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第九十四話 和解のお茶会



 老婆の案内で村を出て、畑の横を西へ通り抜ける。

 ぞろぞろと下僕骨を引き連れて森の小道を抜けると、樹々の奥にやや開けた空間が広がっていた。


 一際大きく枝を広げる大樹の幹に寄り添う、草生した屋根らしき物。

 その家屋を取り囲むように、色鮮やかな花々や背の高い草木が生い茂っている。

 話に聞いていた薬草畑だろう。


 蔓に隠されているので判別し辛いが、扉らしき箇所の前に佇む人影があった。

 薄いベールを被り白い祭服を身に着けた女性、教母のシュラーだ。


 改めて陽光の下でみると、シュラーはかなり美しい女性だった。

 高い鼻筋に切れ長の目、意志の強そうな口元と、気丈そうだがどこか脆さも持ち合わせた顔付き。

 ロナと同じ真っ直ぐな金髪は形の良い腰の辺りまで伸びており、彼女の容貌をさり気なく引き立てていた。

 とても三人の子持ちとは思えないな。


 シュラーは家に近付く老婆を見て口を開きかけたが、その背後の吾輩に気付き唇をきつく結び直す。

 警戒した吾輩たちが数歩の距離を開けて立ち止まるが、老婆は気にする素振りもなくスタスタと歩を進めた。

 そのまま家の前に着くと、老婆は皺だらけの顔に笑みを含んで振り返る。


「どうされました、骨のお方。足が止まっておりますよ。さてはあまりのぼろ屋ぶりに、驚かれましたかのう?」 


 確かに緑に覆われ過ぎてて、村長たちが草庵と呼んでいたのも頷けるが、問題はそこじゃない。

 じっと睨み合う吾輩と、教母シュラー。

 女性の瞳には強い怒りに似た感情と、迷いのような色が浮かんでいる。 


 張り詰めた空気が流れる中、不意にシュラーが頭を深々と下げた。


「せ、先日は大変、申し訳ないことを……」


 なんだ? 

 これはもしや、謝っているのか……。


「娘たちに色々と聞かせて頂きました。あなた方が只の穢れた死者ではなく、なぜか明確な意志をお持ちであると。まだ理解が追いついてはおりませんが、そうであるならば、まずは謝罪すべきかと」

 

 頭を戻した女性はわずかに警戒心を口調に滲ませながらも、真っ直ぐに吾輩を見つめてくる。

 どうやら本気で言っているようだ。

 軽く手を上げて、後ろの五十三番に弓を下げるよう合図をする。


 昨日の事件は、互いの理解不足から起こったことだ。

 気にすることはない。

 

 といった意味の仕草を示したが、シュラーは無言のまま首を傾けた。 

 まだ吾輩を、完全に信用した訳ではないようだな。


「ふぇっふぇ。どうせお喋りするなら、茶でも飲みながらいたしませんかのう? 今日は中々の日当たりでございますよ」


 そう言いながら老婆はなぜか、家には入らず横手の細い通路へと足を向けた。


「お招きいただきありがとうございます。エイサン様」


 軽くお辞儀をしたシュラーが、その後に続いて歩きだす。

 吾輩と五十三番も、遅れまいと足を動かした。

 もちろん下僕骨たちは、家の前で留守番だ。

 気配を探るに、老婆たち以外の大きな存在は感じ取れなかったからな。


 緑で形作られたトンネルのような小路を抜けると、丸い小さなテーブルと椅子たちが吾輩たちを待ち受けていた。

 蔓草が絡む棚が屋根代わりとなっており、燦々と降り注ぐ陽の光を適度に遮ってくれている。


 シュラーと向かい合うよう腰掛けて、杖をテーブルに立て掛けてから、目の前に広がる庭の景色へ目を向ける。

 外からだと野放図に繁っているかのように思えたが、中から見れば綺麗に寄せられた畝が整然と並んでいた。

 畝には細い枝の添え木が等間隔に差し込まれ、絡みつく蔦たちは太い葉を伸び伸びと広げている。


 素人でも、手入れが行き届いているのが一目瞭然で分かる。

 蔓棚の端にはずらりと小さな壷が並び、それぞれに色とりどりの花が咲き乱れていた。

 何気なく眺めていると、見慣れた白い花弁が目に留まる。

 ふむ、月灯草も順調に株分けが進んでいるようだな。


「ふぇっふぇ。お待たせしましたのう」

 

