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第九十話 後片付け



 村長が無事助かったので、そこでめでたしめでたしと終れたら楽なのだが、そうも行かないようだ。

 何となく吾輩たちを受け入れる空気は出来たものの、やはり見た目の怖さが勝るのか、村人たちは遠巻きに群れたまま近寄ってこようとはしない。


 こちらとしては盗賊どもが生きている間に、さっさと洞窟に運んでおきたいのだが。

 怪我人の村長を石畳の上に放ったらかしに出来るような雰囲気でもなく、かといって吾輩の仕草が伝わりそうなのは子供と老婆だけときた。

 

 どうしようかと動きあぐねていると、人混みの向こうから馴染みのあるダミ声が響いてくる。


「おう、何がどうなってんだ? ちょっと道を開けてくれ」


 村人たちを掻き分けて出てきたのは厳つい顔の男、鍛冶屋のウンドであった。

 キョロキョロと周りを見回しながら、吾輩のもとへ近付いてくる。


「おお、どうやら盗賊どもをとっちめてくれたようだな。流石は王様だ」


 うむ、賊は片付けたが、村長が怪我をしてしまってな。


「そりゃ大変だ! シュラー様、村長を早く教会へ。お婆ものん気にしてる場合か?!」

「ふぇっふぇ、村長ならもう大丈夫じゃ。安静にしておけば、治るのに一週間もかからんじゃろ」

「そうなのか。なら一安心だな」

「安心してる場合かよ、親父! 背中に矢が刺さったままだぞ!」


 二人の会話に割り込むように、浅黒い顔をした若者が泡を食った表情で駆け寄ってくる。


「お、やっぱりそうだったか。俺ではちょいと手が届かなくてな。すまんが抜いてくれるか、ギンド」

「いや、それ抜いちまうと血が……。えっ、本当に大丈夫なのか? 親父」

「ああ、さっさと頼む。やることが色々と控えてんだ」


 言われた通りに若者がウンドの背中から矢を引っこ抜くが、鏃に血痕らしきものは見当たらない。

 唖然とした顔で矢と目の前の背中を見比べる若者に、鍛冶屋は愉快そうに笑い声を上げた。


「ハッハ、どうよ、俺様の鋼の体は!」

「ええっ、何でだ? 確かに矢は刺さってたぞ」

「おっちゃん、強い!」

「とても固いの? すごいねぇ」


 双子にパチパチと拍手され皆の注目が集まったせいか、鍛冶屋は照れくさそうに笑いながら力瘤を作ってみせる。


「ま、まさか、親父。呪われちまって……」

「はぁ? 呪いだぁ。馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。種明かしするとな、ほらこれ着てたんだぜ!」


 いきなり肩脱ぎになる鍛冶屋。

 その上半身から覗いていたのは、真っ黒な胸当てであった。


 む、それは黒甲虫の殻か?


「ええ、王様に自由に使えって言われたやつで、これを作ってみたんだが中々に良い物が出来ましたぜ」


 ああ、自由じゃなくて、失敗した場合の予備部品だったんだが。

 まあ良いか。魂を一つ救えたのは、非常に大きい功績だしな。


「へへ、このおかげで命拾いしたって訳でさ。でもこれで安心して、王様たちにも着て貰えそうだな。その、あばら骨が剥き出しなのは、どうにも見てて心配になっちまって」

「最近、一人で何かしてると思ったら、そんな物作ってやがったのか……」


 なるほど、これは良いな。

 ところで、やることが控えてると言ってなかったか?


「そうだ! 実は外の柵がまだ燃えたままなんで」

「何だって! 柵が燃えてる?」

「大変だべ、畑に燃え移っちまうべ!」


 鍛冶屋の言葉に、村人たちは慌てふためきだす。

 仕方がない。もう少しだけ手助けしてやるか。


 鍛冶屋、ここを片付ける人間と、柵の消火に行ける人間に分けられるか?


 教会らしき建物の壁回りは、火消しに使った土が山盛りになっている。

 荷車もひっくり返ったままだし。


「おう、分かりやした。ダルトン、ここを任せていいか?」

「あ、ああ。よし、まずは村長を教会に運ぶぞ。手が空いた奴は踏み鋤を持ってきてくれ。中の椅子も元通りにしないとな」 


 やっと動き出した村人の様子に、胸を撫で下ろそうとしてはたと気付く。

 吾輩の胸郭は、胸骨を中心に肋骨のほとんどが消え失せていた。


 ……本当に危険すぎるぞ、あのピカーって光は。

 耐性を付けていなかったら、本気でヤバかったかもしれんな。


 その危険人物である女性は、双子を吾輩の足元から抱え上げるとロナをそっと引き寄せる。

 そしてもう一度、吾輩へ厳しい視線を向けたあと、踵を返して去っていった。

 一時休戦というわけか。


「貴方たちには、色々と聞いておきたいことがあります。ちょっと向こうでお話しましょうか」

「御使い様のこと? 私も母さんにいっぱいお話したいことがあるの」

「いえ、その前の無断で森に入った件です。私はちゃんと言い付けておいたと思ったのだけど」


 瞬時に青褪めたロナと急に居眠りを始めた双子を見送ってから、吾輩は杖をついて立ち上がる。

 軽くよろけそうになったが、近寄ったアルが手を伸ばして支えてくれた。


「父を助けて頂いてありがとうございます、師匠」


 いや、こちらこそ助かった。

 それとさっき庇ってくれた点もな。


「いえ、僕は全然、役立たずでした。もっと……もっと、僕にも力があれば」


 何やら青い悩みがあるようだが、そう気に病むこともない。

 今のままでも、十分に勇気はあると思うぞ、少年。


 アルに手を貸してもらいながら、吾輩は下僕骨を連れて来た道を引き返す。

 三人の盗賊を背負ったタイタスも一緒だ。


 その後ろから鍛冶屋のウンドや村人たちが、鋤や手斧を抱えてついてくる。

 畑と柵の間にやや距離があったのと、風があまり吹いてなかったおかげか、火が燃え広がっている様子はほとんどなかった。


 とりあえず目についた部分には、土槍を作って片っ端からぶつけさせていく。

 これ、わざわざ近寄る必要がないので、かなり楽ちんだな。


 ロクちゃんと五十三番はすでに引き上げたようだ。

 踏み荒らされた畑を見て、村人たちは嘆き声を漏らしていた。


 日が完全に落ちる頃には、柵の火を無事に消し終える。

 暗くなってしまったので、ボロボロになった柵の修理や畑の見回りは明日にするらしい。

 それと死んでしまった村人の回収も。


 この後のことは、彼らの仕事だ。

 大きく手を振って別れを惜しむ鍛冶屋に背を向けて、吾輩たちもやっとのことで洞窟への帰路につくことが出来た。




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