第八十五話 はぐれ村攻防戦の開始
「…………随分と派手な歓迎会だな」
目を凝らすと、火の粉が舞う柵のすぐ側にうつ伏せで倒れている人の姿が見える。
三十歩以上の距離があるので気配も魂力も感じ取れないが、あんな熱そうな場所でわざわざ寝てるとは到底考えにくい。
「吾輩先輩、あそこを」
五十三番がスイっと手前の地面を指差す。
柵から離れていたので気付きにくいが、そこにもうつ伏せの人影が見える。
違っていたのは、その背中。
ニョッキリとニ本の矢が突き出していた。
「逃げようとして、後ろから撃たれたのか。どうするよ、吾輩さん? アンタの大事な村が襲われてるようだぞ」
「倒す?」
「うむ、ロクちゃんは話が早いな。ここまで手を貸してきた村だ。見捨てるには惜しすぎる」
「村人を追い詰めるために、柵に火をつけたんでしょうか? いや逃さないためか……」
「ふーむ、もう少し中の様子が分かれば動き易いんだが」
吾輩の呟きに杖に止まっていたカラスが、音もなく飛び上がった。
村の様子でも探ってきてくれるかと思ったら、カラスは背中に矢を生やした村人の頭部に舞い降りる。
吾輩の方へ振り向いたカラスは、カチリとくちばしを鳴らしてみせた。
「あ、まだ生きてますね。アレ」
確かにここからだと、かすかに気配が感じ取れるな。
「よし、吾輩が行こう」
見つからないよう身を低くして薮から這い出た吾輩は、そのまま地面にぴったりと身を寄せる。
そして手にした杖を伸ばし、軽く足の辺りを小突く。
途端、地面が小さく持ち上がり、波のようにうねりながら吾輩を前方へ押し出した。
文字通り滑るように村人の側に押し流された吾輩は、その体を抱えると今度は逆側の地面を揺らす。
音もなく戻ってきた吾輩たちを、薮から突き出た太い骨の腕が引っ張り込んでくれた。
ひっくり返してみると、村人は見慣れた顔の持ち主、鍛冶屋のウンドだった。
数度、頬を叩くと鍛冶屋は薄っすらと目を開けて吾輩たちをマジマジと見たあと、またも固く目をつむってしまう。
おい、何をしてるんだ?
「あっ、王様ですかい。てっきり、あの世に辿り着いたかと思っちまって」
安心しろ、ここはまだこの世だ。
ところで村に何があった?
「ああ、そうだった。大変なんでさ、王様。デムカの馬車、えっと、デムカってのは村に来る行商人なんですが、そいつの荷馬車を広場に入れたら、中から武器を持った男どもが、あっという間に現れまして。で、運良く村長と女子供どもは宿屋に居たんで助かったんですが、外から火を点けるぞって脅かされて……。俺は隙を見て、助けを呼びに行こうとして、柵を超えたところで……何か、背中に…………、あれ?」
そうか、良くやった。
馬車から出てきた男たちは何人だ?
