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第九十二話 遺産の分配



 翌日、アルが洞窟まで呼びに来たので、村長の家を訪れる流れになった。

 色々と判断して欲しいことがあるらしい。

 本来なら向こうから出向くのが当たり前なのだが、流石に無理を押して怪我が悪化されると都合も悪い。


 それに折良く村まで運ぶ物もあったことだしな。

 昨晩の内に黒樹林まで出向いて、新たに黒い甲虫を三十一匹狩ってきたのだ。

 村の盗賊騒ぎが落着したからとて、吾輩たちまで一休みという訳にもいかんからな。


 欠損のない胴体に頭を付け替え、鬼骨の杖を持ち、カラスのムーを肩に止まらせて村へと向かう。

 背後についてくるのは、甲殻を持たせた投槍隊六体だ。

 さらに五十三番と守備隊六体も、護衛に付き添ってくれている。

 

「昨日の今日だから、あまり村人を刺激するなよ」

「分かってます。ただハッキリと上下関係は教えておいたほうが良いと思いますよ。吾輩先輩は脇が甘すぎます」


 いつの間に舐めたんだ。舌もないくせに。

 ま、言われてみれば、ちょっと温情気味な面もあるかもしれんな。

 だが上に立つ者は、それくらい大らかで良いと吾輩は考えている。


 なんせ当てに出来ない部下たちを、頭骨だけの時に散々見送ってきたからな。

 あの時代に、吾輩の忍耐力は大いに養われたといっても過言ではない。 

 

 今回も本来なら守りに定評のあるタイタスの方が付き人には良いのだが、昨日から連続で吸い続けたおかげで飢えが満たされて動く気になれないと言い切ったので免除してやったばかりだ。

 なんでも今日は、ロクちゃんと二体で一角猪を眺める予定だと言っていたな。

 

 もはや柵には見えない燃え残りを通りすぎ畑に足を踏み入れると、気がついた村人たちが次々と立ち上がり帽子を脱いで黙礼してきた。

 居住区に入ると今度は女子供どもが、慌てて頭を下げてから家の中に逃げ込んでいく。

 敵意のある視線はなかったので、一応は受け入れられているようだな。


 村長の家は、中央の小広場に面したやや大きめの藁葺の平屋だった。

 ちらりと見たが教会の周囲の土は取り除かれ、吾輩が掘り起こした穴も綺麗に埋められていた。

 もっとも焼けた荷車や、建物の壁の焦げ跡はそのままであったが。


「奥へどうぞ、師匠。あ、この殻は鍛冶屋さんのとこへ運ぶのですか?」


 黒い殻を持たせた投槍隊は、アルの案内で先に鍛冶屋の家に行かせることにした。

 火炉は川沿いにあるらしい。

 

 外に守備隊四体を立たせ、円盾を持たせた二体と五十三番を伴って中に入る。

 家の中は意外としっかりした造りだった。

 太い柱にガッシリとした梁が渡してあり、奥には煉瓦を積んだ暖炉も設えてある。

 手前の部屋にはテーブルと椅子があり、壁に仕切られた奥は寝室のようだ。

 

 椅子に腰掛けていた村長が吾輩に気付き立ち上がると、その横に座っていた二人も慌てて席を立つ。

 村長が薬師の婆さんの椅子を引こうとしたので、手を上げて止めさせる。

 老人に何度も立たせたり座らせたりは、余計な時間を食うだけだしな。


 一番奥の上座に吾輩が腰掛けると、三人の男も席に着く。

 下僕骨たちは吾輩の背後、五十三番は玄関のすぐ脇に立った。


「本日はわざわざ、お越しいただきありがとうございます。骨王様」


 村長の挨拶に鷹揚に頷きながら、洞窟に来たことのない小太りの男へ軽く視線を向ける。

 確かダルトンと呼ばれていたな。

 

 アクの強そうな太い唇の男は、吾輩の顔が自分に向いていると察したのか、たちまち頬が紅潮し額に汗を浮かべ始めた。


「あ、ああ、あ……、ああ、あの」

「何が言いてぇんだよ、ダルトン。喉になんか詰まったのか? ほら、水だ」


 鍛冶屋のウンドが差し出した木のコップを受け取ったダルトンは、焦り顔のまま一息に水を飲むと激しくむせる。

 その背中を擦りながら、ウンドは吾輩に片目をつむってみせた。


「ほら、落ち着け。王様はそんな怖くねぇぞ」

「……ケホッ、ゴホッ……し、失礼しました。ダルトンと申します」

「ガァガァガァ!」

 

 こら、ムー、笑うんじゃない。

 吾輩の肩に止まっていたカラスの唐突な鳴き声に、ダルトンは目玉を剥いて凝視してくる。

 ……もしかして、今のが返事と思われてしまったのか。

 

