第八十四話 村、炎上
さて、容れ物は出来たのだが、肝心の中身がない。
ということで、元砦までの出張となった。
採取用の下僕骨まで駆り出して、盗賊どもが耕していた畑と吾輩の農園を往復する。
芋だけ掘り出すと不味いようなので、わざわざ根っこごと土を持ち上げて、木の皮に乗せて運ばせる。
二日かかって、ほとんどの丸芋を移し替えることが出来た。
ちょうど一日目の夕方に、王都から戻ったゾーゲン村長が洞窟を尋ねてきた。
芋を黙々と植え直す骨たちの様子に眼を丸くしつつ、売り込みの成果を聞かせてくれる。
ふむ、前に話していたのとはかなり違ったが、それなりに良い方向に落ち着きそうだ。
特に食いついてきたのが、商人というのが良い。
騎士やら領主といった連中は、武力頼みの世界に生きているからな。
何でもすぐに荒事に発展してしまう。それは今の段階ではまだ不味い。
だが金の世界に生きてる連中は、暴力に頼る解決は余り好まないはずだ。
いざとなっても金になりそうな物を差し出せば、損得勘定で判断してくれるだろうしな。
もともと黒絹糸を無償で下げ渡したのは、こういう欲深な連中を引き寄せる狙いを考えてのことだ。
珍しい糸の話が広まれば、欲にかられて森に入ってくる輩はきっと出てくるだろうし。
そういう連中こそが、吾輩たちの新たな格好の獲物になってくれるはずだと。
まさに黒絹糸は、馬鹿な人間どもを釣り上げる釣糸なのである。
そして今回は、予想以上の大物が引っ掛かったという訳か。
ま、大物すぎて、こっちが食われるかもしれんがな。
「喜んでいただけで何よりです、骨王様」
うむ、当面の対応は一任しよう。
存分に金を毟り取ってやれ。
頭を深々と下げる村長に、粘糸がたっぷりついた円盾を手渡しておく。
完成した新しい盾は、鍛冶屋が先日運んでくれていた。
あとの気になる点は教会領云々だが、その辺りはロナにでも聞いておくか。
あの子の母親が教母とか呼ばれている司祭らしいからな。
もしや癒やしの力も、それ絡みなのか。
他に確認しておく点は……。
そういえば村長、吾輩の畑はどうだ?
「ええ、大変立派な畑ですね。その、前に来たときには、こんな様子ではなかったと思いますが……」
村長が王都に行ってる間に作ったと説明すると、目を見張りながらキョロキョロと見回し始める。
ふふん、驚いたようだな。
それはそうと、芋の栽培というのはどうやるんだ?
「ええっと、そうですね。丸芋は水をほとんど必要としません。土が乾いてきたなと思ったら、ちょっと湿らす程度で十分です」
そう言いながら村長は、土くれをひょいと掴み上げた。
団子状になっていた土は、簡単に崩れてしまう
「中々に良い土ですな。空気の通りが良い土は作物がよく育ちます」
そのまま手についた土を舐める村長。
腹が減ったにしても土を食うのはないだろうと思ったら、どうやら目的が違ったようだ。
「酸っぱい土はあまり作物が実りません。苦すぎるのも駄目ですね。この土は良い味がしますよ」
そんなことまで分かるのか。
ふむ、また色々と教えてくれると助かる。
「はい、喜んで。……王都には初めて行きましたが、建物は多いし人も大勢で驚くことばかりでした。でも、やっぱり俺は石畳を歩き回るよりも、ここで土を耕してるほうが性に合ってる気がします」
そうか。
吾輩もいつかは行ってみたいものだな、王都とやらに。
いや、早い内に行かないと不味いだろうな。
仲間が売り払われたままだし。
「それでは、骨王様。俺はそろそろ失礼いたします」
ああ、歓迎会があるんだったな。
早く村人たちを安心させてやれ。
「ああ、それですが、今日はもう遅いので明日の予定になりました。骨王様にも是非お越してほしいとは思うのですが……。まだまだ、みなを説得できず申し訳ありません」
気にするな。
吾輩らが顔を出しても、余計に混乱が起きるだけだ。
もっと落ち着いてからでも良いし、むしろずっと秘密のままのほうが安心できて良いかもしれんな。
それに受け入れられたとしても、言葉も喋れず、飲み食いも出来ぬ吾輩らが行ったところで、逆に盛り下がるだけだろう。
まあ気にせず、宴会を楽しめば良い。
ほら、これを持っていけ。
頭を落とした兎を手渡すと、村長は両手を持ち上げて受け取っていた。
村長が帰ったあとも芋を運び続けた吾輩たちであるが、翌日の昼前には作業を終え、もう一つの中身探しへと移行した。
そう、一角猪探しである。
この猪であるが、普通に考えれば気性が荒すぎて調教も効かず飼いならすのは難しいと予想できる。
