第百八章 嘲笑う薔薇
一人になると、ふと思い出すのは二ノ宮の事。メビウスを追って来たはいいが、ケガをしていた二ノ宮を残して来た事が心配になる。
あの冬の日に二ノ宮に買ってもらった指輪。ガーディアンスーツの胸元を開けて指先でじゃれる。成長させた肉体には合わなくなって、今はペンダントとして首を飾っている。
「もう少し、待ってて下さい」
二ノ宮を想い指輪にそう話しかける。
やらねばならない事は、メビウスを追った真音の助太刀。真音が死んでもなんの問題もないが、クローンとして生まれた真音を二ノ宮は生かしたいと思っている。多分、ロザリアと被るのだろう。その意志を尊重したい。
青薔薇を生かそうとした理由も、戦いが終わった後に真実を真音が受け止めきれなかった時に誰かが必要だと考えたから。
精神の安定があるのなら、問題が無いと判断しての事だったのだが。
「さあ、まずはマスターブレーン(これ)を破壊しなくては」
マスターブレーンのプログラムの全てがリオの思考によるもの。心を失くした自分がそこにいるよう。
リオのマリシアス・グラビティの影響で金属板が剥がれたりと、見た目はボロボロだがまだ起動している。警戒すべきは核兵器の一斉発射。しかし、不可能な計算が無いコンピュータは、人には予想すら出来ない事を導き出す。使われ方次第では世界征服を半日でもやってのけてしまうだろう。
なんにしても、こんなものは無い方がいい。
リオはマスターブレーンに手を当て破壊の準備に取り掛かる。
「!!」
エネルギー波を放とうとした時、嫌な気配を感じて振り向くと、レーザーのように細く青い光が飛んで来た。
「くっ」
間一髪かわされた青い光は、マスターブレーンに直撃し、金属の破片がリオの頬を傷付けた。
「まさか…………」
嫌な気配。それは倒したはずの青薔薇の気配。
「びっくりしちゃったわ。優秀さのアピールは伊達じゃなかったのね」
声だけがする。
「バカな!確かに倒したはずなのに!」
リオは気付かない。青薔薇が消えた場所に『種』がある事を。
「出て来なさい!」
姿の見えない青薔薇に怯える。
「言われなくても目の前にいるわよ……フフフ」
『種』が割れ、中から茨が伸び出る。それも一本二本ではなく、無数に。触手のように床や壁を這い、リオの足にまで絡み付く。
「ああっ………」
トゲがガーディアンスーツを裂き肌を傷つける。
「おっそろしい女ねぇ。存在そのものを消す技なんて………死ぬかと思ったわ」
やがて『種』から芽が出て青い薔薇の蕾が出来上がる。それは大きく膨らみ、花びらが一枚ずつ開く。そして中から青薔薇が現れる。
「青薔薇!!」
「あっはぁ。何驚いてんのよ。あんなんで倒したなんて思ったわけ?ありえないから」
重力のエネルギーに呑み込まれた青薔薇がいる。それも名前の通り青い薔薇を伴って。言わば覚醒のような事なのだろう。
「どうして!生き返るとかの問題じゃない………消した存在が復活するなんて!」
「天才でもわからない事があんのね。しょうがないから教えてあげようかしら」
茨はリオの下半身までで止まっているが、それは青薔薇の意志であろう事は知れている。攻撃が始まる前に解かなければ、かなり危険な状態に陥ってしまう。
「私の脳には薔薇の種が埋め込まれてたの。『種』にはヒヒイロノカネと私の遺伝子が保存されていて、あんたの技に呑まれる時に『蒔いた』のよ」
指で頭をツンと叩く。得意げになるのは、勝利を疑わない証拠だ。
「蒔いたって………あなたもクローンなの?」
「いいえ。『種』は私自身。レプリカ・ガールや真音とは違う。『種』と生命を共有して来た私は、今のこの姿が真の私なのよ!」
「人じゃない生命まで思いのままだなんて………」
リオはメビウスの恐ろしさを改めて思い知った。
「終わりよ」
青薔薇が言うと、茨が動き出す。
マリシアス・グラビティのアクションを起こしたリオを、あっという間に包み込む。顔だけを残して。
「あははははは!無様無様無様無様無様無様無様!!!ざまあみなさい!」
青薔薇は茨でリオを締め付ける。
「あうっ…………」
ギスギスと鋭いトゲが締め付けながら突き刺さり、肉体を切り裂く。
「その体勢じゃさっきの危なっかしい技も出せないでしょ。いい気味よ!」
「こんなところで……………ここまで来て……………」
もがく事さえままならない。
茨は首にゆっくりと巻きつく。
「………あっ!」
巻きついた茨が指輪を繋いでいたチェーンを引きちぎり、指輪が首を離れる。それを掴もうとしても身体が動かない。ただ床に落ちるのを見ているだけ。
リオにとってそれは二ノ宮との約束の指輪。それがあったからここまで頑張れた。幸せという実体の無い偶像を手にする為に。
リオの反応を見た青薔薇は、浮遊しながら近づいて指輪を拾う。
「ダメ…………それだけは………」
女の顔をしている。悲しいくらいに。
「何これ?安物じゃない」
「お願い……返して!」
「ふぅん………よっぽど大切なのね。二ノ宮からのプレゼント?」
青薔薇はニヤリと笑って、指輪を上に放る。
「や、やめて!!お願い!!」
青薔薇が何をしようとしているか想像するまでもない。
「青薔薇!!」
リオの表情が気持ちいい。泣き出しそうな表情が。
青薔薇は指輪に真空波をぶつけ二つに割る。
「あ…………あぁ……」
命よりも大切にしていた指輪。二ノ宮との絆を青薔薇は裂いたのだ。
「ごめんね〜〜、行儀が悪くて」
嫌味ったらしく悪意を吐き散らす青薔薇が許せない。
「青薔薇ァ−−−−ッ!!」
女は鬼となる。
「あっははは!怒ったぁ?でもどうしようもないわよね〜ぇ?」
リオに反撃のチャンスはない。知っているからこそリオを追い詰める。心を壊してやりたくて。
「貴様ッ!よくも………よくも私の大切なものをッ!!!」
もがけばもがくほど茨は締め付ける。
「知らないわよ。そんなに大切なら金庫にでも保管したらよかったのに」
苦悶のリオを見れた快楽。満足だった。
「おのれっ………!殺してやるっ!!殺してやるっ!!」
「往生際悪いこと。なんかムカついたからもう殺しちゃお」
青薔薇は指先をリオに向ける。狙い撃つように。
「大嫌いな存在が消えるって快感よねぇ………」
「黙れッ!!もっと早く殺しておくべきだった………あの人さえいてくれれば………お前など!!」
「はいはい。聞きたくないわ、『もしも』の話なんて」
リオの心は憎しみに満たされて行く。
「サヨナラ………優秀なガーディアンさん」
茨はリオの胸元だけを開ける。
「ローズ・クライム!!」
−きっとまた会える−
二ノ宮の言葉が頭をよぎる。あの言葉にどれだけの願いを託したか。
(セイイチ……………)
生きていいんだと、自分の為に生きていいんだと教えてくれた言葉だった。
(お願い……………生きて…………)
人が人を想う時………そこに咲く花はあまりに無力。