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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者の幼馴染、転生して復讐劇に興じる

作者: 砂色狼

小説家になろう初投稿です。

誤字脱字が多いかも知れませんが、楽しんで頂けると幸いです。

評価、感想は大募集です。

 




 ―――ずっとこのまま彼女と共に生きていくのだと、そう信じていた。




 ああ、このまま死ぬのだろうか。


 徐々に意識が遠のいていく。それと同時に、俺は自分の命の灯が消えかかっているのだと理解した。


 左胸に突き刺さった剣から、鋭い痛みが全身を襲う。震える手でそこに触れてみると、血がたらたらと漏れ、地面を真っ赤に染めていることに気づいた。呼吸は荒く、あまりの激痛に身体は悲鳴を上げている。もういつ死んでもおかしくない状況だ。


 出来ることなら、今すぐに意識を手放してこの苦痛から楽になりたい。けれど、心の奥底から湧き上がる激情が、怒りがそれを許してはくれなかった。



「あはははははっ!!!ようやくだ!!これでようやく私は英雄になれる!!!」


 そう叫びながら高笑いを上げるのは、リンジア王国の第一王子であり、勇者パーティの一人でもあるエドワードだ。

 王族という恵まれた地位に、神童と謳われる程の才能。そして芸術品のように整った容姿。それらを併せ持つエドワードは、老若男女問わず国の人々から数多くの支持集めている。


「うっふっふっ、流石はエドワード様ですわ」

「殿下が英雄になられる瞬間に立ち会えたこと、この騎士パリストンにとって何より幸せであります」



 そしてエドワードの隣には、二人の人物がいる。


 一人は、奴に寄り添うように立ち、恍惚とした表情を浮かべる赤髪の女、マーガレット。侯爵令嬢という高位の貴族に加えて、宮廷魔術師団にも名を連ねる王国屈指の才女である。

 そしてもう一人は、背中に巨大な斧をかざした百戦錬磨の老騎士パリストンだ。リンジア王国では知らぬ者はいない程有名な戦士であり、何十年にも渡って他国の侵略から国を護ってきた英雄。その実力は勇者にも匹敵すると言われている。


「私、この時を待ちわびていましたわ。英雄の称号は殿下にこそ相応しいものです、穢らわしい平民の小娘ではなく、ね」

「全くですな。殿下は後世に名を残す、偉大なる英雄になるお方です」


 奴等は三人共勇者パーティのメンバーであり、数年間共に旅して来た仲間だ。いや今となっては、仲間だったと言う方が正しいだろう。


「ああ、勇者はこの手で始末した。もう誰も私の邪魔は出来ない。これからは私の時代だ!!!!」


 二人の言葉を聞いて、エドワードは勝ち誇ったように自分の足元へと目を向けた。



 そこには、無惨な姿へと変わり果てた一人の少女が地面に横たわっている。


 その少女の名前はアレイシア。


 数年前大陸に突如出現し、幾つも国と都市を滅ぼした邪悪の体現者、魔王を討つために神々によって選ばれた救世主、『勇者』である。



 そして、俺の大切なたった一人のかけがえのない幼馴染だ。




 俺とアレイシアの出逢いは、決して特別なものではなかった思う。

 ただ、同じ辺境の小さな町で生まれ、同年代の子供も他にいなかったため、俺達は半ば必然的に友達になった。それでも、母親を幼い頃に病で亡くし、父親との関係も良くなかった俺にとって、彼女と過ごす時間は何より大切なものだった。

 一緒にご飯を食べ、一緒に遊び、そして一緒に笑い合う。

 そんな普通の事が、どうしようもないくらい価値のあるものに思えてた。


 だからこそ、女神の信託によって彼女が勇者に選ばれ、救世の旅に出ると決まった時、俺は迷わず付いて行くことを決意したのだ。


 俺がそう言った時の彼女の表情は今でも忘れられない。彼女は目を大きく見開き、それから涙を浮かべて嬉しそうに微笑んだのだ。その表情を見て、俺は自分の選択が間違いではなかったのだと確信した。


 そして同時に強く誓った。これからどんな困難が待ち受けていようと、必ず彼女を守り通すと。



 けれど、俺はそのたった一つの小さな誓いすら守れなかった。



 地面に倒れ伏す彼女の姿を目に捉えた瞬間、途方もない絶望感が押し寄せてくる。


『―――精神汚染が急激に上昇しています』



 思考がジワリ、ジワリと真っ黒に染まっていく。絶望は怒りへと変わり、どす黒い負の感情が膨れ上がって心を壊していった。


 そのせいか、全てが遠のいていく。

 音も。

 視界も。

 感覚も。

 世界そのものすら。


 そうしてやがて、俺は何もない真っ暗な空間に独りで放り出せれたような気分になった。どこを見渡しても視界に写るのは、ただひたすら続く暗闇の世界だけ。


 けれど、そんな中ででも、炎のように燃え上がる殺意と憎悪の念だけははっきりと感じ取ることが出来る。



 奴等を殺したい――、心の底からそう思った。




『―――精神汚染が限界を超えたのを確認』

『―――称号【復讐に囚われし者】を取得しました』




 朦朧とした意識の中、俺はふと考えた。もし、もう一度チャンスを与えられれば、その時自分は何を成し遂げればいいのかと。


 考えるまでもない、そんなものはとうの昔に決まっている。


 どれだけの犠牲を出しても、どんな卑劣な手段を用いてでも奴等を殺す――ただそれだけだ。

 そのためならば、自分が死ぬことも決して厭わない。


 考えられる限りの絶望と苦痛を味合わせながら、奴等を地獄の底に叩き落そう。


 意識が完全に亡くなる直前、俺はそう心に誓った。









 こうして、世界を滅亡の危機から救った英雄、シリウスはその人生に幕を下ろした。

 しかし、彼の物語はまだ終わらない――――。



『―――固有スキルの発動を確認』

『―――固有スキル【復讐の誓い】の効果により、使用者の転生を行います』




  *****





 場所はリンジア王国の王城にある謁見の間。


 現在そこは、国の重鎮達が多数控えており物々しい雰囲気に包まれていた。その場にいる誰もが緊張で息を呑む中、王座に座る一人の男が威厳に満ちた声を上げる。


「面を上げよ。シオン・オスカー男爵」


 その人物こそ、十五年前魔王を討伐した勇者パーティの一人であり、リンジア王国の現国王であるエドワード・ルイ・リンジアだ。


 その傍には、同じく勇者パーティのメンバーであったエドワードの妻、王妃マーガレットと、最強と名高い王国騎士団の団長を務めるパリストンがいる。


 魔王討伐から既に十五年という長い月日が経った今でも、三人の名声は留まるところを知らず、リンジア王国を象徴する英雄として絶大的な人気を誇っている。



 国王の前に跪く、シオンと呼ばれた黒髪の青年がゆっくりと顔を上げた。


「此の度のエリストン皇国との戦争における其方の活躍、誠に大義であった。私から感謝を込めて何か褒美をやろう。地位でも、金銭でも何でも構わない。希望を言ってくれ」


 エドワードがそう言った途端、その場にいる何人かが嫉妬の篭った眼差しでシオンを睨みつけた。

 十代という若さで男爵位を継き、今までに数々の功績を残して来たシオンは、多くの貴族から目の仇にされている。元々自尊心の強い貴族達は、目の前の光景を腸が煮えくり返る思いで見ていた。


