第百五章 青薔薇
キャップとサングラスを脱ぎ捨て現れた顔。
「バ…………バカな!なんで………俺が……?」
「そんなに驚くなよ。自分の顔だろ?」
メビウスの顔は真音と瓜二つ。
数え切れないほど見て来た顔がそこにある。
「ど………どうなってんだ?」
信じられるわけがない。倒すべき相手の顔が自分なのだから。
「無理もないわよ。だって真音は博士と違うもん」
「そんな事はない。彼は紛れも無く僕だ」
ユキの頭を撫でる。
「メビウス!説明しろ!なんでお前と俺が同じ顔なんだ!?それに………」
真音はユキを見た。複雑にも、メビウスにくっつく姿が、自分に懐いているようにも見える。
「ユキの事も………」
嫉妬がある。隠そうとすればするほど声が小さくなってしまう。
「そうだね。君には知る権利がある」
右にはユキが寄り添い、左手にはリオが無惨な恰好で掴まれたまま。陽と陰を弄ぶなど、『自分』には絶対に出来ない。メビウスが憎かった。
「何から話そうか?」
メビウスは得意げに言った。
「………俺とお前の顔が同じ理由はなんだ?」
「くく……いいだろう。でもそんなに特別な理由はない」
「前置きはいい!早く答えろっ!」
「わかったよ」
メビウスは肩をすくめて眉を上げた。
「君は僕のクローンだ」
「な………なんだって……?俺が…………メビウスのクローン……?」
「そうだ。僕の細胞から君は生まれたんだ」
「嘘だっ!!」
「嘘じゃない。事実だよ」
「そんな話、信じられるかっ!俺にはちゃんと両親もいるし、小さい時の思い出だってある!クローンのわけがない!」
想像通りの真音の反応に、ため息を漏らした。
「まあ無理もないか。いいかい?君が両親と信じる二人は、僕が用意した全くの他人さ。アルバイトだよ」
「そんな………父さんと……母さんが………?」
「それに、思い出があるのは当たり前じゃないか。君は十七年、ちゃんと生きて来たんだから」
混乱と疑念にまどろむ真音を、ユキは笑って見ていた。
「なんで………俺を造ったんだ……」
真音は聞いた。
「身動きが取れなくなって来たからさ。百年も生きればその存在は奇跡だ。研究所を追われ、アントワネット一族に匿われてひそかに生きて来た。が、五十年過ぎた頃から限界に来ていた。僕はいい。いろんな権力者に出会って都合のいい立場を確立出来たから。だけど、ユキの存在は知られたくなかった。かと言って信用して任せられる奴もいない。だからもう一人、自分を造って任せる事にしたんだ」
「アントワネットって………ジルも関係してるのか?」
「アントワネット一族は、ガーディアン・ガールの被験者を集める手伝いと、研究費用を全て出してくれた僕のスポンサーで、その他にも裏の世界に幅を利かせる一族だった。ただ、ジルは知らなかったと思うよ。彼女の父親はジルを裏の世界には引き入れる気はなかったみたいだから」
「…………ダージリンはどうしてジルを襲ったんだ?お前の仕業なんだろ?」
「ダージリンはアントワネット一族に深い怨みを抱いていた。それを利用してアントワネット一族を全滅させてもらったのさ。何かと研究に口を挟むようになって来てね、そろそろ潮時だとは思ってたから」
悪びれもなく言ってのける。
「なんて奴だ………」
「そう怒るなよ。僕がやる事、考える事は、君にも十分同じ行動をとる可能性があるという事だ。現に、君はレジスタンスと戦い、人を殺めた。でも『普通』にしてるじゃないか」
悔しいが言われる通りだ。同級生のめぐみを殺しても、罪を意識する事はあまりなかった。
真音の表情を見れば、メビウスには図星であったのだとわかる。
「選定の儀なんて僕には関係の無い事だったし、いい余興にはなったよ」
「余興だと!?ふざけんなよ!何人の人間が死んだと思ってんだ!」
「ふざけてなんかないよ。世界の主導をどの国が握るのか、勝手に始まった事だ。僕は科学者としてマスターブレーンを創造したに過ぎない。アントワネット一族に関しては、祖国代表というよりも自分達が世界を支配したいが為に、ジルを選定者にしたようだけどね」
「マスターブレーンが選定者を選んだんじゃないのか?」
「マスターブレーンは一言で言ってしまえば計算機だ。選定者を選んだのはあくまでもそれぞれの国。マスターブレーンは関係ない」
「計算機?」
「君の思うような計算機とは違う。実に性能のいい計算機だよ。必要な情報さえ入力すれば、未来を予測する事も可能な」
「じゃあ………ユキは何者なんだ?」
ユキを見ると目が合う。
「まだわからないのかい?ユキは…………」
メビウスが言うのを遮って、ユキは真音に言った。
「私が青薔薇よ」
「………………………そ………そんな………ユキが……青薔薇……?」
薄々は感づいていたが、面と向かって言われるとやはりショックは大きかった。
