第百六章 セピアの純情(後編)
研究所に戻ってから、私はある事を企んでいた。
地下にあるとても大きな機械。確かクローンを造る設備だったはず。まだ試運転もされてないけど、試してみようと思う。
どうしてもセイイチに会いたい。一週間経った今も、彼を忘れられない。
会いに行く。その為に私はクローンを造る。クローンを研究所に残して、もう一度日本に行きたい。多分………初恋かな。
「出来た」
セッティングはOK。私の髪から遺伝子を採取し、培養液と一緒にシャーレの中に混ざってある。
かなりお金をかけて博士が造った設備だ。失敗はしないだろう。本来なら小動物辺りでテストした方がいいんだろうけど、こんな事が博士にバレたらただじゃ済まない。
それに、そろそろ起動させるつもりなのだろう、最近やたらと点検をしている。
「お願い………成功して!」
祈りを込めて電源を入れた。
博士は私を天才だと言うけれど、私よりも博士の方が天才だと思う。
いろんな学問に精通し、最新レベル以上の事をやってのける。嫌いな奴だけど、今回ばかりは感謝してる。
「ロザリア………」
成功だった。博士オリジナルの培養液は遺伝子から遺伝子を造るのではなく、遺伝子からある程度の成長までを可能にしていた。
私は更に成長を促進させる為、培養液を研究して短期間で成長させる事を試み、半年後にはロザリアと名付けたもう一人の『私』は、今の私と同じ15歳までに育った。
そして、私自身も肉体を成長させた。セイイチと同じ26歳程度の肉体に。
「これからあなたはある人に会いに行くの。その人に会えばあなたは私を忘れるでしょう。記憶に残るのは必要最低限な情報のみ。私が行くまで、その人の傍にいて」
ロザリアが頷く。自分なんだけど………ちゃんとわかってるのか心配はある。
本当なら私の身代わりになるはずだったロザリア。でも博士の陰謀を知ってしまった今、ここに残って阻止する術を探さなくてはならない。
「それと、この手紙を渡して」
いきなりロザリアが行っても驚くだけだろう。そう思って簡単な手紙を書いた。
「この船は日本の港に停泊するから、そしたらこの場所まで飛んで行く事。いい?」
かわいそうだけど、彼女にもヒヒイロノカネを注入してガーディアンになってもらった。
研究所には世界のあらゆる情報が集まって来る。個人の情報でさえ。そこからセイイチの情報を探し、住んでいるところを突き止めた。そこまでの地図を書きロザリアに渡す。
無事着いてくれるといいんだけど……。
「停泊するまでコンテナから出ないで」
定期的に研究所を訪れる船のコンテナにロザリアを入れる。主旨が理解出来たようで、おとなしく従ってくれた。
(お願いね………私も必ず後から行くから)
コンテナの扉を閉め、船から離れる。赤い錆が手の平に付着して気持ち悪い。
船はどんよりとした声を上げて出港して行く。
「ロザリア………あなただけが頼みの綱なの。あの人ならきっと力になってくれるから」
私は『私』の可能性に賭けた。
生きたい。生きて普通になりたい。呪われた人生を脱ぎ捨てて、自由に羽ばたいてみたい。
願いを抱き夢を見るのは、私が人間だから。