「ダルトンは銭勘定が出来ますから、村の助役をやって貰っております」

「こいつは村で唯一の豚持ちですからね。小金も溜め込んでいやがるし」

「余計なことを言うな! あっ、す、すみません」


 大声を出したあとで、男は泡を食った顔で吾輩に謝る。

 怯え過ぎだとは思うが、思い返すと村長や鍛冶屋も最初は似たようなものだったな。


 さて挨拶も終わったところで、吾輩をわざわざ呼びつけた議題について話してくれないか。


「はい、実はあの盗賊どもが乗ってきた荷馬車の件でして」


 詳しく聞いてみると、盗賊たちが村へ簡単に入れたのは行商人の荷馬車に隠れていたせいらしい。

 賊退治が終わったあとで村人たちが荷馬車を調べてみたところ、中には他に人が乗っておらず、様々な商品だけが手付かずで置いてあったのが判明したと。


 それで何が問題かというと、その荷馬車の処分方法を決めあぐねていたのだそうだ。

 まず持ち主がいないと言うことで、所有権自体は村で押さえても良いだろうとの結論にはなった。


 だが問題はその分配だ。

 特に馬は高価だが、世話をするにも金が掛かる生き物である。

 それでダルトンが引き取りたいと言い出して、判断に困った村長がより上の権威である吾輩に頼ったという流れか。


 うーむ、馬か。

 直に見てないが、命数はそれなりにありそうだな。

 それに馬と聞いて、パッと思いつくのは足の速さだ。 

 能力も期待できそうに思える。

 

 しかし棺に入れてしまえば、そこで存在は消えてしまう。

 他に利用法の少ない獣たちならそれで良いが、馬は便利な家畜でもある。


 生かして利用したり売り払うことで、それ以上の命数を持つ生き物が手に入る可能性も高い。

 それに道を整備できれば、死にかけの獲物を素早く洞窟まで運ぶ手助けになるかもしれん。


 …………ここは、保留だな。

 荷馬車の中のものは何があった?


「えっと、干した果物に油の樽、あとは靴と腰帯、布がかなり。香油の瓶と櫛、石鹸とロウソクもありましたね」 

「王様が欲しそうな武器の類で言えば、弓の弦が数張りと、あとは修繕道具に、鋤が数丁ありましたぜ」


 他にも塩漬け豚肉や香辛料、葡萄酒の小さな酒樽もあったらしい。

 べらべらと話してくれる村長や鍛冶屋に比べ、ダルトンはむっつりと押し黙ってしまっている。

 ふむふむ、中々に欲深な男のようだ。

 こういった人間のほうが、正直言って扱いやすい。


 村長のように生真面目で責任感の強い奴や、鍛冶屋のように自由勝手に動く奴は、たまに予想外なことをしでかすからな。


「それで、いかが致しましょう? 骨王様」


 うーむ、村の被害はどうだ?


「外柵はほぼ作り直しになりますね。麦も少し踏まれましたが、収穫に問題はなさそうです。えっ、他にですか? 教会の壁が少しやられましたが、建て直すほどじゃないですね。あとは……」


 最初の見せしめに一人、それと逃げようとした二人が死んだらしい。

 それと重症人といえるのは、ゾーゲン村長くらいだそうだ。 


 むむ、賊どもめ、簡単に無駄にしてくれたものだな。

 五人分の魂を得たが、三人分を引くと60しかない計算になってしまうぞ。


 思わず腕組みをした吾輩に、村長がそっと耳打ちしてくる。


「その……亡骸ですが、今は教会に安置しております。こちらで弔ってもよろしいでしょうか?」

 

 ああ、それは好きにしろ。

 農民の魂では、能力や技能は期待できないしな。


 農耕的な技能が黒棺様の興味外なことは、前に大量の盗賊たちの死体を投げ込んだ時に判明している。

 あいつらは砦の側の畑を耕していたし、壁の修理や料理も行っていた。

 だがそういった生活に必要な技能は、何一つ継承出来なかったのだ。


 つまるところ、黒棺様が吾輩たちに求めているのは戦う力、それだけなのだろう。


 よし、馬と荷馬車は村の共有財産にしろ。

 管理はダルトンで、ある程度なら私用に使っても良いぞ。

 飼育や保全に手を抜かれてはたまらんし、多少の飴を与えておかんとな。


 荷物の方だが金になりそうな物は、亡くなった三人の家に優先して回してやれ。

 食料は備蓄して、余った品は葬儀の席で振る舞うと良い。

 それと教会の修繕は村で手分けして手伝うようにな。


 あと一応、分配前に中身のチェックをさせて貰うぞ。

 吾輩たちに必要な物があれば、その時に頂いていくつもりだ。


「は、はい! 分かりました」 


 ざっと、こんなところか。

 あとは鍛冶屋に、胸当てを注文してと――。


「ギャッギャ!」


 不意に鳴き声を上げたカラスが、テーブルの上に降り立った。

 そして興味深そうに、広げてあった布をくちばしで突く。


 よく見ると布には、炭で描かれた細かい線が入っていた。

 てっきり卓布かと思っていたが、これは地図か?


「はい、村のこれからをどうしようかと。柵を作り直すにも、かなりの時間と手間と材料が必要となってきますので、その分担を決めておりました」


 ふーむ、それは興味深いな。

 もう少し、聞いておくか。




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