第九十三話 僻村のこれから
村の現状を確認してみたところ。
現在の世帯数は十七。
総人口、五十二人。
十年前にここへ移り住んだとのことだが、年寄りはほとんどおらず村長でさえもまだ四十二歳である。
ちなみに薬師のエイサン婆は元からこの地に住んでいたそうで、流れ着いた村長たちを色々と手助けしてくれた恩人らしい。
村は川の東側に沿うように建物が半円状に立ち並び、村の中央には小さな広場がある。
川からやや離れた位置に村の中心部があるのは、ここに飲料用の井戸があるせいだとか。
一番大きな建物は広場正面の宿屋を兼ねた教会であり、教母シュラーとその娘たちが暮らしている。
村長やダルトンの家も広場に面しているが、鍛冶屋の家は川沿いにある。
そもそも鍛冶屋といってもこの小さな村でそれ一本で食べていけるはずもなく、普段は畑仕事で暮らしを立てているそうだ。
商店などもなく、大工や猟師などの専門職もいない。
本当に農夫ばかりのちっぽけな集落である。
居住区をぐるりと取り囲むように畑が作られており、川に近い砂地は黒麦を、森に近い粘土質の場所で小麦を育ている。
黒麦は粗挽きの粉にして日持ちのするパンに、小麦は粥にしたり麺にしたりと。
それと余った土地で季節の野菜を育てて、何とかギリギリ食うに困らずのレベルといったところらしい。
その割には、ロナとか双子はかなり飢えていたような気もするが。
疑問を呈すると、教会は土地を耕さず寄進と宿の収入で生活しているので、やや他より貧しいのは仕方ないそうだ。
清貧と聞こえは良いが、子供が腹ペコなのは駄目だろう。
村の東、少し森に入った場所に薬師の庵と薬草畑があり、その奥にそびえ立つ大樹の根本に死者が埋葬される習わしとなっている。
きちんと墓を作れるほど、土地が余ってないのか。
現在、耕作地がある場所は、入植時からある程度開けていたので、開拓に大きな困難はなかったとの話だ。
だが森を切り開くには、人力が不足しすぎてどうにもならなかったと。
切り株一つ取り除くのにも、牛を使っての半日仕事らしいからな。
しかもその牛一頭もいない有り様だ。
さらに森の中には、凶悪な獣どもや呪われた死者が棲んでいる問題もある。
そのための柵であったが、燃やされてしまい安心して農作業出来ないという新たな問題に発展してしまったようだ。
聞いてみた話の中で、ざっと課題点を上げてみると。
まず村の若い世代があまり育っていない点。
これは単純に人口を増やす余裕がなかったのと、新たに入植者が来なかったというのが大きいだろう。
解決するには耕地面積を増やして、移民を募れば解決だな。
「そうはおっしゃいますが、こんな僻地に人が来るはずも……」
商家との伝手が出来たのだろう。そちらから人手を送り込んで貰えれば良い。
この土地が気に入れば、移住してくれるかもしれんぞ。
まずは大工や石工辺りを寄越すよう、交渉してみてはどうだ?
「職人ですか?」
毛皮や絹糸を売って金に変えるにしろ、産業に据えるなら作業用の建物が居るだろう。
それに住み家を作ってやれば、人も増えやすくなる。
「なるほど、良いお考えですな。早速、掛け合ってみましょう」
「待ってくれ、村長。その職人たちを雇う金はどうするつもりだ?」
「それなら黒絹糸を売った金がまだ十分に残っている。それに新しい糸も頂いたばかりだしな」
「なら是非に馬屋、いや荷馬車も置いておける建物も頼む」
「おいおい、業突く張りだな、ダルトン。ところで村長、俺の工房もそろそろ手狭でな」
何を優先するかは、お前らで決めると良い。
では次の課題は、耕せる土地が不足している点だな。
これは簡単だ。
森を切り開いて農地にしよう。
北に開拓地を伸ばしつつ、対岸の森も伐採しておくか。
「……あの、この時期は、麦の刈り入れで少々忙しくなりまして」
去年の秋頃に撒いた麦は冬を越し、龍の雨季が終わり夏が始まるこの時季が収穫時なのだと。
なるほど、それを狙っての男爵の地代取り立てという話だったのか。
毎年、収穫前に雨季が到来して川が増水し、溢れた水で麦穂が倒れてしまっていたそうだ。
早めに刈り入れれば実りは少なく、止むを得ず残った麦だけで我慢してきたらしい。
仕方がない。堰もあるが余裕が出来れば、村の側に土手か堤防でも築いてやるか。
「もしかして、骨王様が?」
ああ、吾輩が手を貸せば簡単に済む話だ。
それと柵作りも手伝ってやろう。
「あ、ありがとうございます!」
ただし柵を作るのは、森がある北側じゃない。
南側だけにするべきだな。
現状では森からの脅威は、もうほぼ考えずに済むだろう。
なので、今回のような賊が攻めてくる危険に備える方を優先しよう。
布切れの地図を指差しながら、柵を作る部分を示していく。
そう言えば村の南側はどうなっている?
「こっちですか。川沿いに街道まで続く道があるくらいですね」
村から南に三時間ほど下れば、街道橋とその衛兵の詰め所に着くらしい。
街道筋の他の村までは一日以上掛かるため、酒飲みたさに泊まりに来る衛兵どもか、行商人の荷馬車くらいしか使う者もいない道だそうだ。
ならそっち方は、今すぐ整備する必要はないか。
柵を作り衛兵を周囲に配備すれば、村の警護という課題も解決だ。
吾輩の提案に鍛冶屋は笑みを浮かべ、村長は満足気に頷いている。
ダルトンの方は未だに半信半疑で、婆さんに至っては鼾をかいていたが。
しかし、村長の様子を見るに、昨日死にかけた怪我人とは到底思えんな。
正直、洞窟まで呼び付けても全く平気そうに見える。
となるとやはり、わざわざ吾輩を村の中に招き寄せることで、村人たちにあからさまな見せつけを行ったという訳か。
それに会議の席に加われば、欲の強いダルトンへの抑止にもなると。
吾輩もなんだかんだと乗せられて、力を貸す羽目にもなってしまったしな。
……何とも食えない男になってきたな、村長。
作業に必要な下僕骨を連れてこようと腰を浮かした吾輩へ、急にぱっちりと目を見開いた婆さんが声を掛けてくる。
「ふぇっふぇ、難しいお話は済みましたようですのう。では行きましょうか」
うん、吾輩に言っているのか?
「ええ、骨のお方にですよ」
一体、どこに何をしに行こうというのかね?
「それはもちろん、この老いぼれめのあばら家でございますよ、骨のお方。是非、お渡ししたいモノがございまして。ふぇっふぇっふぇ」
そう言いながら老婆は歯の抜けた口を開き、いつもの気の抜けた笑い声を上げてみせた。




