第百四章 都合のいい賭け
切り出すのが怖かった。でも今聞かなければメビウスとは戦えない。
「な、何よ、改まって。こっちまで緊張するじゃない」
神妙な真音に、ユキも緊張してしまう。
「ガーディアン・ガールって…………『人造人間』なんだよな?」
「は、はあ?何言ってんの?ガーディアンは『人間』よ。真音も聞いたじゃない」
的確に答えてやった。真音の質問の真意はわかりかねたが、上機嫌のユキは気にも止めない。
そして真音は確信する。
「お前さあ、俺にこう言ったよな?『ガーディアンは人工遺伝子から造られた』って。なんで嘘ついたんだよ」
出会って間もない頃。まだ真音が現実を受け入れられてない頃、ユキは確かにそう言った。
「………何それ?意味わかんない。ガーディアンのメモリー……記憶は曖昧なんだもの、間違ったんじゃない?大体、そんな事言ったかなんて覚えてない」
上機嫌に影が射す。それは真音への警戒を意味した。
「そうか……」
「そうよ。そんなつまんない事より………」
ユキの言葉を遮るように、
「じゃあさ、なんでこれがマスターブレーンだってわかるんだ?」
強く言った。
「記憶が曖昧なのに、マスターブレーンの事だけ思い出したなんて言うなよ?」
「……………………。」
真音はユキから目を離さない。
ユキも黙って真音を見たままだ。
「どう見たってこれがそうじゃない。こんな大きな機械。真音だってそう思うでしょ?」
取り繕う笑顔を見せる。
「思わないな。ここに来る途中だっていろんな機械やらコンピュータはあった。俺はこれを見た時、研究所の総電源だと思ったよ。ユキが教えてくれるまでは」
「真音…………」
「もっと言ってやろうか?ガーネイアと会った時あっただろ?あの時、ガーネイアからメロウの事聞いて、顔色を変えてどっか行ったけど、どこに行ってたんだ?」
「……………………。」
口数が減って行く。
「それと、鈴木と戦った時も、『力を解放する』って言った。そんな事出来るなんて聞いてなかったし、そんな力があるならなんでもっと早く言わなかったんだ?多分あの時、あのままだったら俺は鈴木に殺されてた。お前は危険を感じて仕方なくその手段を選んだんだ。違うか?」
「……………………。」
何も言わず俯いた。責め立てるのはユキを信じたいから。
返答のないユキの態度が余計に苛立つ。ユキの両肩を掴み、
「答えろ!何を隠してるんだ!?ユキ!!」
力任せに揺らす。不安と疑心を振り払いたい………ただそれだけの為に。
「……………っさいなぁ」
「………ユキ?」
顔を覗き込もうとした時、腹部に何かがぶつかる。
「げ………ぉ……」
ユキの蹴りだった。後ろに派手に転げる。
「ゲホッ、ゲホッ………な、何すんだよ!」
「うるさいって言ってんの」
軽蔑するような目で見られている。
「ホント、バカよね」
「…………ど、どうしたんだ……?」
「どうもこうもないわよ。耳障りなのよ。女じゃあるまいし、少しは黙ってたら?」
同一人物かと疑うほどの豹変に戸惑いを隠せない。
「ユキ?」
「細かい事一々気にしてムカつくのよ」
暴言もいいくらいの暴言だ。真音は、予感が的中したとわかり愕然とした。
「心のどっかで否定はしてたけど…………やっぱりメビウスと繋がってるんだな」
それ以外に考えられる要素はない。
「その通り。彼女は僕と繋がってる」
後ろから声がして振り向くと、そこにいたのはメビウスだった。リオの髪を掴んで引きずって。
「あ……青薔薇……」
真音はメビウスよりリオに意識が行った。
最強だと疑わなかったガーディアン・ガールの痛々しい姿。二ノ宮の姿もない。
メビウスは、真音を無視してユキに話かける。
「長い任務、ご苦労だったね」
「博士!」
ユキは嬉しそうにメビウスに抱き着く。
「疲れたんだからぁ。それよりぃ…………真音なんとかしてよぉ」
聞いた事もない甘い声色。子猫のような目つきでメビウスを見ている。
「どういう事だ………どういう事なんだ!ユキ!」
「うるさいっ!!気安く呼ぶなっ!」
「…………………な、なんで………そいつは敵だぞ?」
この不可解な現象は、真音を冷静にはさせてくれない。そう思ったメビウスは口を開く。
「可哀相だけど、こいつは僕の味方だ。まあ、積もる話もある」
アルミ製のプレートが付いたキャップ、フレームに薔薇の飾りがあるサングラスを取った。
「まずはおかえり………如月真音」
「行きます」
美紀はきっぱりと言った。
「美紀ちゃん、君が行っても悪いが戦力にはならないよ。ガーディアンの力を持っていても、これだけは別の話だ」
石田は、真音達に加勢に行くと言い出した美紀の説得に追われていた。
「わかっています。でも………何か嫌な予感がするんです。如月君達に何かあったのかも………」
あの写真を見てから感じる不安。磨りガラスの向こうにある真実が見え隠れする。
暴く事が出来るのは自分達ではない事は、石田達自身がよくわかっている。
「あそこに行くという事は、命を引き換える覚悟が必要よ?それでも行きたいの?」
冴子が美紀をじっと見つめて言った。それは美紀が頷くと承知の質問。石田にはその真意は理解出来なかった。
「指揮官!」
美紀は戦い慣れてない。行けば真音達より生還の確率は低い。言い換えれば、死んでもいいなら止めないと言っているのだ。
もちろん美紀もよくわかっている。
「行きます。死ぬのは正直怖いです。だからと言って……」
真音を想うあまりの決意。冴子は美紀の気持ちを優先させる事にした。
「わかったわ。好きにしなさい」
「あ、ありがとうございます!」
特に礼を言われる事ではない。
美紀は冴子と石田に深々と頭を下げて指令室の窓を開けた。
「必ず………みんなで生きて帰ります!」
そう言って飛んで行く。その姿は天使にしか見えなかった。
「なんで行かせたんです?」
石田は納得しきれずに冴子に聞いた。
「行かせたくなんてなかったわよ。でも、私も感じるの………とんでもなく大きな不安を。だから、賭けたの………小さな望みかもしれないけど」
「……………準備……しますよ」
冴子の了承を得ずに石田は指令室を出る。真音達を助けに行く準備をしに。
冴子は責めた。都合のいい勝利を得たいが為の判断をした自分を。
「私って…………最低ね」
香織が持って来た百年前の写真。
その真ん中の博士と呼ばれた人物。それは真音だった。