「いえ、恐れながら自分は貴族として、陛下の臣下として当然の事をしたまでに過ぎません。褒美を頂くには値しないと愚考します」


 シオンの答えを聞いて、多くの者はあまりの驚きで豆鉄砲を食らったかのように唖然とする。エドワードはその答えが気に入らなかったのか、不愉快そうに眉を顰めた。


「この英雄たる私からの褒美が要らないと、そう言いたいのか?」


 全て押し潰すかのような凄まじいプレッシャーが謁見の間を襲う。

 空気が震えるとは正しくこの事を言うのだろう。その場にいる殆どの者は、あまりの威圧に言葉を失い、本能的に恐怖を感じてガタガタと震え出す。


 しかし、その威圧を真正面から受けたであろうシオンは、まるで何も起こっていないかのように平然としていた。これにはエドワードだけでなく、その隣にいるマーガレットとパリストンも目を見開く。


「いえ、そう訳では御座いません。私が言いたいのは、この程度の働きでは偉大なるエドワード陛下から褒美を頂くには不十分だということです」

「‥‥‥‥そうか」


 どうしてそこまで頑なに断るのか理解出来ず、妙な居心地の悪さを感じるエドワード。

 しかし、それとは対照的に、マーガレットは獲物を狙うかのような目で興味深そうにシオンを見つめていた。

 その隣で、パリストンはシオンの言葉では言い表せない得体の知れなさを感じ取り、早々に対処するべきだと内心結論づける。


 誰もがこの先の会話に注目する中、シオンは一拍置いたのち言葉を続けた。


「希望ではありませんが、陛下に一つ提案があります」

「‥‥‥ほう、申してみよ」

「陛下もご存知の通り、我が国とエリストン皇国との戦争は既に数年続いています。その間、我々が被った被害は計り知れません。幾つもの都市が蛮族共の手に落ち、また多大なる犠牲を出しました」

「そうだな。早急に手を打つべきだろう」

「ええ、だからこそ、この戦争に一刻も早く終止符を打ちため、エドワード陛下、並びに英雄の方々も参戦するべきだと提案します」



 その言葉を聞いて、多くの貴族が言葉を失い、そして怒りで顔を真っ赤に染めた。謁見の間に次々と怒号が飛び交う。


「馬鹿馬鹿しい!!!」

「いい加減にしろ!!!」

「男爵風情が付け上がるなよ!!」


 シオンの言った言葉に何一つ間違いはない。長らく拮抗した状況が続く戦争。その戦いに魔王討伐の英雄であり圧倒的な個の力を有する英雄達が加われば、戦況も大きく変化するだろう。そのことはこの場にいる全員が分かっている。


 しかし、だからといって下級貴族でしかないシオンが国のトップに向かって言って良い事ではない。怒りの声を上げる貴族達は内心陛下の怒りを買ったのではないかと怯えていた。


 エドワードが口を開こうとしたその時、別の声が謁見の間に響く。


「うっふっふっ、面白いですね」


 その途端、周囲がシーンと静まり返り、沈黙がその場を支配した。全員の視線がその声を発した人物―――王妃マーガレットのところへと向かう。


「面白いとはどういう意味だい、マーガレット?」


 そう問いかけたのは、王座に座るエドワードだった。誰をも魅了する魔性の笑みを浮かべながら、マーガレットはその問い答える。


「そのままの意味ですわ、陛下」

「なら、君はこの者の提案に賛成なのか?」

「ええ、この戦争を終わらせるために私達の力が必要であるのならば、今すぐに彼の提案を受けるべきだと思います」

「しかし‥‥」

「兵を率いて戦場に立ち、自国に勝利をもたらす。それが英雄である私達の本来あるべき姿です」

「‥‥君の言いたいことは分かる。だが万が一という可能性があるかもしれない」

「陛下の懸念はごもっともです。なので、陛下はこのまま国に残り、私と騎士団長であるパリストンだけが行くのはどうしでしょう?」

「‥‥‥‥」


 あまりにも突拍子のないマーガレットの提案に、エドワードは思わす口籠る。


 しかし感情を抜きにして考えれば、彼女の案はかなり効果的だ。国王であるエドワードの命を一切危険に晒さず、高い確率で戦争に勝利することが出来る。それだけで試す価値は充分あるだろう。


 いつまでたっても首を縦に振らないエドワードを見て、意外な人物がマーガレットの案を後押しする。


「儂もその考えに賛成です、陛下」

「パリストン‥‥‥‥」


 多大なる信頼を寄せる二人にそう言われては簡単に拒否出来ず、難しい顔をするエドワード。シオンはその光景を何の感情も映さない無機質な目でじっと見ていた。


「陛下、ご決断を」

「‥‥‥‥‥はあ、分かった。そうするとしよう」


 一度重い溜め息を吐いてから、エドワードは渋々その提案を呑むことにした。


 それを見ていた貴族達は、あまりにも予想外の展開に理解が追いついていないようだった。けれど、国王が出した決断であるならばと反論を口にすることはなかった。


 エドワードは自分の前に跪くシオンに視線を向ける。


「という訳で、貴様の提案は実現されることになった。感謝するがいい」

「はっ、有難き幸せ」

「貴様にもマーガレット、パリストンと共に戦場に行ってもろう。拒否は許さん。我が国の勝利のため最善を尽くせ」

「分かりました」

「マーガレットもそれでいいな?」

「ええ、もちろんで御座います。頑張りましょうね、

 シオン・オスカー男爵」


 シオンはその言葉に返事を返すことなく、ただ大きく頷いただけだった。その態度に一瞬顔を顰めるマーガレットだったが、直ぐさまいつもの笑みに戻す。


「パリストン、万が一があっては王家の威信に関わる。分かってあるな?」

「はっ」

「必ず勝利を持ち帰ってこい」

「御意」

「では、これにて終わりとする。各自、しっかり自分の使命を果たせ」


 エドワードがそう締め括ると、謁見の間にいた全員が一斉に出口に向けて歩き出す。


 こうしてリンジア王国の王城での一幕は終わりを迎えた。





 けれど、その場にいた誰一人として最後まで気づかなかっただろう。


 ――殺意と憎悪に満ちた怪物が動き始めていることに。




「準備は整った。さあ、復讐劇に興じよう」




  *****





 俺こと、シオン・オスカーには前世の記憶がある。


 七歳の時に高熱に魘されて生死を彷徨い、そして目が覚めると、自分ではない誰かの記憶が頭の中に流れ込んできた。


 そして俺は知った―――


 自分の前世が『剣鬼』の異名で恐れられた英雄、シリウスであること。

 魔王討伐の際、仲間の裏切りのよって最愛の幼馴染であるアレイシアを喪い、彼女と共に自分も息絶えたこと。

 そして、命の灯火が消えるその直前、必ず復讐を果たすと誓ったこと。


 前世の記憶が蘇ったその日から、俺はただひたすら復讐を果たす為だけに生きてきた。


 相手は紛いなりにも国のトップとそれに連なる者達。生半可な覚悟や実力では復讐を果たすどころか、手も足も出ずに殺されるだろう。


 だからこそ、俺は必要な知識をいるために可能な限り多くの書物を読み漁り、来る日も来る日も血反吐が出るような厳しい鍛錬を重ねた。幸い貴族に生まれたので、力を身につけるための環境は生まれた時からあった。


