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第八十七話 悪党の最後


 

 畑を通り過ぎた吾輩たちは、村の移住区へと足を進めた。


 真っ先に目につくのは、軒を重ねる古びた木造の家たちだ。

 ほぼ隙間なく並ぶ家々の様子は、寄り添って生きざるを得ない村人たちの姿をどとこなく連想させた。


 畑から続く道は、そんな家の合間を縫うように村の中心部へと続いている。

 松明のような灯りが見えたので、たぶん村を襲った連中はそこにいるのだろう。


 タイタスを先頭に狭い道を急ぐ吾輩たち。

 広場らしきものが見えたと思った瞬間、不意に先を行く大きな骨が動きを止めた。

 

 無言のまま、前方の通路の角を指差す。

 ふむ、左右に一人ずつか。

 建物の影に潜んでいようと、発する気配までは隠せなかったようだ。


 杖を持ち上げてみせた吾輩に、タイタスは黙って首を横に振った。

 そのままスタスタと歩きだす。

 そうか、ここで地面を強く揺らすと、建物が崩れる危険性があるからか。

 

 大きな骨が広場に一歩踏み込んだ瞬間、凄まじい速さで銀色の影が左右から襲いかかった。


 一人は盾を構えた鎧姿の男。

 もう一人は長い剣を振りかざしている。


 タイタスの左手の盾が持ち上がり、盾ごと体当たりしてきた男へと向けられる。

 同時に右手の斧が、男の振り下ろす長剣を横薙ぎに払い落とす。

 

 激しい音と同時に、二人の男どもはあっさりと動きを止めた。

 本来ならどちらか片方を相手する間に、背後からもう一人が仕留めるという計算だったのだろう。

 だがそれが通用するのは、対象が普通の人間であるならの話だ。

 タイタスは二体の賊の波状攻撃を、いとも簡単に受け止めていた。


 自分たちが斬り掛かった標的が大きな骨であったことに気付いたのか、賊どもの動きが一呼吸止まる。

 その隙を逃さず、吾輩の歯噛みに合わせて投槍が空気を貫いた。 


 咄嗟に地面を蹴って、長剣使いは建物の角へと逃げる。

 盾を持った男はタイタスの正面へ身を移し、飛来する槍を間一髪でやり過ごす。


 だが交えていた長剣が失せたことで、タイタスの右手の斧はすでに自由を取り戻していた。

 正面に回った男を迎え撃つように、右側面から巨骨の斧が豪快に振るわれる。


 脇腹に食い込む斧に顔を歪めながらも、男はタイタスの顔面目掛けて片手剣を振り下ろした。

 軽く首を捻りながら、その一撃を避けるタイタス。

 合わせて鎖骨から生やした角で、刃を鮮やかに受け止める。


 男の剣は角に半ば食い込んだ状態で留まった。

 密接した間合いで動きを止める盾持ちたち。


 先に動いたのはタイタスだった。

 至近距離から突き出された盾の衝撃をまともに食らった男は、体を宙に浮かせたあとゴロゴロと地面を転がった。

 

 その刹那、通路の角から現れた銀の輝きが、一直線にタイタスに向けて突き進む。

 引いたと思われた長剣使いが、激しい踏み込みで突きを繰り出したのだ。


 水平となった長い刃は、無防備なタイタスの脇腹へと迫る。

 左手の盾を戻す時間はない。

 だがタイタスの守る盾は、もう一枚あった。


 滑るように地面を叩いた吾輩の杖の動きで、タイタスの側面から土の壁が急速に盛り上がる。

 それは真下から剣の腹を突き上げ、軌道を大きく斜め上へと変えた。


 驚きに顔を強張らせる男。

 そこに斧を投げ捨て身軽になったタイタスの右腕が、土の壁を突き破って突き出された。


 喉をがっしりと掴まれ、そのまま男は宙に持ち上げられる。

 何とかその体勢から長剣を振り回そうとするが、魂力を一気に吸い上げられて腕がだらんと下がってしまった。


 タイタスが手を離すと、男は力なく地面に倒れ込む。 

 盾を持った男も、伏せたまま動けないようだ。


 鍛冶屋の話では、賊の人数は六人。

 五十三番とロクちゃんが一人ずつ引っ張って、畑で一人、ここで二人。


 残った一人は、目を真ん丸にして広場の奥で吾輩たちを見つめていた。

 見覚えのある似合わない長髪に角ばった顔、それと固太りの体型。

 やはり今回の襲撃者は、砦にいた盗賊団の首領だったか。

 名前は確かドン・ドムロンと言ったな。


 ドムロンの傍らに、後ろ手に縛られた男が一人立っている。

 あの分かりやすいごま塩頭はゾーゲン村長か。

 吾輩たちを見て、明らかに胸を撫で下ろしているようだ。


「な、何だ? 骨だけで動いてやがるぞ……」

 

 いきなりの乱入者に、盗賊団の首領は引きつった声を上げて手に持った松明を振り回した。

 おかげでその周囲の状況が、克明に浮かび上がる。

 

