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第八十九話 覚悟



「おどきなさい、ロナ! サーサとビービも何をしているの?」


 

 焦りを含みながらも、凛とした女性の声が広場に響く。

 吾輩を睨みつけるその視線は、氷柱にように鋭く冷え切っていた。


 声に気圧されたのか、吾輩の足にしがみついてた双子がビクリと背筋を伸ばす。 

 だが幼子たちは、激しく首を横に振って抗ってみせた。


「いやぁいやぁ!」

「骨さんをイジメちゃいやなの!」


 懸命な娘たちの訴えに、母親らしき女性はまごついた声を上げる。


「貴方たち、どういうこと……? その忌まわしき者を知っているの?」

「はい、その骨の方は僕たちの知り合いなんです。決して悪い人じゃありません」


 女性の問い掛けに答えたのは意外にもロナではなく、人混みを掻き分けて姿を現したアルだった。

 弟と手を繋いだ少年は、女性の傍らを抜け吾輩の側までやってくると、ロナの横に寄り添うように立った。


「何言ってんだ?! 骨だぞ、そいつ。どう見ても、黒腐りの森の呪われた奴だろ!」


 アルの言葉に反発するように、女性の横に居た小太りの男が叫ぶ。


「そうだ、呪いの骨だべ!」

「どうなってんだ? おめぇたちがそいつらを村に引き入れたのか!」

「なんて恐ろしいことをしでかしたんだい?! この子たちは」


 さっきまで石のように固まっていた村人どもが、口々に声を張り上げ始めた。

 危機からやっと逃れられたことで、その反動が来たのだろう。


「違います。そうじゃないんです」

「何が違うってんだ? お前らももしかして呪われちまったのか?」

「なんてこった。おらたちも骨にされちまうべ!」

「お願いです。ちゃんと話を聞いて下さい」


 興奮し騒ぎ立て始めた人々には、少年の必死な弁明は届かないようだ。

 このままでは遠からず、村人たちは恐慌状態に入ってしまうな。


 少しずつ戻ってきた指の感触を確かめながら、吾輩は屈んだ状態で周囲の様子を窺った。

 まだ本調子ではないが、子供を盾にすれば逃げるくらいは余裕か。

 女性の方も場の雰囲気を察したのか、問いかけるような視線のまま一歩前に進み出る。


「どのような理由であれ、不浄の存在を認めるわけに行きません。それが私たちをお守り下さる創天の神々の定めなのですよ、ロナ。大丈夫、貴方たちの穢れは、私がすぐに祓ってあげるから安心して。さ、こちらへいらっしゃい」


 慈しみの溢れる声で、母親は娘たちに語りかける。

 ずっと黙りこくっていた少女は、その言葉に弾かれたように顔を上げた。

 そして肩を震わせながら、言葉を絞り出す。


「うん、……守ってくれたの、神様みたいに」

 

 少女の独白のような一言は、周囲のざわめきに波紋のような静けさを呼び込んだ。


「森に入った私が盗賊にさらわれた時に……。死ぬかもって、もう誰にも会えなくなるんだって思ったけど、そんな私を助け出してくれたの。それからあとも、色んな美味しい物をくれて、村のためにもいっぱい凄いことをしてくれて……。本当に、ずっとずっといっぱい守ってきてくれたの」

  

 潤んだロナの声に、人々は話すを止め静かに聞き入り始める。


「その見た目とかは、母さんがいつも言ってる天の神様とはぜんぜん違うけど。ほ、骨の体だから怪しく見えるけど。でも、この人は私だけじゃなくて、この子たちやアルとニルや、あと村のみんなも守ってくださった御使い様なの。私にとってとても大事で特別な御使い様なの、母さん!」


 驚いた。

 ロナも内心では、違うと気付いていたんだな。


「骨さんは、ご飯くれたの!」

「お魚いっぱい! キノコもたくさん! あと白い桃がね、すっごく甘いのよ!」

「うん、桃甘いねぇ。とっても美味しいよ」


 ロナの言葉に被せるように、双子とニルが精一杯声を張り上げる。

 そして吾輩にギュッと抱きつくと、小さくグズグズと泣き始めた。


「えっと、みんなが食べた魚や猪や兎の肉は、この人が下さったものですよ」


 畳み掛けるようなアルの発言に、周囲は再びざわめきを取り戻しだす。


「た、確かに魚の差し入れは助かったな」

「おら猪食べたの初めてだったけど、あんな美味いものはあるんだなって驚いたっぺ」

「もしかして、兎がもう食べられなくなるのか?」

「おいおい、待て。子供の言葉だぞ、信用して良いのか?!」

 