 復讐に向けて本格的な準備を開始したのは、俺が十三歳になった頃。リンジア王国が隣国のエリストン皇国と戦争を始めたのを機に俺は動き出した。



 まず最初に俺が行ったのは、王国内での社会的な地位を確立すること。


 オスカー男爵家の当主になるため、俺は実の父親を暗殺に見せかけて殺した。


 前世の俺だったら、それをやるのに躊躇していただろう。

 けれど、復讐を果たすことが全てである俺にとって、肉親だということは躊躇する理由にならない。加えて言うならば、父親は裏で人身売買を行う犯罪組織と繋がったので、殺すのに一切の罪悪感を感じなかった。


 当主になったからといって、準備が終わった訳ではない。まだ、やることは数え切れないほどある。


 表向きは、国王の忠実な家臣。私兵を率いて積極的に戦争に参戦し、他貴族の信頼を得ながら戦功を重ねていく。

 そして裏では、秘密裏に敵国であるエリストン皇国と通じて王国の情報を流す。それによって、どちらかが一方的に勝ったり負けたりしないよう調整し、準備が整うその時まで戦争を長引かせた。



 復讐を実現させるにあたって、俺が考えついた最も効率的な方法―――それは、国そのものを滅ぼすことだ。


 エドワードが国王に即位してからというもの、リンジア王国は不況に陥っている。税金は上がり、国土は荒れ果て、ほとんどの民はその日の食事をすることもままならない。治安も悪くなる一方で、自分から進んで盗賊に身を落とす者もいる。


 それとは反対に、王族と一部の権力者達の暮らしはまさに贅沢三昧だ。税金によって得た資金で散財を繰り返し、国庫が空になれば、権力に物を言わせて税金を引き上げる。そのことに関して誰も表立って批判出来ず、国民の心は疲弊し続けるばかりだ。


 多くの者は気づいているだろう、この国はもう長くないと。


 けれど、そんな状況であるにも関わらず、今まで一度も大規模な反乱が起きたことがない。


 それは単に、奴等が英雄であるからだ。


 どれだけ好き勝手やろうと、どれだけ人々を苦しめようと、英雄というだけで奴等は許されてきた。どんな理不尽な行いも、戦争に勝ち続けさせいれば全て肯定されるのだ。


 本当、英雄とは都合の良い言葉だ。正直聞いてるだけで、反吐が出る。


 我々には英雄がついてる、彼等さえいればまたきっとこの国は良くなる、それら思いが国民をギリギリのところで踏ん張らせている。


 けれど。

 もし、リンジア王国がこの戦争に負け場合、奴等はもうこれ以上英雄とは呼ばれなくなる。


 そして、その先に待ち受けるのは破滅のみ。


 奴等は文字通り全てを失うのだ。

 金も。

 地位も。

 権力も。

 そして名声も。


 ああ、待ち遠しくてしょうがない。絶望で顔を歪ませながら死んでいく奴等の様を見るのが。



  *****



 国王との謁見を終えた帰り道、俺は王都の端にある貧民街を歩いていた。


 途中、何人かがこちらを見てヒソヒソ囁いているのが聴こえるが、気にせず目的地へと向かう。


 これから俺が行うのは他国、正確には敵国であるエリストン皇国の使者との密会だ。


 そして、密会の場所として俺が指定したのは貧民街にあるとある酒場だ。そこなら衛兵に見つかる心配も少なく、安心して話し合うことが出来る。加えて、酒場の亭主は俺と面識があるので、色々と融通を利かせてくれる、というのが主な理由だ。


 因みに、誰が密会の相手として現れるのかまだ知らない。


 人通りの少ない貧民街の荒れた道を進むこと数十分、俺はようやく目的の場所に着いた。


 その酒場は、まるで廃墟のように古く、全体的に薄暗い不気味な雰囲気の建物だ。これが酒場だと言われて信じる人間はほぼいないだろう。けれど、店の外から見える淡い光が中に人がいることを示している。


 俺はそのまま歩いて店の前まで行き、一度息を吐いてから扉を開けた。


 すると、カウンターの奥から身長二メートルは超えるであろう巨体の男が出て来て、俺に声をかけた。


「よう、ようやく来たか、シリウス。待ってたぞ」

「だからその名前で呼ばなって何度も言ってるだろ。いい加減覚えろ」

「くくっ、細かい事気にすんのは死んでも治らなかったみたいだな、親友」

「はあ、お前も相変わらず馬鹿なところは変わってないな」


 男の名はガラム。

 前世の俺と同い年だから、年齢は三十半ばといったところだろう。この王都の貧民街一帯を取り仕切る、いわば裏の支配者だ。と言っても、犯罪を犯しているわけではなく、むしろ食うに困っている貧民街の住人に助けを差し伸べるなど、見た目に反してかなりのお人好しである。


 そして、俺の前世がシリウスであることを知る、数少ない人間の一人だ。


 ガラムは店内の奥にある部屋を指差しながら言う。


「客はもう来てるぜ」

「‥‥‥‥そうか。世話になるな」

「いいってことよ。親友の頼みって言われちゃ、断れねぇだろ」


 その言葉を聞き終えてから、俺は奥の部屋に向かって歩き出した。





 部屋に入ると、そこには椅子に腰掛ける一人の男がいた。

 灰色の短髪に、浅黒い地肌の美男だ。見た目からして、年齢はは二十代後半といったところだろう。

 大した調度品も置かれていない、質素な造りの部屋にただ佇んでいるだけにも関わらず、その男は圧倒的な存在感を放っている。

 そして、その後ろには緋色のローブに身を包み黄金色の髪を垂らした一人の女性が立っていた。

 ローブのせいで顔は見えないが、直感的に美しい容姿した人であると分かる。


 そして自分の勘が訴えている、この女は只者ではないと。


 二人の姿を目に捉えると、俺は嫌な予感が当たってしまったと、思わず重い溜め息を吐いた。


「はあ、よりにもよって貴方ですか」

「はっはっ、そんな言い方はないだろう、シオン君。こっちはわざわざ遠いこの地に足を運んだというのに」

「なら、どうしてエリストン皇国の皇帝がこんな場所にいるのか説明して下さい」


 エリストン皇国現皇帝、ゼローム・エル・エリストン。

 それが、今俺の目の前にいる男の名前と正体だ。


 エリストン皇国と裏で繋がりを持ってからというもの、俺はゼローム皇帝と会って何度も言葉を交わしている。知らない仲でないのは確かだ。しかし、だからと言って、いつ何処から襲撃を受けてもおかしくないこの危険な場所に居て良い人物ではない。


