第百一章 暗雲の中
クローンを製造している工場は地下にあった。
二ノ宮はそこに辿り着くまで、そして辿り着いてから、何千体とレプリカ・ガールを斬った。ようやく通路を抜け野球場一個は入るほどの工場には、それでもまだ大群のレプリカ・ガールがいる。
「腕が限界なんだがな」
『頑張って下さい。あの大きい透明な球体がクローン製造マシーンの本体です』
リオが言った球体は工場の中心にあり、その中でバチバチと紫の稲妻が走っている。
その周りには、やはり透明なカプセルがいくつも並び、中には生産途中のレプリカ・ガールが入っている。
「薄気味悪い奴らだ」
青生生魂にはべっとりとレプリカ・ガールの血液が付着していて、切れ味にいささか不満を覚える。
正直なところ、疲れてが出て来ている。このままでは返り討ちに合ってしまうのは必須。なんとか打開策を見つけたい。
「リオ、翼を出せ。一気にあそこまで飛んで行く」
もはや自分の意志で翼を出せるほど集中力はない。残存する集中力は、青生生魂を振るう事だけに使いたい。
『行きます。いいですか?』
言われた通り翼を出す。
「うおおおお−−−−−−−−−−っ!!
唸り声を上げ、全身を青い炎に包む。
その炎を引っ提げクローン製造マシーンに向かって突っ込む。
周囲にいるレプリカ・ガールは、二ノ宮の炎に焼き尽くされて行く。
青い彗星の如く寸分のぶれもない鮮やかな直線を描き、クローン製造マシーンに青生生魂を突き立てる。
勢いよく亀裂が四方八方に広がり、やがて中心部の電源を破壊して突き抜けた。
「やったか?」
全身の炎は消え、振り返り成果を確認すると、クローン製造マシーンは爆発してその機能を停止した。
『お見事です』
「まだだ!まだレプリカ・ガールが残ってる!」
青生生魂を頭上にかざし、やはり青い光の粒子を集める。数の減った今なら一撃で殲滅出来る。
「これで終わりだ!ブルームーンバースト!!」
青生生魂を振り光球を投げる。
光球はレプリカ・ガールの真ん中で派手に破裂。塵になった。
「うっ……」
疲労からか、胸を抑え膝まづく。
「セイイチ!」
ディボルトを解き、リオは二ノ宮を介抱する。
大分我慢していたのだろう、気分悪そうに崩れ落ちる。
「ハァ……ハァ……こんなに苦労させられるとは………ハァ……ハァ……」
息が絶え絶えで喋る事すらままならない。
「少し休みましょう」
リオは二ノ宮の身体を後ろに倒して、自分の膝の上に寝かす。
「お、おい………」
「大丈夫。誰もいません」
ディボルトは選定者の体力を大幅に減少させる。まして、その状態で戦う事は細胞の一つ一つに負荷がかかる。二ノ宮の状態は決してよくはない。
「どうです?私の膝枕…」
ちょっと恥ずかしそうに言った。
「ああ………最高だよ」
体力の回復を待つには申し分ない。目を閉じれば、より安らぐ。
「このまま……二人でどこかへ行ってしまえればいいのに」
「リオ………」
「す、すいません。流して下さい」
「………戦いが終わったら誰も知らない土地を探して、そこで一緒に暮らそう」
「セイイチ………」
それはリオも望んでいた事。嬉しかった。その嬉しささえ、この男は奪おうとする。
「また僕から逃げるのかい?」
メビウスだ。
「博士!」
「博士………懐かしい響きだ。そう呼ばれた時代もあったな」
リオは立ち上がりメビウスを睨む。
「リオ……」
「あなたはそこで休んでいて下さい。私が戦います」
ディボルトして戦う体力は二ノ宮にはない。リオは数メートル先のメビウスに寄って行く。
「僕と戦う?随分、威勢のいい話だ」
「あなたこそ……随分、偉くなったのね」
「それにしてもやってくれたね。これじゃあレプリカ・ガールは造れない。かなりお金がかかったのに」
「こんなもの、無い方が世の中の為よ」
「Type−Ω(オメガ)、あんなにも大切にしてあげたのに、僕を裏切って二ノ宮につく理由はなんだい?」
「裏切る?裏切るほどの何が私達にあったのかしら?無理矢理ガーディアンにされて………一度だってあなたを慕った事なんてないわ」
「恩知らずめ………」
かつては自分のモルモットだったリオの反抗的な態度に、メビウスは苛立ちを隠せない。
「誰のおかげでその力を得られたと思ってるんだ」
「ウフフ………恩着せがましいとはあなたの事を言うのよ。もっとも、この時代まで生きられた事であの人に出会えたんですけど……」
「そんなに二ノ宮が大切なのか………なら壊してやる!」
メビウスは懐からナイフを取り出し、二ノ宮に向かって投げた。
ナイフはリオの横を擦り抜け、二ノ宮の腹部に刺さる。
「うあっ………!」
「セ、セイイチ!!」
慌てて二ノ宮の元に戻る。リオでさえ見切れなかった速さで刺さったナイフは、深く突き刺さっていた。
「無様だな!ガーディアンがいなければただの人間!そこで黙って待つといい!僕が夢を叶える瞬間を!アハハハハ!!」
一番邪魔だと思っていた二ノ宮は、ディボルトしても戦える状況にはならない。
高笑いは、メビウスが消えるまで響いていた。
「許せないっ!」
愛する者を傷つけられ、リオは怒りをあらわにする。
「ここで待っていて下さい。博士は私が倒して来ます」
だが、二ノ宮はリオの腕を掴み、
「ダメだ!メビウスはお前を怒らせておびき出すつもりだ。罠と知って行かせるわけにはいかない!真音達に任せるんだ!」
必死になって案じてくれている。それだけでリオに十分だった。
「愛する人を傷つけられて黙っていられるほど、おしとやかではありませんよ………私は」
「リオ………くっ!」
腹部に激痛が走る。それでも二ノ宮はリオを止める。
「頼む………ロザリアを失って、お前まで失いたくないんだ」
二ノ宮の想いは伝わっている。
リオは優しく微笑み、キスをして何も言わずにメビウスを追った。
「リオ!!」
ロザリアが頑固だったのだ、リオがそうであってもおかしくはないと二ノ宮はわかっていた。
その事実は二ノ宮だけがわかっている事。その頑固さに釘を刺しておくべきだったと、今だけは悔いていた。
「クソッ………動け!動いてくれよっ!!」
言う事を聞かない身体に懇願しながら、ナイフを引き抜く。傷口から血が溢れ出た。
「ここで死んだらなんにもならない………なんにもならないんだ………」
這ってでも行かなければならないのは、リオをロザリアの二の舞にはさせたくないと思うから。
ただ、人並みの幸せが欲しかった。