第九十五話 小うるさい案山子
「こら糞鳥、俺っちの頭の上から退くっす! でないと、焼き鳥にして喰っちまうっすよ!」
案山子の頭は、明らかに骨の言葉を発していた。
顎を激しく噛み合わせ、懸命に頭の上のカラスを追い払おうとしている。
「聞こえてるっすか? 嘘だと思ってますね。確かに今の俺っちじゃ、手も足も出ないっす。でもこんな俺っちでも、出来ることがあるっすよ!」
間違いない、変革者だ。
吾輩と五十三番は、眼窩を丸くして互いの顔を見合わせる。
まさか、こんな所にいたのか。
取り敢えず声を掛けようとしたその時、案山子の頭は猛烈に歯音を立て始めた。
「婆ちゃん! 婆ちゃん! また鳥が来てるっす! ふん捕まえて、かまどで蒸し焼きにしてやると良いっす!」
「おい、吾輩の言葉は聞こえるか?」
「早く! 早く! 婆ちゃん、急ぐっす!」
「おーい、落ち着け。聞こえてないのか?」
「とっとと来るっす、婆ちゃん! 大事な畑が荒らされてるっすよ!」
「おいって!」
「至急っす! 婆ちゃん! 目に物見せてやるっす!!」
「…………ムー、やれ」
「な、何するっすか、この鳥! 今すぐ突くのを止めろっす! 痛い目にあいた……や、止めるっす。ちょっと蒸し焼きは言い過ぎたっす。ごめんなさいっす」
吾輩が杖を伸ばすと、くちばしを引っ込めたカラスが飛び移ってくる。
頭が軽くなった瞬間、またも案山子の骨は威勢よく歯音を上げ始めた。
「ふっ、恐れをなして逃げたっすね。次、来たら思い知らせてやるっすよ!」
フフンと得意気な顔に、なぜか無性にイラッと来たので引っこ抜いて上下に振ってみた。
「ば、婆ちゃん、何するっすか?! 揺らすのは止めて欲しいっす!」
「吾輩先輩、そのくらいで」
「おおっとすまん。つい腹が立ってな」
「だ、誰っすか! そこに居るっすか?」
この周囲に対する反応の鈍さと、手に持ってからようやく吾輩の声に気付いたということは――。
「反響定位を持ってないのか?」
「何すか? 難しい言葉はよく分かんないっすよ」
やはり骨に伝わる振動のみで、音を聞き取っているのか。
そうなると、三十三番目がコウモリを仕留める前に生まれた骨ということになるな。
「ふぇっふぇ、やはりお仲間さんでしたか」
穏やかな声に振り向くと、薬師の老婆は静かに微笑みを浮かべていた。
「その方は、三月以上前にここの樹の下に転がっておりましてのう。最初は行き倒れかと思うて埋めて差し上げるつもりでしたが、なぜか元気にお喋りしておられましてな」
それで綺麗に洗って、家に持ち帰ってみたのだそうだ。
で、うるさすぎたので、すぐに庭へ放り出されたらしい。
ああ、それは多分、魂を集める命令が抜けかけの時期だったんだろうな。
それからは捨てるには不憫なので、たまに話し相手になりながら案山子として頑張ってもらっていたと。
おかげで退屈は紛れたが、歯音を聞いた村人たちにあらぬ噂が立ってしまい、それはそれで大変だったという話だ。
なるほど、道理で吾輩たちの仕草を、やすやすと読み取れるはずだ。
あのお喋りに付き合っていたら、骨会話もある程度は理解出来るようになるだろうしな。
「ちょっとホッとしましたが、やはりこれはこれで寂しいものですのう」
愛おしそうに案山子の骨を撫でる老婆の体は、ひと回り小さくなったように思えた。
「え? あれ、婆ちゃんとお別れなんすか? 大丈夫、すぐ戻ってきてやりますから、安心するっすよ」
何ともマイペースな骨のようなので、吾輩の気苦労が増えるような気がしてならない。
五十三番にチラリと視線を向けると、同情を含んだ顔で頷かれた。
ま、上司たるもの大らかに行かんとな。
名残を惜しむ素振りを余り見せない薬師のエイサン婆と、状況が理解できず混乱した様子の教母シュラーに感謝の言葉と別れを告げ、吾輩たちは洞窟へ向けて歩き出した。
まずは黒棺様に近付けて、能力や技能を習得して貰わんと。
念糸を覚えてくれれば、予備骨と合体できるようになるしな。
「ところで、俺っちどこに連れて行かれるんすか? どうもご同類っぽいっすけど、これから俺っちどうなるんすかね?」
「それは、おいおい歩きながら説明しよう。……この五十三番がな」
「え?」
戸惑った声を上げる五十三番に、問答無用で新入りを手渡す。
いや、生まれた順で言えば古参骨になるのか。ややこしいな。
「まあ可愛い頭骨をしてるので、良いですけどね」
「なんか変態っぽい骨さんっす。さっきのまともそうな骨さんに戻してほしいっす」
「お名前はなんて呼びましょうか? 案山子さんとか?」
「俺っちの名前ですが? ニーナって呼ばれてたっす。婆ちゃんが前に飼ってた猫の名前らしいっす」
変態呼ばわりに全く動じない五十三番と、その態度にあっさり順応するニーナ。
中々にお似合いな組み合わせかもしれん。
そんなことを考えながら、畑の横を通り抜け川沿いへ行こうとする吾輩たちに、不意に数人の人影が立ち塞がる。
各々、鋤や鍬を手にした村人たちだ。
何事かと杖を握った瞬間、村人たちは一斉に地面に這いつくばった。
そのまま額をこすり付けて、口々に声を上げる。
「ほ、骨のお方。お助けを!」
「大変なんでさ、畑にアレが出たんでさ!」
「お、お願いします、何とか退治して頂けませんか?」
アレってなんだ?
そんな泡を食って土下座するような生き物なんて、まだこの辺りに残っていたのか。
少しばかり緊張しながら、畑の方角に目を凝らす吾輩。
そこに見えたのは、大きな骨と小さな骨、さらに羽が耳になった幼児を背中に乗せて、全速力で走り回る一角猪の姿であった。
おい、何やってんだよ!