「……えっと、襲ってきた奴の数ですか? 確か六人で、盾を持ったのが二人、弓を持ったのがニ人いました。頭目らしい奴は、剣を下げてましたね」
ふむ、それぽっちの人数なら力押しで余裕だな。
中々、良い情報だった。礼を言うぞ、鍛冶屋。
「えーと、お役に立てて幸いです。ところで……その、俺の背中ってどうなってます?」
それはもう気にするな。お前はここでゆっくり休んでおけ。
あとは吾輩たちに任せると良い。
吾輩の仕草を理解したのか、鍛冶屋は深々と息を吐くとぐったりと地面に横たわった。
さて、行くとするか。
「タイタスを先頭に、守備隊を展開させよう。その後ろに投槍隊を配置して、まっすぐに村の中央へ向かうぞ」
「吾輩先輩、僕の守備隊は猪を運んで行ったのでいませんよ」
「あ、そうだったか。となると、弓持ちが面倒だな」
「それじゃあ、僕とロクちゃんで先行して始末しますよ」
「倒す!」
「うむ、任したぞ。では五十三番とロクちゃんは、柵に沿って敵をおびき出してくれ」
村の片側は川とほぼ隣接しているため、柵は村の建物の外側にある畑を囲むように半円状に立てられている。
射手はその畑の中に潜んでいるのだろう。
赤々と光を放つ柵の縁を、白い骨がそれぞれ左右に走り出した。
しばらくの後、ヒュンヒュンと音を発しながら、矢が村の方から飛んでくる。
矢を放ち終えるとすぐに移動しているのか、潜んでいる場所が掴みにくい。
ま、二体を追いかけて行ったようだから、後の始末は任せよう。
「じゃ、俺たちも行くとすっか。吾輩さん」
「よし、投槍隊はタイタスへ続け」
吾輩の号令でしゃがんでいた六体の骨が立ち上がり、大きな骨に数歩遅れて歩きだす。
その骨の中に紛れるようにして、吾輩も後に続く。
燃え盛る柵に近付いたタイタスは、一瞬、盾を構えて身を低くしたかと思ったら、恐ろしい勢いで突き破ってみせた。
まあ、腰の高さほどしかないから、跨いでも良いんだがな。
大きく破壊された柵の穴を次々とくぐり、骨の一団は初めて村へと足を踏み入れた。
そのまま村の中央へと向かおうとした吾輩たちだが、すぐにその足を止める。
派手に柵をぶっ飛ばしたせいで、あっさり気付かれたようだ。
吾輩たちの進路に立ち塞がるように、一人の男が大きな盾を構えていた。
背丈と持っている盾の大きさは、タイタスとほぼ互角。
持ち上げた右手に見える武器は、突起が大量についた丸い打撃部分を棍棒の先に鎖で繋いだ連接鎚矛と言われるものだ。
拳大の棘付きの物騒な鉄の玉を、これみよがしにグルングルンと振り回している。
アレを食らったら、流石にタイタスでも骨が砕けるだろうな。
しかも棍棒部分を受け止めても、鎖の先は盾を飛び越えてくる厄介な仕様だ。
「……だから、この骨数相手でも何とかなると言いたいわけか」
甘すぎる。
まだ一角猪のほうが、強敵感はあったぞ。
「左右に広がって、槍を構えろ!」
吾輩の号令に、タイタスの後ろに控えていた下僕骨たちが一斉に動き出し槍を持ち上げる。
戦闘の始まる気配に盾を構えた男は、その後ろに隠れるように身を屈めた。
投槍を盾でしのぎきって、接近戦に持ち込む算段だろう。
それが出来ればな。
待ち構える男へ向けて、吾輩は持ち上げた杖を力強く地面へ叩きつけた。
――地段波!
大地を揺らす波は、吾輩から離れていくごとに大きさを増していく。
そして男の足元で波は最大限に達した。
ぐんと盛り上がった土に足を取られ、男の姿勢が大きく崩れる。
驚愕を顔に貼り付けたまま、膝をついた男は連接鎚矛を手放して地面にしがみついた。
「……撃て」
無様な体勢になった男に向けて、六本の投槍が無情にも襲いかかる。
咄嗟に盾を向けるが、間に合うはずもない。
膝と肩を貫かれた男は、呻き声を漏らしながら崩れ落ちた。
すかさずタイタスが近付いて、男の盾を蹴り飛ばす。
そして起き上がろうとした男に、容赦なく斧を振り下ろした。
戦いはわずか数秒で決着が付いた。
「ふむ、ちょっとだけコツが掴めてきたな」
「ああ、かなりマシになってきたぜ。ま、あの小鬼に比べるとまだまだだがな」
土の波の大きさは、精霊に働きかける強さで変わってくる。
要はその加減で、出したい場所を調整すれば良いのだ。
これをさらに細かく出来れば、波のピークを目標物に合わせることが出来る。
そこで初めて地槍が完成するのだろう。
成果を確かめるべく男に近付いた吾輩だが、血に塗れたその顔に見覚えがあることに気付く。
「こいつ、確か盗賊の幹部の一人だぞ。名前はオグとか言っていたな」
そうそう、かなり無口な男だった。
しかし一時はあれほど恐れていた盗賊の幹部連中が、こんなに弱かったとは。
うむ、吾輩たちも強くなったものだ。