「大した理由は無いんだけど、まあ、強いと言えば面白そうだから、かな」


 その言葉を聞いて思った、やっぱり俺はこの人が苦手であると。


 エドワードのような紛い物の王とは違って、非常に優秀な君主であることは認めよう。その能力に一切疑う余地はない。

 けれど、いつも何を考えているのか全く読めず、またそのニコニコとした笑みを見ると、裏で何か良からぬことを企んでいるのではないかと、不安になってしまう。

 良く言えば策略家、悪く言えば腹黒いのだ。


 俺の目的が王国転覆と英雄達の殺害であると知って以来、かなり協力的になってくれているが、それが純粋な善意からの行動であると信じる程俺は馬鹿ではない。


 今回もまた何か企んでいるかも知れない、そう思って俺はもう一度気を引き締め直した。


「それで、後ろの女はまた護衛として付いて来たんですか?確か名前は―――」

「アリスだよ。僕の専属の護衛だから、付いて来るのは当たり前だ。君も彼女とは何度も会っている筈だよ。何か不都合でもあるのかな?」

「別にないですよ。興味もありません。たとえその女が貴方の護衛であろうと、愛人であろうと――」


 その瞬間、後ろに立つ女、アリスから凄まじい殺気が膨れ上がった。


 部屋の空気が急激に冷え込み、 壁に小さく亀裂が入る。俺は椅子に座りながら、何かあっても即座に対応出来るように腰の剣に手を添えた。


 さすが超大国エリストン皇国、その皇帝の護衛だけのことはある。手合わせをしたことがないから正確には分からないが、その実力は俺や英雄達にも引けを取らないだろう。下手をすると、上を行くかも知れない。


 しかし、一つ変なのはその殺気が俺ではなく、護衛対象である筈のゼローム皇帝に向いていること。


 ゼローム皇帝は慌てて声を上げた。


「アリス、落ち着け!別に僕は何も言っていないだろう!!だから、その殺気をさっさと消してくれ!!」

「‥‥‥‥‥」

 

 主人にそう言われると、アリスは何も言わず、嫌々そうにしながら殺気を消した。ゼローム皇帝はホッと一息すると、対面に座っている俺に向き直る。


「ふ〜、シオン君も彼女を挑発するようなことは控えてくれ。彼とはそういう関係ではないよ。僕には愛する妻もいるしね」

「なら、どうしてその女は俺ではなく、貴方に殺意を向けたんですか?」

「うっ、まあ、そう言われると答えづらいんだが‥‥‥。彼女はその‥‥‥そ、そうだ、彼女は君のことを気に入ってるからね!誤解されるのが嫌だったのだろう!!!そ、それよりも話しを始めようか!時間もあまりないことだし!」

「まあ、そうですね」


 いつもと違って、やけに歯切れが悪いなと内心思いながらも、俺はその提案に頷く。それを見て、ゼローム皇帝は仕切り直しをするかのようにコホンッと咳を吐くと、真剣な表情で話しを始めた。


「それで、今日の会議はどうだったんだい?国王と話しをしたのだろう」

「ええ、全員ではありませんが、計画通り英雄達を戦場に引っ張り出すことに成功しました」

「それは良かった。で、誰が来るのだい?」

「クソビッチと筋肉ダルマです」

「えっと‥‥‥‥王妃マーガレットと騎士団長パリストンでいいのかな?」

「そうですが」

「そ、そうか、あははは‥‥‥」


 何か間違ったことを言ったのだろうか、ゼローム皇帝はやや呆れたように苦笑いを浮かべた。


「そちらの準備はどうですか?」

「こっちも大体完了しているよ。今日から二週間後に十万の兵を率いてリンジア王国に攻め込む。リンジア王国側が集められる総戦力とほぼ同数だ。二人の英雄さえどうにかすれば、何も問題ないだろう」

「そうですか。それは良かったです」

「君の方こそ大丈夫なのかい?」

「どういう意味ですか?」

「果たして君が英雄に勝てるのか、そう訊いているんだよ」


 その問いを聞いて、俺は思わず大笑いしてしまった。


「あはっはっはっ!!!まさか、今になってこんなくだらない質問をされるとは思ってもいませんでした!」


 ゼローム皇帝は俺の言葉を聞いて、少し引き気味に質問を投げかけた。


「くだらないこと、とはどういう意味だい?君が英雄の討伐に失敗するかもしれないと懸念するのは当然だと思うが」

「もう一度言います、くだらないと。そんなことを考える必要すらありません」

「‥‥‥‥‥」

「俺は今まで奴等の絶望する顔を見るためだけに生きて来たんです。奴等を痛めつけて、苦しませて、そして惨めに命乞いをさせながら泣き叫ばせて、それからじっくりゆっくり慈悲のかけらも与えず、たっぷりと絶望を味合わせながら殺す、それが俺の望みです。いや、そうしなければならない。それが俺の存在理由だから。――――そんな俺が万一にも奴等に負ける何て馬鹿なことがありえると思いますか?」



 心の奥底から溢れて来る、どす黒い狂気の感情。


 満面の笑みを浮かべながら、そう言い放つ俺を見て、ゼローム皇帝は喜びと恐怖が入れ混じった視線を向けて来た。


「確信したよ。シオン君、君は狂っているよ、僕が見て来た誰よりもね」


 俺は何も答えなかった。その言葉が間違っていると否定している訳ではなく、むしろ正しいと肯定しているのだ。


 俺はゼローム皇帝の後ろに立つアリスに目を向ける。相変わらず、何か話す訳でもなく、ただじっと静かにその場に立っていた。


 ―――一瞬、ローブの下から微笑んだように見えたが、果たしてそれはただの見間違いだろうか。


「まあ、僕の懸念が全くの見当違いだということも知れたし、そろそろお開きにしよう。楽しい時間だったから名残惜しいけど、さよならだ。次は二週間後の戦場で会おうじゃないか」

「はい」


 そう言い終わると、ゼーロム皇帝は椅子から立ち上がってアリスの方へと向いた。


「アリス、本日をもって君を僕の護衛から解任する」

「‥‥‥‥」

「そして新たな任務だ。君はシオン君の部下となり、彼と行動を共にしろ」

「‥‥‥‥‥‥拒否します。必要ありません」

「君には話していないよ、シオン君。暫く黙っててくれないかな?」


 ゼローム皇帝の有無を言わさぬ、きっぱりとした物言いに、俺は思わず息を呑んだ。しかし、このまま黙って見過ごす訳にはいかない。


「いいえ、黙りません。どうしてその女が俺の部下になる必要があるのか、説明をお願いします」

「‥‥‥‥今回の作戦での君の役目は遂行するのには彼女のサポートが不可欠だと判断した」

「それは間違っています。俺の役目は俺一人ででも十分遂行することが可能です。万一にも失敗はしません」

「なら、彼女は君の監視役だ」

「監視役?」

「うん、現在、僕と君は協力関係にあるが、何と言っても君は国を売った裏切り者だからね。また裏切ったりしないかと不安なんだ。だから、それを阻止するために彼女を君の監視役にする。拒否は許さないよ」

「‥‥‥‥」

「これで満足かな?」


 ゼローム皇帝の言い分に対して反論が思いつかず、俺は口籠る。


 ―――冗談ではない。


 俺にとっての最優先は戦争に勝利することではなく、マーガレットとパリストンの二人を殺して復讐を果たすことだ。そう考えた場合、アリスの存在は計画に支障をきたす恐れがある。失敗を許されないのだ。不安要素は可能な限り減らしておきたい。

