第八十一話 新情報
村長たちが王都見学を楽しんでいると思われる頃、吾輩は応接室で溜め歯音を鳴らしていた。
昨夜の収穫物。
芋虫が二十八匹、うち死亡は二匹。
大量の粘糸。
月灯草が三株、これはロクちゃんが頑張ってくれました。
そして失った物。
下僕骨が三体。
矢が十六本。
小鬼の鉄槍が四本、これがとても悲しい。
もちろん優秀な装備を失ったことで、戦力が低下したのは残念だ。
だがそれ以上に吾輩の心を悲しませていたのは、下僕骨どもの見栄えだった。
そう、壁に並ぶ吾輩の近衛兵たちであるが、見た目があまりにも不揃いなのである。
前の骨八体に槍を持たせてビシっと並ばせたのは、凄く格好良かったのに……。
取り敢えず足りない分を誤魔化すために、鉄槍持ち、木槍持ちを交互に並べてみたが有り合わせ感が酷い。
そもそも木槍とか呼んでいるが、只の先を尖らせた棒でしかない。
超強そうな槍から木の棒へと激しい変化で、逆に落差が目立ってしまっている有り様だ。
これならいっそ、何も持たせないほうが良かったな……。
おかげで威圧感がかなり失せてしまった気がする。
目の前に座ってる老婆も、ケロリとした顔で吾輩を眺めているし。
「ふぇっふぇ、何やらこの老体に御用があるそうで、骨のお方」
「言いつけどおり連れてきましたぜ、王様」
うむ、ご苦労だったな、鍛冶屋。
村の方はどうだ?
「ああ、えっと村の様子ですかな? 村長と教母様が居なくて、みな気もそぞろといった感じでさ。さっさと上々な便りを持ち帰ってくれれば良いんですがね」
吾輩はあまり期待はしとらんがな。
むしろもっと厄介な事態が、始まったような気がしないでもないぞ。
「そうそう、鉄鉱石のほう随分助かりました。これで向こう半年は、大丈夫でさぁ」
そうか。なら早速、追加を頼むとするか。
吾輩が指をパチっと鳴らすと、下僕骨たちが黒い甲殻を次々と運んできた。
ちらりと通路を見ると、頭に羽耳族の子供を乗せたロクちゃんを、五十三番が羽交い締めしている姿があった。
グッジョブだ。
「おお、新たな盾の依頼ですかい?」
今回は小盾十枚と、円盾五枚で頼む。
「小さいのを十、丸いのを五ですな。ふーむ、ちょっと殻が余りますぜ?」
それは失敗した時のための予備だ。
吾輩も黒曜石で武器を作る時は、かなり無駄にしたものだからな。
「なるほど、これは自由に使えということですな。流石は王様、実に太っ腹だ」
「ふぇっふぇ、骨のお方の腹には、無駄な肉なぞちっとも付いておらんがのう」
「言われてみりゃそうだな、婆さん。えーと、実に痩せっ腹ですな、王様」
おい、それ悪口になってないか。
あと、婆さんもしたり顔で頷くな。
「それじゃ、俺はお先に失礼しますぜ。さてさて、忙しくなってきたぞ」
ウキウキとした足取りで、鍛冶屋は応接室から出ていく。
仕事熱心なのは良いことだが、どうも吾輩の言葉が今ひとつ伝わってないのが不安である。
……村長、早く帰ってこないかな。
「それで骨のお方、わしにどのようなご用向きですかのう?」
わざとらしい物言いに、吾輩は鼻を鳴らした。
と言っても鼻息は出ないので、気持ちの中だけだが。
指とパチパチと鳴らすと、下僕骨が今度は鍋を運んでくる。
その鍋の中に植えられているのは、白い花弁を持つ三輪の花だ。
長机の上に置かれた鍋の中身を覗き込んだ老婆は、大きく眉を持ち上げた。
「おお! 昨日の今日でご用意頂けるとは、流石は骨のお方ですのう」
ふむ、やはりそうか。
お主、吾輩たちを試したな?
「いやはや、滅相もございません。この老いぼれが、何をどうされたと?」
その花が本物だと、なぜ分かる?
ここには月明かりなぞ全くないぞ。
「なんと、これは偽物でしたか。勿体ぶって持ってこられたので、てっきり本物の月灯草かと」
おや、ではこの偽の花の名前なんだ?
草木に詳しい薬師なら、当然答えられるはずだが。
吾輩の屁理屈に近い問いかけに、年老いた薬師は皺だらけの口元を持ち上げて愉快そうに笑いだした。
「ふぇっふぇっふぇ。近頃はすっかり耄碌しておりまして、名前がすぐには出てきませんのう。ええ、ここまで上がっては来てるんですが」
わざとらしく老婆は首元に手を当ててみせる。
く、中々尻尾を出さないな。
とんだ狸婆さんだ。
ま、今回は大目に見てやろう。
本当に何も知らなかった可能性が、なきにしも非ずだ。
「ではこの花はありがたく。お礼を近い内にお持ちいたしますよ、骨のお方」
うむ、期待して待っているぞ。
ところで、お主はこの辺りにはかなり詳しいそうだな。
少しばかり、聞きたいことがあるのだが。
「この死に損ないで良ければ、何なりとお聞きくだされ」
この付近で生き物が、それなりに多く棲んでる場所を知らないか?
昨晩の芋虫の増加分から、下僕骨三体分を差し引いて総命数は709。
タイタスがいない時を見計らって、ネズミをこっそり二十匹追加して729。
少しづつ増加はしているが、目標値2000には程遠いのが現状である。
「ほほう、これまた変わった質問ですな。そうですのう、この近くだと……」
老婆の話によると、洞窟の北東部に当たる丘陵地。
あそこには兎の群れが生息しているのだとか。
この額に小さな角を持つ兎は、繁殖力が高い上に縄張り意識がとても強いのだそうだ。
うっかり巣穴に入り込むと、角を突き立てて追い払おうとしてくるらしい。
だからあの一帯は、手付かずだったのか。
そんな面倒な生き物がいれば、農地にするのは難しそうだしな。
ああ、そう言えば何か謎の巣穴が結構あったと、前に五十三番が言っていたような気がする。
すっかり忘れていたが、ネズミの巣穴だと思って後回しにしたんだっけ。
よし、これで次の遠征先が決まったな。




