第九十七話 揉め骨
夜明けとともに下僕骨たちを引き連れ、吾輩は村の北側へと向かった。
すでに集落からは、朝食の支度らしい薄い煙りが立ち昇っているのが見える。
夜目も効かず灯火も乏しい生活では、太陽と一緒に行動するのが一番効率がいいからだろう。
畑と森の境目から開拓を始める。
まずは数歩、森の中に入って杖を足元に突き立てる。
――地段波。
大きく地面を揺らした波は、木々にぶつかってメキメキと音を立てた。
これでかなり土が緩くなったはず。
木の一本に近付いて、その根元に杖を差し込む。
――地壁。
グイッと隆起した地面に押され、バラバラと根から土を落としながら幹が持ち上がる。
手前側の地面を持ち上げたせいで、斜めに大きく傾いた木は自重に耐えきれず畑の方へと倒れ込む。
うむ、ギリギリで畑には届かなかったようだ。
昨日、猪でそれなりに踏み荒らしたばっかりなのに、ここでさらに損害を与えてしまうと収穫量に影響が出てしまうからな。
倒れた木に下僕骨たちが即座に取り掛かり、石斧や村から提供させた鉈で枝や根を打ち払い始めた。
この枝葉は焚き付けに使ったり、干して肥料にするらしい。
ある程度、木が丸裸になると、骨たちが担ぎ上げて川原の材木置場へと運んでいく。
下僕骨が作業中の間にも、吾輩はどんどん木を押し出して倒していった。
剪定組と運び組はそれぞれ十体ずつ居るのだが、一本の木の処理に意外と時間が掛かるため思うように進まない。
それでも午前中で、なんとか畑一つ分ほどの平地を作ることは出来た。
派手な地響きにおっかなびっくりだった村人たちも、その頃には慣れてくれたのか、帽子を脱いで挨拶してくるほどになっていた。
昼食を冷たい黒パンと井戸水で済ませた彼らは、鎌を手にして麦穂を一つ一つ刈り取っていく。
空は快晴で、そよぐ風もほとんどない。
玉のように汗をかきながら、せっせと畑仕事に励む農夫たち。
その横では轟音を響かせながら、次々と木を倒していく骨の姿。
何とも奇妙な風景である。
夕方、陽もかなり傾いてきたので、開拓作業は切り上げることにした。
だいたい畑三つ分か。二週間もあれば、村の耕地面積を二倍にできそうだな。
下僕骨たちに川沿いに村の南側へ行くよう命じて、ついでに麦畑の様子を観察する。
ちょうど刈り入れたばかりの麦束を、村人たちが木の干し台に引っ掛けているところだった。
手伝いしていた子供たちが、吾輩に気付いたのか元気に手を振ってくる。
軽く杖を持ち上げて挨拶を返し、吾輩は川の上流へと向かった。
川原の材木置場では、加工組が作業中であった。
以前に刈り取って乾燥させていた木の両端を、手斧で円錐状に削らせていたのだ。
今日、押し倒したばかりの木は、まだ水分や樹脂が多いのですぐには使えない。
ここでしばらく水気を抜かんとな。
出来上がった木の杭を、川の流れに投げ込んで一気に運ばせようと思うが、これは流石に受け手側にも指揮できる骨がいないと厳しいか。
そろそろ五十三番たちも狩りを終えて、洞窟に戻っている頃だろう。
一旦、吾輩も洞窟に戻るかと思ったその瞬間、空から黒い影が飛来する。
汚い鳴き声を上げて、吾輩の肩に飛び降りてきたのは一羽のカラスであった。
途端にもう一方の肩にとまっていたムーが、嬉しそうな声を上げる。
「どうした? フー」
「ギャーガー」
「うーむ、何かあったとしか分からんな」
すっかり羽が治ったカラスのフーであるが、今日は五十三番に付き添わせていたはずだ。
吾輩のところまで飛んできたということは、五十三番たちに何かあったのか?