 だが、これ以上反論しても、ゼローム皇帝との関係を悪くする一方だろう。俺は諦めて、その命令を聞き入れることにした。


「‥‥‥‥分かりました」

「うん、分かってくれて良かったよ。それじゃあ、僕はもう行くから。アリス、しっかり任務を果たすんだよ」


 そう言い残すと、ゼローム皇帝は部屋から出て行った。

 そして残ったのは、俺とアリスの二人だけとなった。


「という訳で、アリス、お前は一時的に俺の部下となった」

「‥‥‥‥」

「命令には従ってもろうが、それ以外なら何をしても構わない。好きにしろ。それと、俺にはあまり関わるな」

「‥‥‥‥」


 アリスは俺の方を見るだけで、言葉を発することはなかった。


 これから、顔も知らない、声すら聴いたことのない人間と行動を共にしなければならないと思うと、どうしようもない不安を感じてしまう。


 だが、そんなのは些細な問題でしかない。俺にとっては奴等を殺して、復讐を果たすことが全て。それ以外はどうでもいい。


 もう話すことは終わったとばかりに、俺は足早に部屋を出て行き、そして帰路に着いた。


「もうすぐ誓いを果たせる。待っていてくれ、アレイシア」


 その呟きは、月日が照らす夜の街に掻き消された。








 シオンとゼローム皇帝の密会から二週間後、エリストン皇国軍約十万の兵が、リンジア王国へ向けて侵攻を開始した。

 それに対して、リンジア王国のエドワード国王は王国軍九万の兵に出動を命じた。そしてその軍を率いるのは、魔王討伐の英雄である魔術師マーガレットと騎士パリストン。

 その名を聞いた時、王国の民は歓喜に震えた。我が国の英雄が必ず自国の勝利をもたらしてくれると、誰もがそう思った。



 それから一週間後、リンジア王国全土を震撼させる程の驚愕の知らせが届いた。


 リンジア王国軍の壊滅。

 そして、それを率いた英雄マーガレットとパリストンの死亡。


 死亡者リストの中には、次世代の英雄として期待されたシオン・オスカーの名も入っていた。




 ―――破滅は刻一刻と迫って来ている。




  *****




 目の前の怪物を見て、マーガレットは理解した。


 ―――自分は決して敵に回してはいけない者の逆鱗に触れてしまったのだと。


 そして、出来ることなら今すぐ死んで楽になりたいと、そう心の底から願った。








 その場所は、まさにこの世の地獄と呼ぶに相応しい惨状と化していた―――。

 闇に閉ざされた暗い地下室。その空間は一切の光を寄せ付けず、冷たい不気味な空気が辺りを漂っている。普通の人間なら間違い無く数日と経たずに発狂するだろう。


 そして血塗れになって拘束されている一組の男女―――マーガレットとパリストン。


 二人は両手両足に巨体な杭を打ち込まれ、身体の自由を奪われていた。更に、その身体には見るのも憚られる程痛々しい拷問の痕が無数にある。四肢はありえない方向へと折り曲げれ、全身にある切り傷からは夥しい量の血が流れていく。炎で焼かれて顔は醜く歪んでおり、その表情は絶望に染まっていた。もやは二人が誰なのか認識するのすら難しい。喉はとうの昔に潰され、二人はまともに声を上げることすら出来ない。絶え間なく押し寄せてくる苦痛によって、低い呻き声を発するだけだ。


 その悲惨な光景を、俺は満面の笑みを浮かべながら、今までないくらい充実した気持ちで見ていた。

 良く見てみると、マーガレットは辛うじて息をしているが、パリストンの方は既に生き絶えている。


「もう死んじまったかぁ。出来ればもう少し楽しみたかったんだけど、まあ、いいか」



 この地下室に篭ってから、どれだけの日数が経っただろうか。


 今頃リンジア王国は大騒ぎになっているだろう。何せ、英雄が参戦し絶対に勝てると踏んでいた戦争に負けたのだ。その衝撃は計り知れない。今までどうにか不満を堪えてきた国民も、一斉に暴れ出して暴動を起こしている筈だ。その光景が目に浮かぶ。


 まあ、それを仕組んだのは、他の誰でもない俺自身なのだが。


 開戦当初、戦況はリンジア王国側が優勢だった。兵数ではエリストン皇国にやや劣っているものの、マーガレットとパリストンの二人が卓越した個の力で相手側を圧倒。

 その姿を間近で見ていた兵士達は、英雄の強さに心を大きく動かされ、軍の士気は最高潮へと達した。死を恐れ敵に立ち向かう兵士一人一人の姿は、相手にとってはまさに悪夢そのもの。リンジア王国軍はその勢いを保ったまま、一気に勝負を決めようと相手の陣地に攻め込んだ。


 けれど、そこで予想外の事態が起こる。


 最前線で敵を圧倒して英雄の二人が、突如何の前触れもなく戦場から姿を消したのだ。


 これによりリンジア王国軍側の戦意は急激に低下。エリストン皇国軍はその気を狙っていたかのように反撃の狼煙を上げ、瞬く間に相手側を壊滅状態まで追い込んだ。こうして、戦争はリンジア王国側の敗戦で終わりを迎える。


 因みに、消息不明になった二人がどうなったかと言うと、そう難しい話ではない。


 あらかじめ戦場の何処かに転移魔術を仕掛けておき、エリストン皇国の協力を得ながら、そこにマーガレットとパリストンを誘導する。そして頃合いを見て、二人を強制的に転移させた。


 意外だったのは、二人が瞬時に俺が裏切り者だと気付いたこと。パリストンは最初からある程度俺を疑っていたようだ。


 そして、楽しい楽しい殺し合いの始まりである。


 と言っても、俺が二人を一方的に蹂躙して終わったのだが。

 その時の快感を今でも忘れられない。自分達が絶対的な強者だと疑わない奴等が、惨めに這いつくばる姿は今まで見て来た何より滑稽だった。そして、ようやく前世から復讐を果たせるのだと思うと、心の底から喜びが湧き上がって来た。


 戦いが一通り終わった後、俺は地面に倒れ伏す奴等の耳元でそっと囁いた。

 ――自分の前世がシリウスであると。


 二人は信じられないとばかり目を大きく見開き、俺の言葉に唖然としていた。けれど俺の目に宿る憎悪と殺意に気付いたのか、死の恐怖でカタカタと震えだした。

 自分がシリウスだと打ち明けたものの、別に奴等が信じようが信じまいが俺にはどうだって良かった。どの道奴等を殺すことに変わりはないのだから。


 その後、俺は用意していた地下室に二人を連れて行き、そこで思いつく限りの残忍な方法で絶望を味合わせた。

 そして今日までに至る。


「じゃあ、そろそろ最後の一人を殺しに行きますか」


 そう呟くと、俺は腰掛けていた椅子から立ち上がり、マーガレットの前まで移動する。ふと、地を這うような掠れた声が聞こえてきた。


「‥‥‥ぉ、お、願い、もぅ、こ、殺してぇ‥‥」


 それは、まだ辛うじて生きているマーガレットの確かな死への懇願だった。


 その言葉を聞くと、今すぐ殺してしまっても良いのではないかと思ってしまう。しかし、この女にはまだやってもらわなければならない大切な仕事がある。最後の一人、エドワードを絶望させるための大切な仕事が。


「ダメだ。お前には、もう暫く踊ってもらわなければない。この復讐劇のピエロとして、な」


 そう言い残して、俺は地下室を後にした。


 外に出ると、いつもと同じ緋色のローブに身を包んだアリスがいた。相変わらずローブに隠れて顔は見えず、言葉を発することもない。最初はそのことにも違和感があったが、もう何週間も行動を共にしているので流石に慣れた。


