第九章 第4選定者
「弓道部前部長の鈴木めぐみさんが急遽転校した為、変わって私赤木美紀が弓道部の部長を務めさせていただきます。よろしくお願いします」
一年生部員を前に、新部長として美紀は挨拶をしていた。
結局、真音は断ったのだ。美紀からすれば真音が部長を務めてくれた方がいいのだが、真音には選定の儀がある。万が一にも部員を巻き込みたくない真音は、自由でいられる普通の部員である事を望んだ。
「それでは今日の練習を始めて下さい」
新部長の美紀の号令に反発する者はなく、寒さを吹き飛ばすような威勢のいい返事をして練習につく。
「ふぅ………」
練習通りに挨拶がうまく出来てホッとする。
「みんないい子で助かるよな」
「如月君………」
真音も一応責任を感じている。半ば強引に美紀に押し付けた形になってしまったからだ。
「ん?何やってんだ?」
美紀はキョロキョロと周りを気にする。
「あの女は?」
ユキを気にしていたらしい。
「ユキは家にいるよ。連れては来れないし」
そう言う真音をじっと睨む。
「な、なんだよ今度は?」
「ディボルトっていうのしてるんじゃないかと思って」
「し、してないって!」
本当にしてない。疑われるだけ困る。
「本当?」
「あのなあ………ディボルトするのも結構な体力と精神力がいるんだ。何時間もディボルトは出来ないんだよ」
「そんなの知らないもん」
「はぁ………やれやれ」
とは言え、一安心したのは真音も同じで、美紀がちゃんと挨拶を出来るか見に来たのだ。
「じゃ、俺帰るわ」
「え………部活はどうするの?」
「用事があってさ」
部室のドアを開ける。
「赤木………」
「な、何?」
「挨拶、決まってたよ」
にこりと笑い、部室を出て行く。
美紀に任せておけば当面部は安泰だと悟った。
「頼んだぜ、赤木」
各国の大統領クラスの人間が次々と暗殺されているせいか、街には警官で溢れ返っていた。
真音にもただのテロでない事はわかっている。ほぼ間違いなく選定の儀に絡んだ事件だろう。
だとすれば、選定の儀の主催者達の間で何かあったのかもしれない。
気持ちを切り替えなければ、とばっちりを喰らい兼ねない。
校門まで来るとユキがいた。
「終わったの?」
「ああ。ったく、家で待ってればいいのに」
「退屈なのよ。それにいつ他の選定者が現れるかわからないって………」
「わかったわかった。説教はいいから、警察に行くんだろ?」
ユキはどうも説教好きで困る。
「今、説教好きで困るとか思ったでしょ」
「思った………じゃない、思ってないって!」
「ま〜お〜ん〜!!!」
「ひっ!」
前言撤回。気持ちの切り替えにはまだ時間が掛かりそうだ。
「エメラ、なぜあの時止めたんだ」
トーマスはすこぶる機嫌が悪い。こういう時エメラは特に宥めたりはしない。
「………………………。」
「聞いてるのか!エメラ!」
「まだ言ってるの?本を読んでるんだから静かにして」
マイペースが信条のエメラにとって、トーマスが泣こうが喚こうが関係ない。
ジルに撃たれた傷が痛み、余計にいらつく。
「こんな事しててヒヒイロノカネが手に入るのかよ!」
「トーマス…………」
「なんだ!」
「……………うるさい」
「くっ!」
プライドの高いトーマスは、やられっぱなしというのが堪えられない。
エメラもわかってはいるが、今戦ってもまた逃げ帰るのが関の山だと見えている。トーマスに同調して感情的になるわけにもいかない。
読んでいた本にしおりを挟み、すくっと立ち上がる。
「トーマス、気をつけて!」
「あん?」
「ガーディアンの気配を感じるわ」
こちらもホテルの一室。それも三十階にいる。となれば、警戒すべき場所はドアだけ。
「ディボルトするぞ」
「ダメよ。今のトーマスじゃディボルトしても身体がもたない」
「じゃあどうするんだ?」
「しっ!」
エメラにだけ感じるガーディアンの気配。
カードを手にするトーマスは、いつでも攻撃出来る体勢でいる。
緊張が走る中、ドアが開き人影が見えるとトーマスはカードを飛ばす。
「トーマス!!」
先走ったトーマスを叱咤するが時既に遅し。
カードは人影に突き刺さる。
「ぐおっ……………」
人影が倒れる。
「やったか!」
トーマスはニヤリとしたが、
「違う………ベルボーイだわ!」
「何っ?」
エメラに言われ倒れた人影をよく見る。
「ガーディアンとディボルトした選定者じゃないのか?」
「それなら死んだ瞬間にディボルトは解けるはずよ」
「囮………?」
トーマスは息を飲む。エメラがガーディアンとベルボーイの気配を間違えたとは思えない。
「あ〜あ、人殺ししちゃって」
トーマスとエメラの後ろに黄色い戦闘スーツのガーディアンがいた。
「ガーネイア……!」
「おっひさ〜、エメラちゃん」
ガーネイアと呼ばれたガーディアンは見た目は子供。歳にしてまだ十二歳くらいだ。
「こんな子供が……ガーディアン?」
驚くトーマスに男の声がする。
「ガーディアンtype−ι(イオタ)、ガーネイアだ」
今度はベルボーイが倒れている方から。いや、ベルボーイの死体はなく、そこには黒い髪をオールバックにした若い男がいた。選定者だ。
「………日本人じゃなさそうだな。っていう事は第4選定者、李奨劉(り=しょうりゅう)………中国人か」
「第3選定者トーマス=グレゴリー、type−θ(シータ)エメラ…………悪いが死んでもらう」
無邪気に笑顔を見せるガーネイアに対して、真剣な表情で睨む李奨劉。両腕には黒い鉄甲を装備している。
「ベルボーイは幻だったのか………?」
「フン………この程度で驚くようでは神になどなれんな」
黒い鉄甲がトーマスに襲い掛かった。