再び飛び立ったフーの後を追いかけて、森の中を懸命に走る吾輩。
気持ちだけ息せき切って、辿り着いた先は馴染みの洞窟だった。
そのまま足を止めず奥まで駆け込んだ吾輩の耳に、耳障りな歯音が聞こえてくる。
「どうして、あそこでぶつかるんですか?」
「仕方ねぇだろ、ソイツがそこにいたんだから」
「あ、俺っちが悪い流れにしようとしてるっす。どう見てもデッカイさんが悪いっす」
「いや、ニーナさんも突っ込みすぎでしょ」
「倒した!」
「ギャッギャッ!」
「えー、俺っちは頑張ってましたよ」
「頑張れば良いってもんじゃねえだろ。そもそも盾より前に出るんじゃねぇよ」
「でもおっさんも、今日の動きはキレが今ひとつでしたよ」
「もっと言ってやるっすよ、ゴッさん!」
黒棺様を囲んでワイワイと言い合ってる仲間たちの姿に、吾輩はがっくりと肩甲骨を落とす。
何事かと案じて急いで戻ってみれば、なんだこれは?
あとロクちゃんと羽耳っ子も、棒倒しして遊んでる場合じゃないぞ。
いや棒じゃなくて尺骨だし、尺骨倒しというべきか。
「何があったんだ? 一体」
「あ、お帰りなさい。吾輩先輩」
「ワーさん、おかえりっす」
「おう、お疲れさん」
取り敢えず事情を聞いてみることした。
今日の狩りであるが、どうも狼を見つけて攻撃を仕掛けるまでは普通に上手く行っていたらしい。
問題はそこからかだ。
まず盾を持ったタイタスが、前に出て狼どもを引きつけようとした。
そこに飛び出したニーナとぶつかってしまったのだ。
これが先走ったニーナが悪いといえる。
だがその後のタイタスの動きも今ひとつだったらしい。
いつもなら余裕で捌いていた狼の攻撃に手間取り、獣どもが勢い付いてしまう。
で、今度はニーナが狼たちの間に飛込んで、一気に両手剣で足を刈り取る奮闘をみせる。
しかしこっそり忍び寄っていたロクちゃんが危うく巻き込まれかけて、戦闘中なのに怒ったロクちゃんに頭をコンコン叩かれていたらしい。
五十三番はその間、何をしていたかというと、前衛が遮蔽物になりすぎてほとんど矢を撃つ機会がなかったという話だ。
どうも新骨のニーナの動きが読み切れず、ちぐはぐになってしまったのが今回の失態の原因のようだ。
結局、狼は途中で逃げ出し、足を切り落とした三体だけしか仕留められなかったと。
「ふーむ……戦闘参加はまだ早かったか。ニーナは、もっと皆と動きを合わせないと」
「チンタラやってても、一番になれないっす!」
「いや、競争じゃないんだから。やっぱり、いきなり両手剣でやらしたのが不味かったのか」
「でも俺っちが一番、両手剣をうまく使えるっす!」
なんでここまで一番に執着するんだ……。
「タイタスの方は、不調の理由は分かっているのか?」
「ああ、それだが。……どうも吾輩さんがいないとな」
何気ない言葉に、五十三番が小さく奥歯を鳴らす。
「いや、勘違いすんなって。ゴーさんの視界だと見にく過ぎるんだよ」
どうも話を聞いてみると、視界共有に問題があったらしい。
「吾輩さんの視界はな、全体を見ながらほぼ俺の周囲に固定してくれるから、背後の敵の位置まで常時分かるのよ。だが、ゴーさんのは駄目だ。動き過ぎてこっちが酔っちまう」
うむむ、これは射手と精霊使いの視点の違いなので、どうにも厳しいな。
「打開案として、タイタスはしばらく視界共有は使わず、代わりに周囲が声を掛けるというのはどうだろう」
「おう、それで頼むわ」
「倒す!」
「僕も出来るだけ、声掛けやってみますね」
「それとニーナは慣れるまで盾と片手剣で、タイタスのフォローをする感じにしようか」
「えー、俺っちやるなら、メイン盾が良いっす」
「黙々と杭打ちするか、皆と狩りに行くか、どっちが良い?」
「盾持ち、了解っす!」
あっさり両手剣を手放して、盾に飛びつくニーナ。
その変わり身の速さに呆れていると、五十三番が神妙な顔で謝ってきた。
「お手数をおかけしてすみません、吾輩先輩」
「いや、気苦労の多い立場を任せてすまない。あ、それと今から木の杭を、村まで運ぶんだが手伝ってくれないか」
「はい、お安い御用ですよ。ほら、ニーナさんも行くよ」
「競争っすか! 受けて立つっすよ」
「タイタスはどうする?」
「俺はグリンブルを一乗りしてくるよ」
「そうか、くれぐれも村の畑には近付くなよ」
軽く手を上げて部屋を出て行くタイタスの背中には、ちゃっかりロクちゃんと羽耳族の子供がぶら下がっていた。