「アリス、今日王都に向けて発つ。今すぐ準備しろ」

「‥‥‥‥」


 予想通り返事は返ってこない。その代わりとして、アリスは俺の指示に一度頷いた。


 あれ、何か彼女に違和感がある。それに気のせいだろうか、彼女がほんの少しだけ喜んでいるように見るのは。


「‥‥‥‥何かあったか、アリス?」


 そう問いかけてから、俺はすぐさま後悔した。どうして自分は彼女と関わろうとしているのかと。彼女は、ゼローム皇帝に名により仕方なく行動を共にしているだけの部下に過ぎない。なのに、まさか俺から距離を縮めようしているとは。これは気を引き締め直す必要がありそうだ。


「いや、いい、今のは忘れてくれ」


 ふっと息を吐き出してから、俺はゆっくり歩き出した。見据える先は、王都にいる最後の復讐相手、エドワード・ルイ・リンジア。


 復讐劇の終わりは、もう直ぐそこまで来ている。









「ああ、愛しのシリウス――――。もっと私に見せて、貴方が歩む復讐の物語を」





 

  *****




「クソッ!!!英雄であるこの私が、どうしてこんな目に遭わなけれならない!!??」


 王宮の最上階にある部屋で、一人の男が苦悩に打ちひしがれていた。


 その人物の名はエドワード。つい数日前まで、英雄と讃えられ、国民から絶大な支持を集めていたリンジア王国の国王である。

 しかし現在、その輝かしい姿は見る影もなく消え失せている。美しかった金髪は乱暴に掻き毟られ、その顔は憔悴しきっていた。果たして、この男がかつての英雄だと言われて信じる人間はどれぐらいいるだろうか。


「全部、あの役立たず共のせいだっ!!!あれだけ大口を叩いておきながら無様に敗戦する、無能な連中めっ!!」


 ここ数日の間に、エドワードを取り巻く環境は大きく変化した。勿論、悪い意味で。


 敗戦の知らせが届くと同時に、国民は積もり積もった怒りを爆発させて各地で一斉に暴動を起こした。その怒りの矛先が向くのは、他の誰でもないエドワード。その影響で、これまでエドワードを支持してきた貴族達は掌を返すかのように彼の元を離れて行った。


 頼れる人間は誰もいない。信頼していた二人、マーガレットとパリストンを同時に失ったエドワードは心身共に疲弊しきっていた。そのせいか、エドワードは自室にに籠り、酒に溺れるようになる。


 ―――けれど、彼の受難はまだ終わらない。




 ドカァァァァアアアアア!!!!!!


 凄まじい爆発が王宮内に響き渡る。


 その音を聞いて、エドワードは慌てて起き上がった。自分の命を狙う賊が王宮に侵入したのではないか、その不安が頭を過る。


「おい!!何の音だ??!!」

「ア、アンデットが王宮内に突如出現しました!!」


 一人の騎士が息を切らしながら部屋に入り、エドワードの問いにそう答えた。


「アンデットだと?!!そんなもの、さっさと始末すればいいだろ!!!」


 どうしてアンデット如きに侵入を許したのかと、エドワードは怒りを露わにした。


 本来、アンデットとは、腐敗の進行した死体、もしくは瀕死寸前の肉体が魔力を溜め込むことによって生まれる下級の魔物である。強靭な身体をしているのは確かなだが、動きは鈍く、普通の兵士が一人いれば討伐可能だ。そんな魔物が、王国で一番安全な場所である筈の王宮に侵入したと聞けば、誰もが耳を疑うだろう。


「出来ません!!!そのアンデットは強力な魔法を使うのです!!!出来る限りの対処はしていますが、容易に近づくことすら叶いません!!!」

「何っ!!!まさか、リッチなのか!!!」

「おそらくは!!!私達だけでは手に負えません!!陛下にも至急救援にお越し頂けたいとのことです!!」

「えい!!この役立たず共めっ!!!!」


 リッチとは、アンデットの上位種であり、その殆どは魔法を行使することが出来る危険な魔物だ。幾ら王宮にいる精鋭の騎士と言えど、手に負える相手ではなない。


「今すぐそこに向かう、お前も付いて来い!」

「はっ」


 もし、この時エドワードが冷静な判断力を持ち合わせていたら、今回の騒動に違和感を感じていただろう。





 爆発が起こった謁見の間に着くと、数十にも及ぶ兵達が武器を構えている光景がエドワードの視界に入った。


 その中心には、人の形によく似た魔物、リッチの姿がある。


 ボロボロのローブに身を包み、僅かに見えるその肌は灰色に変色していて、手や足は既に腐敗しきっており、立っているのが不思議な状態だ。顔にはぽっかりと空いた小さな口があり、そこからこの世のものとは思ない唸り声を上げている。


 その姿はまさに怪物そのもの。


 過去、勇者と旅をしていた時にこのような魔物は見慣れているとは言え、エドワードは思わず息を呑んだ。しかし、それも束の間のこと。エドワードは直ぐに気を引き締めて、兵士達に命令を出した。


「全員、下がれ!!!私が相手をする!!!」


 そう言うと同時に、エドワードは腰にあった剣を抜き、常人を遥かに凌ぐ速さでリッチに向かって直進した。

 しかし、その動きはリッチによって止められることとなる。

 突如、謁見の間に巨大な魔法陣が出現し、大蛇のような形の漆黒の炎が繰り出される。それは、全てを焼き尽くさんとばかりに兵達に襲いかかった。


「その程度の攻撃でやられる私ではない、【光龍絶】!!」


 対して、エドワードは己の剣に膨大な光の魔力を纏わせ、襲いかかる大蛇を薙ぎ払う。


 二つが衝突した瞬間、凄まじい衝撃音が響き渡り、重たい瓦礫が宙を舞う程の暴風が巻き起こる。壁に亀裂が走り、幾つもの柱が崩壊した。


 そのあまりにも常識離れした光景を間近で見ていた兵士達は、そこから慌てて距離を取り、二人の戦いに巻き込まれることを回避した。


 リッチはもう一度魔法を行使しようと動き出す。


 エドワードはその隙を付いて一気に距離を縮めると、先程と同じように光の魔力を纏った剣を大きく振りかぶった。


「喰らエェェェェ!!!!!【真・光龍絶】」


 勝った、エドワードは心の中でそう確信した。


 光の剣が、吸い込まれるようにリッチに向かって振り下ろされる。このまま行けば、リッチは成す術なく胴体を真っ二つにされ、肉片一つ残らず消滅するだろう。


 しかし、その刹那の瞬間、エドワードは確かに聴いた。


「‥‥‥‥ェ、エド、ワード‥‥さ、さま‥‥」


 その声は、愛するマーガレットの声と同じものだった。

 ふと、今自分の目の前にいる醜いリッチと、マーガレットの姿が重なる。


 エドワードは驚愕に目を見開き、次々と頭の中で否定の言葉を浮かべた。


 けれど、一度振り下ろされた剣は決して止まらない。


 エドワードが肉を断ち切る鈍い感触を手に感じると同時に、リッチの、いやマーガレットの身体は真っ二つになった。

 そして、輝かしい光が謁見の間を包み込む。




 光が消え、リッチが完全に消滅したのを確認すると、兵士達は一斉に喜びの声が上げた。多くの者は、英雄エドワードの勇姿を褒め称える。


「やった!!!勝ったぞ!!!!