そこで吾輩たちが狙いを絞ったのは、猪の幼体のほうだ。
以前、芋畑を猪が食い荒らした場所を見たが、その中に明らかに成体とは異なる歩幅の足跡が混ざっていたのだ。
子供ならまだ生きたままの捕獲もしやすいだろうし、幼児の躾なら吾輩の得意分野だしな。
そんな訳でまたも森の北西部へ繰り出したのだが。
「見つからねーな。……腹が減ってきたぞ」
「前の時も、かなり奥まで探しましたしね」
「倒す!」
「倒すなよ、ロクちゃん。今回は生け捕りなだからな、い・け・ど・り」
中々獲物に出会えないので、皆の不満が溜まっているようだ。
それに今回は羽耳族の子は留守番なので、ロクちゃんの機嫌もちょっとばかり悪い。
この状況を打破するには……。
「やはりやるしかないか。失敗すると目も当てられんがな」
「何をする気なんです? 吾輩先輩」
「それはな、…………名付けて骨海戦術作戦だ」
方法は至って簡単である。
一体ずつになった吾輩や下僕骨たちが、互いの間隔を開けてから森を歩いて探すだけだ。
前回は一つにまとまったまま探したため、範囲が非常に狭かった。
しかしこのやり方なら、広範囲を調べることが出来る。
もっとも、問題が一つあるが――。
中天にあった太陽が西へ寄り始めたころ、恐る恐る下草を掻き分けていた吾輩の背中に悪寒が駆け抜けた。
来たか!
どっちだ?
視界共有の範囲内には誰も居ないようだ。
ならばと、吾輩は頭骨を地面にべったりとつける。
おお、周囲の足音がハッキリと聞き取れるぞ。凄いな、聴覚鋭敏。
骨以外のものは……こっちか!
立ち上がった吾輩は、急いで四つ足の足音が聞こえた方向へ走り出す。
だが急いで駆けつけてはみたものの、どうやら吾輩は一番乗りではなかったようだ。
到着した現場では、すでに大きな一角猪は地面に横たわり、その傍らには腕組みをしたタイタスが突っ立ていた。
出会い頭に魂力を吸い取って、あっさり行動不能にしてしまったらしい。
「子猪はいたか?」
「いや、こいつだけだったぜ。まだ若い雄だな」
「そうか。こっちの被害はどうだ?」
「骨が一体やられてるな。見ろよ、これ」
タイタスが指差す先、猪の額から伸びる角の根本には、貫かれた真っ黒な盾があった。
強度に関しては、角の方が上手だったか。
当然この有り様では、持ち手の方も無事では済まなかったようだ。
地面に派手に散らばる骨片が、激しい衝突の跡を示していた。
「うう、よく頑張ったな。お前の犠牲は無駄じゃなかったぞ」
「ああ、そうだな。危険伝播ってやつか。意外と使えるな」
下僕骨たちの能力だが、現状では危険伝播は選択できない。
だから彼らは仲間が襲われても、まったく気付くことが出来ない。
だが実は、襲われたという信号自体は発信しているのだ。
そう、危険伝播という能力は、受信がメインなのである。
つまり今回の作戦は、下僕骨たちに移動する警報装置的な役割をしてもらったのだ。
信号に気付いた吾輩たちが現場に駆けつけるのが遅ければ、猪には逃げられてしまい無駄骨に終わるところだったので、間に合って本当に良かった。
「子猪は手に入らなかったが、こいつ一匹でも十分な収穫だ。今日は引き上げるとするか」
下僕骨に弱った猪を担がせて、洞窟へ引き返す。
今回も体が大きいので、切り取った部位を村へ差し入れするとしよう。
ちょうど歓迎会をやってる頃だろうしな。
森を抜けた瞬間、不意に黒い影が空から飛び掛かってきた。
羽音を響かせたそれは、器用に吾輩の杖の先へと留まる、
「おお、びっくりした。どうした、ムー?」
小鬼の頭骨の上で動きを止めたカラスは、吾輩へ汚らしい鳴き声を上げてみせた。
そしてまたも軽々と飛び立つ。
それほど調教が進んでないのでハッキリと意味は分からないが、どうやら付いてこいと言ってるようだ。
そっちは村の方角か?
「こんな態度は初めてだし、何かあったかもしれんな。ちょっと確認してくるよ」
「僕もお供しますよ」
「倒す!」
「ああ、俺も行こう。……そんなに腹が減ってないからな」
いつもの川原へ辿り着くと、夕暮近い陽が落ちかけの空に黒い煙が昇っているのが見えた。
まさか?!
慌てて移動速度を上げ、上空を旋回するカラスを追い掛ける。
こんなところまで下りてきたのは久々だなと考えていたら、急に視界がひらけた。
村の側に辿り着いたようだ。
そして顔を上げた吾輩の眼に飛込んできたのは、村を取り囲む柵が赤く燃え上がっている姿だった。