「ほ………ほんとよ……」
リオが意識を取り戻した。
「なら、彼女は………誰なんだ?」
真音はリオの事をメビウスに問う。
「彼女はただのガーディアン・ガールさ。だが、青薔薇よりも精神の安定した貴重な存在だ。知能も非常に高く、僕が君を造れたのは彼女のおかげだ。彼女は僕から逃げる為に、自身のクローンを造った。それだけじゃなく、胎児に近かったクローンを培養して、半年足らずで思春期の少女にまで成長させたんだ。これは遺伝子学を覆す偉業だ。ついでに言えば、マスターブレーンには彼女の思考が組み込まれている。未来の予見の仕方から、人類誕生の謎に至るまで、マスターブレーンが出す解答は全てリオ=バレンタインの思考から導き出されてる。計算機の性格が良かろうと悪かろうと、彼女の思考プログラムがある限りマスターブレーンなどいくらでも造れる。言い切れば、リオ=バレンタインがマスターブレーンなんだ」
メビウスが、リオを真音の前に放り投げた。
「素晴らしい逸材だよ。僕にも劣らない天才だ。女さえ捨てればね」
マスターブレーンの唯一の欠点が女である事。それだけがメビウスには残念でならない。
「ねぇ博士………早く殺っちゃったら?見てるだけでウザったくて。特にこの女はね!」
ユキ………青薔薇はリオに近づいて、彼女の腹を蹴った。
「うっ…………!」
「生意気なのよ!ちょっと博士に気に入られたからって!」
立て続けに何度も。
「やめろっ!」
それを見て思わず真音が止めた。
見たくないのだ。好きになった女が平気で暴力を振るう様など。
「なによ、カッコつけて」
「ユキ!目を覚ませ!お前はこんな事するような女じゃない!」
「バッカじゃないの?私の事なんて、なんにも知らないくせに」
シラけてリオを蹴るのをやめる。ここまで来て真音の機嫌を伺うつもりはないらしい。
「大丈夫か?」
リオを起こしてやる。
「青薔薇…………やっぱり消しておくべきだったわ」
美人なリオの顔が悪魔のような顔になる。
「知られてたんだ……ならもう隠す必要ないわね」
青薔薇はメビウスの確認を取ると、目を閉じた。すると、髪が伸び、色が青色に変わる。まつげも、眉も、そして瞳も。青薔薇の名の通りに染まる。
「やっと本当の姿に戻れたわ」
気持ち良さそうに深呼吸をする。
「さて、まだまだ名残惜しくはあるが、僕にはやらねばならない事がある。青薔薇、頼んだよ」
「はい。博士」
メビウスは二人を青薔薇に任せどこかへ去って行く。
「待て!メビウス!」
その後を追おうとした真音の行く手を青薔薇が阻む。
「ダメよ。あんたはここで死ぬんだから」
「どけ!ユキとは戦いたくない!」
「頭悪いわね、ホントに博士のクローン?いいこと?私はユキじゃない!青薔薇!私の名前は青薔薇よ!」
そう言うと、青薔薇の着ているガーディアンスーツが生き物のように動き出しす。
「な……なんだ?」
真音が見守る中、ガーディアンスーツが黒いエナメルのドレスに変わる。
「どいて」
驚く真音を脇に追いやってリオが前に出る。
「あら?随分とMっ気があるのね。まだ蹴られ足りないのかしら?」
「おあいにくさま。レズっ気は微塵もないんです」
皮肉に皮肉を返す。リオはまだ戦う気だ。
「如月真音」
「え………?」
リオにフルネームを呼ばれる。
「あなたはメビウスを追って下さい。メビウスは地上から人類を消す事を目的としています。なんとしても阻止しなければなりません」
「人類を………消す?」
「あなたにはヒヒイロノカネは無い。それでも身体を張って止めて。さ、早く行って!」
「あ………ああ」
頼りない返事だったが、今は真音に託すしかない。
そして真音も、ヒヒイロノカネを持つメビウスに丸腰で立ち向かわねばならない事に気付かされた。その為に頼りない返事になってしまった。
だが逃げるわけには行かない。メビウスの目的を知った以上、彼が自分自身である以上。
真音はリオに言われるがままメビウスを追う。
「待ちなさい!」
「あなたの相手は私がします」
今度は青薔薇の前にリオが回り込む。
「なるほどねぇ………博士にやられたわりにピンピンしてるわけだ」
リオの頭の先から爪先まで目を細めて見回す。
「ここに来る為に身体張ったのね。いい根性してるじゃない」
メビウスの性格を知るリオだからこその作戦だった。
「公園での借りを返してやるわ」
「おとなしくしてれば何もしないって言いませんでした?」
「フン、なんで私があんたの言いなりにならなきゃいけないのよ」
青薔薇が口角を上げ妖しく笑う。
「それはですね………」
リオは髪を掻き上げ、
「私の方が優秀だからよ。ガーディアン・ガールとしても、女としても」
プライドをぶつける。
戦うのは、伝説のガーディアン・ガール『青薔薇』と人工の神そのオリジナル『マスターブレーン』。