 ドムロンの背後には、やや大きめの建物。

 ピッタリと閉じられた両開きの扉の前には、ひっくり返された荷車が置かれている。

  

 男たちに向かって歩きだすと、建物の中から大量の生き物の気配が伝わってきた。

 なるほど、立て籠もった人間を、逆に人質にして村長を脅していたようだな。

 

「と、止まれ、そこの骸骨! そうか、噂の屍使いだな。見えてるなら、この骨を止めろ!」


 喚きながらドムロンは、村長に短剣を突き付けた。


「おい、あの怪しげな骨を止めさせろ! 家に火を点けるぞ!」

「俺の言葉で、あのお方の歩みがどうして止まると? 骨王様が来られた今、もうお前は終わりだ」


 キッパリと言い切る村長に、ドムロンは狂人を見つけたかのような眼差しを向ける。

 首を振って辺りを忙しく見回しながら、首領は大声を張り上げた。 


「おい! レッジ、シュナックいねぇのか? 戻ってこい! オグはどこに行った?!」


 だがこちらへ駆けつける足音は、一切聞こえてこない。

 誰の助けも来ないことを察したのか、ドムロンは広場を取り囲む闇に目を剥きながら声を荒げた。


「もう一度言うぞ。こいつを殺されたくなけりゃ、今すぐ骨どもを引き上げさせろ! 金目の物が手に入りゃ、これ以上の手出しをする気はねぇ」


 全くもって馬鹿馬鹿しい妄言だ。

 村長が死んだら残念に思うが、代わりの交渉役を立てさせれば済む話でしかない。

 そもそもに骨に人間の人質が通用するとか、本気で考える方がどうかしてるぞ。

 それに多少の怪我なら、ロナに治させれば済むしな。まだ生きていればの話だが。


 そう考えながら地段波が届く範囲に足を踏み入れた吾輩を、予想外の出来事が待ち構えていた。 

 急にカツンと足音の響きが変わったのだ。

 

 そっと地面を見ると、そこに広がっていたのは石畳だった。

 広場の奥にだけ地面に石が敷き詰めてあったのだ。

 む、これでは土が動かせないぞ。


「そうだ、止まれ。そこで動くんじゃねぇぞ。おい、村長、いい加減お宝の在り処を教えろ!」 


 まあ、良いか。

 もう少し近づけば、熱を感じ取れる距離だしな。

 そのまま歩き出した吾輩に、ドムロンはギョッとした視線を向ける。


 その一瞬の戸惑いをついて、縄を振りほどいたゾーゲンが体当たりをかました。

 二人の男は、もつれ合って倒れる。  


 地面に仰向けになりながらも、ドムロンは松明を建物目掛けて投げつけようと試みた。

 その瞬間、黒い影が空から舞い降りる。

 

 それはどこから現れたのか、一羽のカラスであった。

 ムーのくちばしで手首を強かに突かれた盗賊の首領は、大袈裟に声を上げて松明から手を離す。

 

 そこに絶妙のタイミングで、吾輩が踏み込んだ。

 ――炎よ、燃えろ!


 吹き上がった松明の火が、瞬く間にドムロンに燃え移る。

 全く洗った様子もない長い髪が即座に燃え上がり、顔面に火の粉を飛ばした。


「あ、ああああぁぁわわ」

 

 悲鳴を上げながら、盗賊団の首領は村長を突き飛ばして地面を転がり回る。

 だが吾輩が精霊を送り込み続ける限り、火はたやすく消えることはない。


 立ちどころに服を包み込んだ炎は、次いでドムロンの恐怖に満ちた顔を焦がし始める。

 どう足掻いても火が消せないことに気付いたのか、男は燃え盛る手で吾輩を指差した。


「こ、この火、まさかお前、ニルゴなのか?」


 何度も否定しているが、全く骨違いだ。


「そうか、砦を燃やしたのもお前か、くそ、くそぅ、ちくしょうぅうう」


 うむ、それは正解だ。

 のたうち回りながら、ドムロンは呪いの言葉を吐き続ける。

 だがしばらくもしない内に、男は動くのを止め静かになった。


 まだ魂力が残っているのを確認した吾輩は、火の精霊に干渉し勢いを少しずつ弱めていく。

 折角だから魂も回収したいしな。


「ギーギー!」 


 ドムロンの焼き加減を調整していると、吾輩の肩に止まったムーがうるさい鳴き声を上げた。

 何事かと思って顔を上げた吾輩の眼に飛び込んできたのは、派手に火を吹き上げる建物の姿だった。


 よく見ると、ドムロンが転げ回った場所から建物までの石畳に、炎が線のようにつながっている。

 む、この臭いは、地面に油を撒いてあったのか。

 ずる賢い盗賊だけのことはあるな。


 感心する間もなく、建物の壁は轟々と燃え盛り始めた。 

 おおっと、これはちょっと不味いかもしれんな。



「うーむ、どうして吾輩が絡むと、派手に燃えてしまうのだろうか……」



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