僕はこんなにも分からず屋だったのか?真音、君にはガーディアンがいない。僕はヒヒイロノカネを持っている。結果は明らかだと思うが?」
「みんなが命を賭けて戦ってるんだ。俺には守るべきものがある!大切な思い出も、なにもかも!」
「大切な思い出?ああ、そういえば僕はさっき、君に思い出があるのは十七年生きて来たからだと表現したが、意味を履き違えてるようだね。君の記憶は過去五年間の記憶のみが本物で、それ以前は僕が経験した記憶を移植したんだ。つまり、君は生まれてまだ五年しか経ってない。よく思い出してご覧、幼い頃の記憶に今の友人達はいるかい?君の中の記憶の半分以上、僕の記憶だ」
動揺は隠せない。信じないと何度も言い聞かせるが、どうしても精神は崩れようとする。
「まあいい。クローンの君と語る気はない。まずは一刻も早く国連を壊滅させないと、また長い年月を無駄にしてしまう」
「言ったはずだ、そんな事はさせないって!」
真音は弓を握る。剣を持つように。
「滑稽ね。あまりにおかしくて涙すら出ないわ」
その時、青薔薇が現れる。
「ユキ………」
「その名前で呼ばないで。私は青薔薇って名前なのよ!」
『ユキ』という名前が幻であったかのように、そう呼ばれるのを嫌う。
「リオは倒したのかい?」
「ええ。もう博士を裏切る者は誰もいないわ」
メビウスの問いに笑顔で答える。
「真音、少しの間だったけど楽しかったわ。でもね、あなたも終わりよ」
あんなに可愛かったユキの笑顔じゃない。青薔薇の笑顔は毒を持つ事を隠さない笑顔。真音の胸が痛む。
「クローンとしては上出来だった。だが僕の代わりは務まるほどではない。消えてくれ」
メビウスの顔も自分のそれとは違う。こんなに闇にまみれた顔はしてない。
二ノ宮が言っていた。
−何があっても自分を見失うな−
と。
(二ノ宮さん…………知ってたんだね………俺とメビウスの事。そして………ユキの事)
自分は造られた人間。五年の歴史しかない人間だ。でも真音は見失わない。浅い人生でも、見つけたものがある。
トーマス。
ジル。
エメラ。
ダージリン。
石田。
オリオンマン。
二ノ宮。
美紀。
そして死んで行った李とガーネイア。リオとロザリア。
みんな変わった不思議な連中だが、真音にとっては大切な仲間。全員の顔が脳裏に浮かぶ。
約束をした。生きて帰ると。
「負けてたまるか。来い………終わるのはお前らだ!」
断固たる決意。ずっと前から胸に抱いている。