第九十八章 最悪な男
『嵐ですね………』
リオはレプリカ・ガールの屍の山の頂に立ち、雨を一身に浴びる二ノ宮に言った。
「雪じゃないだけいいだろ。雪国育ちなんだが………好きになれなくてね」
打ち付ける雨がコートに浸みて重くなる。
『セイイチ』
「どうした?」
『…………いえ、呼んでみただけです』
照れ笑いをした二ノ宮の顔が見れないのが残念だ。ディボルトを解いて正面から見てみたい。
ロザリアは二ノ宮の一喜一憂を見て来たのだ、リオは少し嫉妬した。
『これからどうしましょう?私達もメビウスを目指しますか?』
「それも手段の一つだが、まずはマスターブレーンだ。石田達が難無く成功するとは思えない。マスターブレーンさえ破壊すれば、世界中に準備された核兵器の脅威は消せるんだ。メビウスなど後回しだ」
『ですが………』
「お前の心配は真音だろう?真音がメビウスの元に行けるかはわからないんだ。考える必要はない」
『博士からの接触も考えられます』
「真音が生きたいと願うのなら、真実と共存していかねばならない。手を貸すんじゃなく、突き放して見守るんだ」
『言いくるめられないでしょうか?如月真音は博士とは違って純粋過ぎます。それだけに黒く染まるのもあっという間ですよ?』
「さっきも言ったぞ?いざとなれば俺が真音も殺すと」
リオの恐れるところはわかる。しかし、二ノ宮には出来上がったシナリオがある。今のところ変更しなければならないほどの問題はない。
『申し訳ありません。悪い癖ですね………つい余計な事を考え過ぎてしまいます』
「もう一つ悪い癖があるぞ」
『え……?』
「俺に気を使い過ぎだ。口調もな。ロザリアは丁寧語なんか使わなかった、まるで小姑みたいだったよ」
『こ……小姑?』
ちょっとムスッとした。
「フッ、そう怒るな」
二ノ宮の思惑に乗った自分が恥ずかしい。愛しさ故の………ではあるが。
「さあ、俺達も研究所へ……………………あれは!」
研究所からレプリカ・ガールの群れが現れる。またもかなりの数だ。
『レプリカ・ガールはガーディアン・ガールの被験者の屍。こんなには被験者はいなかった………!』
「クローンか………」
『こんなに大量に生産出来るクローン技術って一体……』
メビウスの実力を見くびっていた。
ヒヒイロノカネによるガーディアン・ガールの成功。世界中の主導者達を手玉に取る事の成功。マスターブレーンの創造。それだけでメビウスは満足していると、リオはそう思い込んでいた。
だが実際は、こうなる事を予測して手を打っていたのだ。
「なるほどな、単なる自惚れではないわけか」
敵ながら感心した。自己の探求心を満足させただけでなく、常に先手を打つやり方。悪無き技術の向上。あっぱれだと言ってやってもいい。
『マスターブレーンよりも先に、クローンの製造元を破壊しなければ』
マスターブレーンを破壊してしまえば、レプリカ・ガールなど軍隊で事足りるのだろうが、それでは手に負えないほどのクローンを生産されてしまう。回り道を余儀なくされたのだ。
「やってくれるな」
重くなったコートを脱ぎ捨て翼を具現する。
『来ます!』
「一人残らず消してやる!」
青生生魂に青い炎が宿る。
それは二人の命の炎。
「口ほどにも無いっていうのは、君の事を言うんだよ………オリオンマン」
メビウスの力は想像を超えていた。同じ力で挑んでいるはずなのに、まるで相手にならない。
「なぜだ………奴と私……何が違うと言うんだ!」
「わかってないね。君の力はヒヒイロノカネによる恩恵。そのヒヒイロノカネは僕が創ったんだ。大体、ヒヒイロノカネの使い方を間違っている」
「なん………だと……」