「エドワード陛下が魔物を討ち果たした!!!」

「流石は我らの偉大なる英雄だ!!!!」

「エドワード王万歳!!!万歳!!!」


 つい先程まであった暗い雰囲気がまるで嘘だったかのように、王宮内は御祝いムード一色に染まる。


 けれどそんな中、エドワード、ただ一人はその場で膝を付いて、呆然としていた。濁流のように押し寄せてくる絶望と後悔に苛まれながら。


 ―――ああ、私は本当に愚かだ。


 どうしてあの姿を見て直ぐに気が付かなかったのだろう。あれがマーガレットであると。冷静な状態でなかったのは確かだが、それでも闘いの最中、あのリッチの使った魔法がマーガレットのと全く同じである時点で、多少の疑問は感じるべきだった。


 なのに、彼女の苦痛に満ちたあの声を聴くまで全く気付かなかった何て、自分はどれだけ残酷なことをしたのだろうか。それを考えるだけで胸が張り裂けそうになる。

 心の底から湧き上がる負の感情。やがて、エドワードはそれに耐え切れず、王宮全体に響く程の凄まじい絶叫を上げた。


「ぁぁぁぁああああアアアアアアアッ!!!!!」






 偽りの英雄エドワードは絶望の底に突き落とされた。

 けれど、復讐劇はまだ終わらない。まだ最後の仕上げが残っているのだから。






「俺が贈ったプレゼントは気に入ってくれたか?」



 最愛の人を喪ったせいで復讐に囚われてしまった怪物が、今ここに降り立った。




  *****





「俺が贈ったプレゼントは気に入ってくれたか?」


 俺がそう言うと、地面に膝を付き俯いていたエドワードはゆっくりと顔を上げた。それにつられるようにして、兵士達が俺の方へと顔を向ける。


「‥‥‥‥シオン‥‥‥オスカー‥‥」


 誰かがそう呟いた。その声を皮切りに、謁見の間にどよめきの声が広がる。まあ、死んだと思っていた筈の人間が生きていたのだ。驚くのも無理は無いだろう。


 けど、部外者に構っている時間はない。俺は隣にいるアリスに命令を出した。


「アリス。この場にいるエドワード以外の人間全員、始末しろ」


 アリスはその言葉を聴き、瞬時に行動を開始した。エドワードをすら軽く凌駕がするスピードで一人の兵士に近づくと、目にも止まらぬ速さでその首を刎ねた。人の首が宙を舞う。その光景に誰もが言葉を失った。


「え‥‥」


 しかし、アリスは止まらない。


 一人、また一人と兵士の首を刎ねていく。彼女の動きに反応出来る者は一人もあらず、次々に兵士達が死んでいった。

 やがて数分が経つ頃には、百近くの首と胴体が離れた死体が謁見の間に散乱するという、地獄絵面と化していた。


 その間、エドワードは何の行動も起こしていない。ただ、そこで起こっている惨劇を絶望に染まった顔で見ているだけ。


 正直、無様過ぎて笑いを堪えるのが大変だ。


 一通り掃除が完了したのを確認してから、俺はゆっくりとエドワードの方に歩いて行く。そして、エドワードの目の前で止まると、見下ろすようにして口を開いた。出来るならもう少しだけ俺を楽しませてくれ、そう願いを込めて。


「で、愛しのマーガレットとの再会はどうだった、エドワード?」


 その問いにエドワードは僅かに反応する。


「‥‥‥‥‥‥‥‥全部、貴様がやったのか?」

「全部とは?」


 その問いの意味を理解しながらも、俺は敢えてエドワードに聞き返した。


「戦争での敗北も‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「国民が起こした暴動も‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「パリストンの死も‥‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「そして、マーガレットのことも‥‥‥」

「‥‥‥‥」

「全部全部!!!貴様が仕組んだことなのか?!!」


 憎悪の籠った目で俺を睨みつけてくるエドワード。その姿は、前世でアレイシアを喪い、復讐を誓った時の俺とそっくりだ。


 俺は歓喜に震えた。


 ようやくこの男、エドワードも俺と同じどん底に堕ちたのだという事実が、とてつもない充実感を俺に感じさせてくれる。今までずっと乾ききっていた心が突如潤されていくような感覚だ。出来ることなら、この気持ちをずっと感じていたい。

 しかし同時に、今さぐ殺してしまいたいという欲望も膨れ上がる。


 俺は口の端を吊り上げて、嘲笑うかのように言った。


「ああ、そうだよ」

「‥‥‥‥」

「全部、俺がやったことだ」

「貴様ぁぁあああアアアアアアアア!!!!殺してやるゥゥウウウウウ!!!!!!」


 エドワードは床に落ちていた剣を拾うと、俺に向かって襲いかかって来た。技術もへったくれもない、ただ怒りの感情をぶつけるようにして繰り出された一撃。


 俺は腰に携えられ漆黒の剣を抜いて、それを容易に受け止めると、返し技で剣を握っていたエドワードの腕を切り落とした。そのまま続けて、もう片方の腕にも剣を振り下ろす。二本の腕が、ほぼ同時に宙をグルグルと回る。


「ァァアアッッッ!!!!痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!!!」


 切り落とされた断面から血飛沫が舞い、あまりの激痛にエドワードは地面をのたうち回った。その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃに歪んでいる。普通の人間ならもう死んでいてもおかしくないが、幸か不幸か常人より遙かに頑丈な肉体を持つエドワードは、意識を保っていられた。


 俺はエドワードの耳元でそっと囁いた。


「なあ、どうしてお前が今こんな目に遭っているのか知りたいか?」


 エドワードから返事は返ってこない。相変わらず、痛みで叫び声を上げるだけだ。だが、それでも俺は言葉を続ける。


「それはな、愚かなお前が過去に決してやってはならない罪を犯したからだよ」

「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥‥っ」

「今お前はその報いを受けてるんだ」

「‥‥‥‥な、何を、い、言って??!!」


 どうやら、まだ理解していないようだな。なら率直に言ってやろう。


「アレイシアと俺を殺して、英雄に成り代わったこの十五年間はどうだった、エドワード?」


 その言葉を聞いた途端、エドワードは驚愕に目を見開いた。そしてガタガタと震える出し、全身から冷汗を流し始める。その顔はこれ以上ないという程にに青ざめていた。まあ、無理もないだろう。自分の手で殺した筈の人間が、復讐しにやって来たのだから。エドワードの目は恐怖一色で染まりきっている。


「‥‥‥‥そ、そんなっ、まさかっ‥‥」


「地獄から帰って来てやったぞ、お前らに復讐するためにな」


 俺は狂気的な笑みを浮かべながら、そう言い放った。


「違う!!!お前がシリウスな筈がない!!!!」

「‥‥‥‥‥」

「あの時、私はお前を殺した!!!間違いなくお前は死んだんだ!!!!死体もしっかり確認した!!!そんなお前が生き返るなんてことはありえない!!!」



 ああ、本当に楽しませてくれる。地面に這い蹲って怒鳴り散らすその姿は、まさに滑稽としか言いようがない。やっぱり、お前はこの復讐劇の最期を飾るに相応しい。しっかり最後まで絶望してくれ。


