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七つの創作神話による習作  作者: 竹中芳視
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 昔話とは、教訓を与えるものでなければならぬ。これはいかにも哀しい。民衆の中に生まれ、語り継ぐに相応しい価値を認められるものでなければならぬ。わたくしはいかにもそれをいじらしく、かつ賎しく思うのである。生活にぴつたりと密着して居る点に対してではなく、その説教臭さとそれを必要とした事情に対してである。


 伝説とは、英雄を語るものでなければならぬ。これはいかにも儚い。英雄とは儚いもので、且つ又それらは語られることでしか生きることができぬ。わたくしはいかにもそれを切なく、かつ心許無く思うのである。烈風の如く駆け抜けた英雄の生涯は、文字の中に閉じ込めては忽ちに色褪せて死んでしまうためである。


 神話とは、世界の始まりを語るものでなければならぬ。これはいかにもおほきい。世界とは我々の拠つて立つ万物で、予め自明の与えられたものである。にも関わらず誰れも見たことがないはずの始まりを語ろうとするその不遜さと、古人の想像力の自在さにわたくしは眩暈を憶える。人の想像力の逞しさに圧倒される。


 門外のわたくしが左右さう申すのも僭越なのであるが、柳田先生に言わせれば神話は神聖なものであり信仰の場に相応しい形式を備えなければならぬそうである。斯くして神話は儀礼に則り口頭で語られなければならぬと言われる。然るにわたくしにとっては文字に記すということが神聖なる信仰そのものである。


 不遜の誹りを懼れず、わたくしはわたくしの神話を描くことにする。此れは余多ある世界のほんの一つのはじまりを描いたものにすぎないが、それでも一つの世界のあらましである。



   昭和十五年八月十五日  竹中芳視たけなかよしみ 拝

 世界のはじめというものを見たことがあるものは凡そあられますまい。我々の命は余りに短く、また偉大なる先人が文字という情報をその手に得られたのは恐らく世界のはじめよりもっと後世のことでございますので、どうあってもそのときの様子を正確に知ることは難いのであります。

 ただ多くの物語をひもときますと、なぜか口裏を合わせたがごとく「世界は巨大なたまごからかえつた」と語られるようであります。なるほど哺乳類を除く多くの動物は凡そ蛋から生まれるものでありますし、世界を巨大な有機体と考えれば、それも道理に適うことでございましょう。とまれ世界のはじめが巨大な蛋であったということは、少なくとも観念的には大いに合理性を伴う説だと思われます。

 さて、しかし巨大な蛋から世界が孵化する前に、ひとつだけ先行して飛び出した動物があったと申しましても、俄には信じ難いことでございましょう。ましてそれが鴉であったと申せば、五味ごみむらがるあの賎しい鳥かと眉を顰められる方も少なくないのではありますまいか。ただ敢えてもう一度繰り返させて頂きますと、まず世界の最初に生まれ出でた動物は鴉なのでございます。

 鶏蛋の中の黄身がただ一つの細胞で、それが分裂によって無数に数を増やし多細胞生物である雛子ひよこを形作りますように、世界の蛋の中にも初めから世界中の凡てが詰まっていた訳ではありません。ただ、世界中のあらゆる生物が数を増やすことの適いますように、犬も馬も蝶も凡てがつがいで収まっておりました。

 ところが孵化を迎える段になり、蛋の中では物議が持ち上がりました。今この世界が孵化致しましたところで、十分に育ちうる環境は整っておりますでしょうか。もしくは凡ての動物達が無事繁殖しうるほどに成熟しておりますでしょうか。もし不備があれば世界は育つ前に亡びてしまいます。さりとて斥候を送ろうにも、一番いしかいない誰もが、失敗時の自種の亡びんことを恐れ名乗りをあげません。やむなく撰び出されたのが、不吉な黒い翼と嘲るような嗤い声で嫌われものの鴉でございました。

 ところが鴉は鴉で野心を持っておりました。と申しますのも先述の通り鴉は蛋の中で既に嫌われており、やがて世界が孵化しましたたところで他のものどもとうまく行きませんのは知れきっておりました。他に先駆けて蛋をい出、覇者となることを望んでいたのでございます。そこで番いの鴉は蛋を暖めます太陽へと迷わず飛び去り、そこで無数に数を増やして参りました。蛋が孵化したのは、ようよう鴉の子らのほんのひとにぎりが地上へ舞い戻った後のことであります。

 今日、世界中にあらゆるものが繁殖しておりますが、太陽で繁殖することが適いましたのは、世界がまだ未熟の内に参りました鴉だけでございます。他のものは皆世界と共に生まれましたため、重力もしくは摂理という軛から逃れられず、太陽へと参ることができません。太陽の表面は、今日もただ鴉だけが縦横に飛び交っております。

 ただもし嘘だとお思いになられましても、お確かめになられようとはお思いなされませぬように。眼をお潰しになられては、つまらぬことでございます。

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