「ヒヒイロノカネが人に超人的な力を与えてると思ってるんだろうけど、それは間違ってる。人にはもとより超能力と呼ばれる力があり、古来には翼さえあった。その失った遺伝子こそがヒヒイロノカネなんだ。ま、これ以上は田舎者の君には理解出来ないだろうからやめておくよ」
メビウスは軽やかに論説してオリオンマンに近付く。
二人の瞳ではまだヒヒイロノカネがキラキラと輝いている。
その輝きが失せ始まったのはオリオンマンの方だった。それをメビウスは見逃さなかった。オリオンマンの首を右手で掴む。身長差をカバーするように浮遊して……
「ぐぇ………な……なんて腕力だ……」
足が床を離れる。メビウスの右腕一本、オリオンマンの両腕で払う事すら敵わない。
「苦しいかい?くく……メロウもね、こうやって僕に首を掴まれて苦しそうにしてたよ」
あの夜のメロウの顔がオリオンマンに重なる。
苦痛に歪み、絶望に苛まれ、迂闊にもドアを開けてしまった後悔。思い出せば思い出すほど神経が逆立ち興奮する。
「だ………黙れ………メビウス……!」
「恐怖してた……細い首をを締め付けられてね。そして何も言えずに死んだんだ」
「フッ…………」
「何がおかしい?」
「何も言えずに死んだだと……?」
「そうだ。メロウはただ泣いてるばかりだった」
メロウの事を蔑む言い方をするのは、オリオンマンに最後の恐怖を植え付けるのが目的………だった。
「う………嘘だな」
「何?」
「あ……あのメロウが……皮肉も言わず………ただ殺されるわけがない……」
「…………………。」
「き……きっと、最悪な男……くらいは言ったはず………そういう女だ………メロウは」
オリオンマンは笑った。それを見てメビウスから笑みは消えた。これから殺されようとしているにも関わらず、それでもメロウを想っている。信頼という絆が欝陶しい。
「減らない口だ」
手に力が入るのは嘘を見抜かれ機嫌を損ねたから。思い通りに行く事が何もないと、子供が駄々をこねるように。
「ぐぐ……………」
酸素が遮られ、肉体に警告が鳴る。
「なぜ………なぜそんなにもメロウの為に身体を張れる?そんなに長い付き合いじゃないだろう?」
死に際のオリオンマンに疑問をぶつけてみた。研究熱心なメビウスは、未だ未知の世界の人の心に触れてみたいと思っている。オリオンマンとメロウだけでなく、二ノ宮とリオもそうだ。そして真音達も。脆く儚い心が、時に強く結ばれて解けない。
「聞こえたんだ………あの夜……私に助けてくれと………叫んだメロウの声が……」
「…………そんな事は言ってなかった」
「こ……心の叫びだろう………貴様にはわからん………だろうがな………」
「僕に人の心がわからないって言いたいのか?」
「そうだ………クズには一生かかってもわからんさ」
「僕はクズじゃない!」
「ぐあっ………くっ…………し………死して終わりは訪れない……」
「今度はなんだ!?」
「私の……村のことわざだ………私を殺しても………何も終わらない………貴様も………死ぬだけで罪は償えんぞ……」
「誰が死ぬと言った!僕は死なないぞ!永遠に生き続けるからな!」
「フフ………永遠の命などありえん…………自然の摂理は………誰にも変える事は出来なんのだ…………………いつか貴様にも……必ず死が訪れる………生前の罪は………死んでから裁かれるのだからな」
オリオンマンの腕に力が入る。
「悪あがきを………」
負けじとメビウスが更に力を込めると、オリオンマンの瞳からヒヒイロノカネが完全に消えた。
「ぐあぁ………………」
喉仏が潰れ、オリオンマンは意識を失う。
「とどめだ!」
太い首が鈍い音を立てて折れた。
乱暴に床に落とす。メロウの時のように。
「死して終わりは訪れない?ハンッ、死んだらみんな終わりだよ」
右腕にオリオンマンの悪あがきの痕がついている。
「僕は死なないけどね」
言葉とは裏腹に、その胸中には死への恐怖があった。