「まあ、どうしてなのかは俺にも分からないよ」

「‥‥‥‥‥」

「でも事実として、シリウスの生まれ変わりで俺はこの場にいる」

「‥‥‥‥‥」

「なら、俺がこの後どうするかお前なら当然分かるよな?」


 エドワードの目がさらなる恐怖に染まった。 どうにかして生き残れないか、そう考えているのが手に取るように分かる。


「もう諦めてくれ。お前は死ぬ運命だ」

「あぁぁぁぁぁあああああああっ!!!!」

「絶望しながら、後悔しながら、哭き叫びながら過去の因縁に殺されるんだよ」

「‥‥‥‥た、頼むっ‥‥‥‥殺すのだけは‥‥‥やめてくれ‥‥‥‥ゎ、私は、まだ、死にたくないっ!!!!!」


 惨めに命乞いするエドワードを、俺は冷めた目で見下ろしていた。当然、それを聞き入れる気はない。エドワードにはここできっちり死んでもらう。


 俺はエドワードの血で赤く染まった漆黒の剣を振り上げ、奴の心臓に狙いを定めた。


「おっと、言い忘れていた。この剣にはちょっと特殊な魔術が付与されていてな」

「‥‥‥‥‥‥」

「刺さった人間の絶望や負の感情の大きさだけ、痛みを増幅させるんだ」

「‥‥‥‥‥‥」

「つまりどういう意味だか分かるか?」

「ぁ、ぁ‥‥‥‥‥あ、あ、ぁ‥‥あ」

「お前、楽には死ねないぞ‥‥‥‥」


 そして、俺は剣を振り下ろした。その剣が心臓に突き刺さった瞬間、エドワードは断末魔の叫びを上げた。


「ぁぁぁあああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!」


 やがて、その叫びが止むのと同時に、エドワードは苦痛に顔を歪ませながら生き絶えた。この男に相応しい死に様である。



 こうして、ようやく俺は復讐を果たすことが出来た。それはつまり、この復讐劇も終わったということ。そのことに対する達成感と損失感を同時に感じながら、俺が考えることはただ一つ。



 ―――君は楽しんでくれたかい、アレイシア?





  *******





「で、お前はいつまで付いて来るつもりだ?」



 俺がそう問いかけると、木の影から緋色のローブに身を包んだ女―――アリスが出てきた。



 俺達は今リンジア王国の田舎の方にある街道を歩いている。

 どうしてこうなったのか説明するには、数日前まで時間を遡らなければならない。


 エドワードを殺し復讐を果たしたあの後、俺は急いで王都を発った。理由は言わずもがな、追手から逃れるためである。何せ、俺は国王を殺した大罪人なのだ。王国の連中は血眼になって俺を探すだろう。そして、もし捕まったり何かしたら、碌な死に方を出来ない。だから、騒ぎが大きくなる前に王都を離れた。


 その時、勿論アリスは置いて来たつもりだ。俺と同程度の実力を持ち、顔もバレていない彼女なら、まず追手に捕まることはない。そのため、彼女を置いて行くことに対して、特に懸念は感じなかった。


 結局、何故か付いて来てしまったのだが。


 王都に残して来た問題やその他諸々は、ゼローム皇帝がどうにかしてくれるだろう。俺が出発する頃には

 既に王都は陥落寸前だったので、今頃はとっくにエリストン皇国の手に落ち、復興に向けて再稼働していると思う。まあ、多少面倒な事態が起こったとしても、今まで散々迷惑を掛けられたのだから、多少こっちが迷惑を掛けても問題ない筈だ。


 まあ何はともあれ、今はアリスをどうするか早急に決めるべきだろう。


 復讐を終えた以上、俺はもう今後の表舞台に立つつもりはない。どこか遠くの田舎に行って隠居するつもりだ。なので、彼女には今直ぐにでも来た道を引き返してもろう必要がある。


「頼むから何か喋ってくれ」


 相変わらず返事は返ってこない。どうしたものか頭を悩ませていると、信じられない言葉が俺の耳に届いた。


「‥‥‥‥‥シリウス」

「!!!」


 予想外の出来事に、俺は一瞬豆鉄砲を食らったかのように驚いてしまった。アリスが言葉を発したという事実にも驚いたが、何より彼女の言った言葉。どうして彼女が俺の前世の名前を知っているのか、疑問が頭を過る。


「エドワードとのやり取りを聞いていたのか?」


 その問いに、アリスは首を横に振った。


「なら、何だ?」

「‥‥‥‥‥‥‥」

「どうして俺の前世の名前を知っている??!」

「‥‥‥‥‥‥‥」

「答えろ!!!」

「‥‥‥‥‥‥‥」

「答えろ、アリス!!!!」


 黙り込んで何も答えないアリスに対して、苛々が募っていく。

 こうなったら、少し強引な手段を使ってでも聞き出す必要があるだろう。俺はそう自分に言い聞かせて、少し離れた位置にいるアリスに向かって歩き出した。


 歩く度、心臓の鼓動が信じられない程跳ね上がる。どうしたかは分からない。けれど、今直ぐに確かめなければならないとそう心が叫んでいた。


 残り三歩、二歩、一歩。そして、手が届く距離まで近づき、いざ彼女に触れようとした瞬間―――



 一陣の風が辺りを駆け巡る。俺は思わず目を瞑った。



 そして、風と共に、俺の耳にもう一度声が届く、



「貴方のことだけをずっと見ていたわ、シリウス。前世から、ね」



 風が止まり視界が戻ると、俺はその信じられない光景を見て自分の目を疑った。



 そこには、黄金色に輝く美しい髪を靡かせ、宝石を思わせるような透き通ったエメラルドグリーンの瞳を持つ一人の少女がいた。



 その姿を見て、俺は言葉を失った。


 ―――まさか。

 ―――信じられない。

 ―――こんなことがあり得るのか。

 ―――何かの間違いではないのか。


 そんな否定の言葉ばかりを浮かべながらも、確かめずにはいられない。俺は震える口をどうにか動かして、ゆっくり言葉を発した。


 出来ることなら、これが現実であってくれと、そう願いを込めて。


「‥‥‥‥‥アレイシア、なのか?」



 その言葉を聞いて、少女は少しばかり怒ったかのように頬を膨らませる。


「あら、たった一度死んだだけで幼馴染の顔を忘れてしまう何て、随分薄情になったのね、シリウス?」



 はは。


 間違いない、この少女はアレイシアだ。もう二度と会えない、そう思っていたはずの最愛の幼馴染が今俺の目の前にいる。


 一雫の涙が頬を流れた。


 そんな俺を見て嬉しそうに微笑みながら、アレイシアはそっと口を開いた。



「貴方の復讐劇は終わったみたいだけど、全てを終わらすにはまだ早いんじゃないかしら?」



 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥ああ、どうやら俺は今世でもこの幼馴染に振り回されるらしい。


 でも、それも悪くないかもしれない。


 これが俺が望んだ未来なのだから。




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― 新着の感想 ―
[一言] 皇帝「彼女の手綱はしっかり握ってくれ……」
[良い点] サクサクっと読めて面白かったです!! 他の方の感想欄にありましたが、アリス視点も気になります。 というより、アリス視点のVerの短編も読んでみたいです。 きっと大興奮で 「(*´Д`)ハ…
[一言] 今更で誠に申し訳ありません 何気なく適当にタグ検索、キーワード検索していた所、目に留まり読ませて頂きました よくあるテンプレでも、作品としての土台がしっかり出来てなきゃ 中身が空っぽ、スッ…
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