 老婆が運んできたお盆からは、芳しい香りが溢れ出ていた。

 テーブルにカップを置くと、ティーポットから琥珀色の液体を注ぎ始める。

 そして甘い匂いが漂う小さな小瓶を、さり気なくカップの横に添える。


 先ほどとは打って変わって嬉しそうに唇を綻ばせたシュラーは、そそくさと小瓶をカップに傾けてから口元まで持ち上げる。

 そのままうっとりした顔でしばし香りを楽しんだあと、一口飲み干して満足気に頷いてみせた。

 うーむ、白桃を与えた時の双子そっくりだな。これは間違いなく親子だ。


「こんな美味しい香茶は始めてです」

「ふぇっふぇ、気に入って頂けて何よりですじゃ。ささ、お茶受けも召し上がってくだされ」


 皿に盛られていたのは、茶色い焼き菓子のようだった。

 一つ摘んだシュラーは、またも唇を盛大に緩ませる。

 さっきまでのキリッとした雰囲気が、嘘のような寛ぎっぷりである。

 …………甘味とは恐ろしいものだな。


 吾輩も焼き菓子に手を伸ばして、肩のカラスに差し出してやった。

 ムーは相変わらずの濁った鳴き声を上げつつ、焼き菓子を嬉しそうについばむ。

 途端に、何か怪しげな音が遠くから聞こえてきた。


「さて、今日はいかがしましたか? シュラー様」


 音の発生源を尋ねようとした矢先、老婆が話を切り出してしまう。

 問われたシュラーは、すっと背筋を伸ばしてカップをテーブルに戻すと老婆へ向き直った。


「ええ、実は昨日のあの妙薬について、少々お聞きしたいと思いまして」

「あの血止め薬ですかのう? 中々の出来栄えでしたじゃろ」

「はい、正直、とても驚きました。あれほどの効能を持つ薬は見たことがありません」


 シュラーの率直な賞賛の言葉に、薬師は照れくさそうな笑みを浮かべた。

 それから急に悪戯っ子のような顔になって、吾輩へ片目を閉じてみせる。


「実はですのう。あの薬の元は、こちらの骨のお方が取ってきてくれた薬草なのですじゃ」

「そうだったんですが。そんな方に、私はなんて真似を……。重ね重ねお詫びさせて下さい」


 またも教母の女性は、素直に頭を下げてくる。

 うーむ、またも印象が変わってしまったな。

 そんなに頑なな性格ではないのか。


「……それで宜しければ、教会の方にも少し分けて頂きたいのですが」

「はいはい、お安い御用ですよ」


 気になった吾輩は、どうして教会が血止め薬を必要とするのかを老婆を通して尋ねてみた。

 昨夜の行為を気にしていたのか、シュラーはかなり踏み込んだ話をしてくれた。


 彼女の信奉する創聖教というのは、この世の全てを創造したと言われる創世の母神を崇める団体である。

 宗教といえば色々面倒な戒律が思い浮かぶが、創聖教の根源の戒律は唯一つのみ。

 ――意味なく生命を奪うことへの禁忌である。


 その教えを守るため、彼女たちには神を通じて癒やしの秘跡を授かっている。

 ロナが手をかざしただけで、傷を塞いで見せたアレのことか。


 この秘跡の行使には、ちょっとした制約がついている。

 一つは秘跡を授かる司祭の資格は、母となれる女性のみであること。

 もう一つは母となった女性は、その力を我が子へ譲り渡すというものである。


 なるほど、だからあの時、教母であるシュラーは村長を助けるために動けなかったのか。 

 

 そして彼女たちは、その教え故、生を奪うだけの者たちを見過ごすわけには行かない。

 具体的に言うと、ずばり吾輩たちのような死を忘れた者アンデッドたちのことだ。

 終世を望む滅神の下僕である死者たちは、この世界にひたすら死を撒き散らすだけの超迷惑な輩であるらしい。

 うむ、かなり似通っている気もするが、ここは黙っていよう。


 ちなみに死者を消し去る祓滅の秘跡に関しては、子供が生まれてもそのままらしい。

 いや、そんな物騒な物も、早くなくしていこうよと思うのだが。


 シュラーも最初は、誰かが背後から吾輩たちを操っているのではと勘ぐっていたのだとか。

 しかし、吾輩たちが行った数々の生産的な行いを聞いて、考えを改めてくれたと。 


「あなた方の見た目は、確かに忌まわしき死者そのものです。けれど娘たちやゾーゲン村長のお話を聞くかぎり、全てを壊そうとする滅神の穢れに取り憑かれているとは、到底思えませんでした。それにエイサン様のお手伝いまでされていたなんて……」


 うつむき気味に言葉を選んでいたシュラーだが、不意に顔を上げると吾輩へ手を差し出してきた。

 いつでも地面を動かせるよう杖を握りながら、空いた手で握手を交わす。

 これでひとまず、一件落着かな。


 ただ、絶対にこの女性を洞窟に近づけては駄目だな。

 黒棺様を見たら、問答無用でピカーとしそうだ。


「では次は、この老いぼれの番ですな。まずはこれを御覧くだされ」


 老婆が五十三番に手伝ってもらって運んできたのは、美しい灰色の毛並みを保った毛皮であった。

 なめしを頼んでいた狼の毛皮が、ようやく形になったらしい。


 おお、かなり手触りは固いが立派な仕上がりだな。

 これなら売り物にしても、十分に通用しそうだぞ。


「ええ、ええ、そう仰られると、老骨に鞭打った甲斐がありますのう」


 加工の目処はついたようなので、あとはこれを参考にして量産体制を作っていけば良いか。

 うん、大変ご苦労だったな。


「ふぇっふぇ、次は取って置きの品でござい――」 

「ギャッギャオ!」


 老人の言葉の途中で、ムーが急に羽ばたき始める。

 そして吾輩の肩を蹴って、庭の方へと飛び去ってしまった。

 あのカラス、何か興味が湧くとすぐに見に行くな。


「気が早い鳥ですのう。さ、皆様もどうぞこちらへ」


 ニッコリと微笑んだ老婆は、吾輩たちを庭の奥へと誘う。

 またも緑の小路を通り抜けていると、聞き慣れた音が響いてきた。

 

 同時に畑の一角に、何かが立っているのが目に飛び込んでくる。

 地面から垂直に建てられた細い木の棒。

 それと交差するよう括り付けられた、垂直の横棒。

 丁寧に布切れが巻かれた胴体部分。


 そこに居たのは畑を守る番人、案山子だった。


 案山子の頭に、ムーの真っ黒な体がとまっている。

 小うるさい物音は、そのカラスの足元から響いていた。

 ……ガチンガチンと。


 慌てて案山子に近寄った吾輩は、正面からその姿を確認する。

 案山子の頭部分、それは人の頭蓋骨そのものだった。


 

 そしてその頭骨は、吾輩へ向けてガチンと顎を噛み合わせてみせた。



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