 変わりかけた流れに、またも小太りの男が水を差す。

 だがそこに力強い助っ人が加わった。


「それなら俺が保証するぞ、ダルトン」

「村長!」


 吾輩の背後からタイタスに肩を貸して貰って現れたゾーゲン村長の発言に、村人たちは一斉に黙り込んで注目する。

 村人をぐるりと見回した村長は、吾輩に一瞬だけ視線を送った後、言葉を続けた。


「この御方は、これまで村を散々助けて下さったんだ。いつもなら龍の雨季で畑が水浸しになるのを、堰を作って防いでくれたり、この付近を荒らしていた盗賊を追い払ってくれたり。それに男爵様の地代の取り立てを賄ってくれた黒絹糸、これも骨王様から賜った品だぞ」


 玉のように汗を浮かべなら、村長は淡々と語っていく。

 先ほどまでの騒ぎが嘘のように、村人どもは真摯に村長の言葉に聞き入っていた。


「それだけじゃない。今も村を襲った賊を退治してくれたのは、こちらの骨の方々だ。それに火事を消し止めてくださったのも」

「そ、それが本当なら、いや本当なのか?」

「ああ、本当さ、ダルトン。それにまだある。……骨王様は、小鬼どもを退治してくれたんだ」


 村長がその言葉を発した瞬間、場の空気が一変して張り詰める。


「ま、まさか?!」

「嘘じゃない。この御方の杖を見ろ」

「…………小鬼の首だ」

「言われてみれば、あれ鬼の骸骨だぞ!」

「おお、おおおお。何てこった……」


 苦しそうに息を吸い込んだ村長は、村人たちに重々しく語り始めた。


「そうだ、骨王様は確かに怪しい方かもしれん。だがな、この村を容易くお守り出来る御力をお持ちなんだ。……俺は十年前の出来事を忘れたことはない。小鬼どもに襲われ、焼き尽くされた村の光景を……。仲間がバラバラにされて食われていくのを、ただ見てるだけしか出来なかったあの日をことを……。だから俺は決めたんだ。この村を守るためなら、何でもしてやろうってな。例えそれが地獄に落ちるような――」


 そこで急に言葉が途切れ、村長の顔が大きく歪んだ。

 同時に血の臭いが、一気に強くなる。


 今、この男に死なれたら大変困るな。

 ロナ、力を貸してくれ。


 村長をその場に寝かせ服をはだけると、脇腹に血が流れ出す刺し傷があった。

 盗賊の首領の短剣の仕業か。


 傷口の周囲を押さえながら、ロナに癒しの手を使うよう指示する。


「分かりました、御使い様。……こんな大きな傷は初めてですけど」


 ロナの手が熱を帯び、村長の怪我をじわじわと塞いでいく。

 同時に側にある吾輩の手も巻き込まれて、白い煙を上げながら溶けて行くが今は後回しだ。

 慌てて治療を止めかけた少女に、気にせず続けるよう指示する。

 一刻も早く血を止めないと、取り返しがつかなくなるぞ。


「はいはい、ちょっとこの老いぼれを通してくれませぬかのう」  


 聞き慣れたしわがれ声が響き、村人の後ろから萎びた老人がひょっこりと顔を出した。

 今までの騒ぎとはかけ離れた飄々とした雰囲気をまとった老婆は、皺まみれの笑みを浮かべると吾輩に小瓶を差し出してくる。


「どうぞ、骨のお方。良かったらお使い下され。あなた方のおかげで出来ました月灯草の血止め薬ですじゃ」


 ふむ、駄目元で使ってみるか。

 小瓶の中の液体は、独特の爽やかな香りを放っている。

 薬を傷口に垂らすと、たちまちの内に血が固まり始めた。

 おお、物凄い効果だな。

 

「……凄い。これなら何とかなりそうです」

「ふぇっふぇ。息が安定してきたね。もう大丈夫さ」


 首筋に手を当て脈を取っていた薬師の婆さんの言葉に、ロナは大きく息を吐いた。

 固唾を呑んで見守っていた村人たちも、大きく歓声を上げる。


 ふと顔をあげると、白い服の女性が吾輩の手元を覗き込んでいた。

 すっと上がった視線が吾輩と交わる。

 

 

 女性は何か言いたげに唇を震わせたが、結局黙ったまま静かに首を横に振った。




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