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第八話 再びの恐怖



 吾輩の穴だらけの記憶によれば、蜘蛛というのは大きくても手のひらサイズだったような。

 だが世界は広い。

 犬ほどの大きさの蜘蛛がいても、さほど不思議はないのだろう。

 だとしたら手乗りサイズの犬も、どこかにいるかもしれない。

 …………いや、それは元から普通にいるな。


 追い詰められると、人は意外とどうでも良いことに思考が向いてしまう。

 それは、骨になっても変わらないようだ。



 現在進行形で、吾輩の頭骨はメッキメキと嫌な音を立てていた。



 理由は至極明白で 吾輩の上にバカでっかい蜘蛛が乗っかっているせいだ。

 ノックどころか足音一つ立てずに入ってきたこの無粋な客は、問答無用で吾輩の頭をペタペタ触った挙句、そのまま覆いかぶさってきたのだ。

 その重みで吾輩の頭頂部分が、今、非常に危険な状況にあるという訳である。

 

 これ限界が来たら、どうなるのだろうか?

 脳みそはないが、吾輩の意識はこの頭の骨に宿っている。


 バラバラになった場合、その破片に吾輩の自我は残るのだろうか。

 それとも――ピキリ。


 今、確実にヒビが入った音がしたぞ!

 ヤバイって、これ。

 現実逃避とかしてる場合じゃない。


 しかし吾輩の頭はガッチリと蜘蛛に抑え込まれ、逃げ出せるような余地は全くない。 

 蜘蛛の狙いは明らかに、吾輩の中に隠れているネズミどもだ。

 だがこいつら、さっきからピクリとも動こうとしないのだ。

 さっさと逃げ出してくれれば、蜘蛛の興味はそっちへ行くんだが。


 舌が残っていれば今頃、超高速で舌打ちしてるぞ、ネズ公ども!


 じれたのか、蜘蛛がさらに体重を掛けてきた。

 頭中がギシギシと、上げちゃまずい悲鳴を発している。


 あ、あ、あ、あ。

 マジでこれ、あ、またピキって言った!


 もしかして吾輩、また死ぬのか?

 骨の身体で蘇って、すぐに頭だけになって。

 それでも、まだなんとか生きながらえて……。

 なのにこんな簡単に、押し潰されて消えるのか。


 ――嫌だ。

 もう二度と死にたくない。


 頭の中にコウモリが棺に投げ込まれるシーンと、トカゲが棺に飛び込むシーンと、ネズミに齧られて誇らしげな吾輩の顔が続けざまに浮かんでは消えていく。

 って、今のもしかして走馬灯?

 みじか!


 ピキパキパキ。

 うう、大した心残りがないまま死ぬのが、心残りすぎる。

 吾輩はこのまま、あっさり死にたくなぁぁぁい!


 渾身の叫びを上げた瞬間、ふっと頭が軽くなった。

 何が起こったのか理解する前に、雨粒のようなものがパラパラと地面を打つ音が頭に飛び込んでくる。


 これは土?

 もしや! 

 

 視界を横に向けると、そこには左手を持ち上げた五十三番の姿が映っていた。

 土をすくって投げ付けてくれたのか。


 って、蜘蛛はどこ行った?

 意識を戻すと、影の重みはいつの間にか吾輩から離れていた。

 とは言っても、まだその前脚は吾輩に乗せられたままだが。

 獲物を手放す気は毛頭ないらしい。


 餌探しを邪魔された蜘蛛は、苛立たしそうに五十三番へ顔を向ける。

 対する我が友人は、左手を地面に突き立て新しい土を握り直す。


 

 睨み合う五十三番と蜘蛛。



 トカゲの時とそっくりの構図である。

 と、蜘蛛が動いた。


 一瞬で体を丸め、腹をクイッと持ち上げる。

 同時に白い何かが宙を飛んだ。


 速い!

 白いもやっとしたモノは、五十三番の左手を巻き込んで後ろの壁にベチャリと広がった。

 

 急いで左手を動かそうとする五十三番。

 だが白い粘着物のせいなのか、左手は壁から離れようとしない。


 なんだ、あれ?

 蜘蛛の糸なのか?

 あっ、これがもしかして粘糸か!


 片手が縫い止められた五十三番に、蜘蛛が容赦なく連続で糸を吹き付ける。

 あっという間に我が友は、真っ白な糸に覆われてしまった。

 

 おいおい、滅茶苦茶強いぞ、この蜘蛛。

 同じ遠隔攻撃使いなのに、レベルが違いすぎる。


 自由を奪い取った獲物に向かって、蜘蛛が音も立てず動き出す。

 って、見てる場合じゃない。

 折角出来た友人を、壊させてたまるか!


 咄嗟に吾輩から離れていく蜘蛛の足に、思いっきり噛み付く。

 そのまま全力で噛み切ろうとしたが、毛が邪魔して上手く力が入らない。



 こ、これが、歯が立たない相手ということか。



 だが頑張って蜘蛛の足を噛み続ける。

 ムニムニカミカミ……なんか甘噛してるような。


 ふと気がつくと、蜘蛛が不思議そうな顔で吾輩を見下ろしていた。

 ふっ。

 全然、ダメージを与えていないようだ。

 ――――だが、時間は十分に稼げた。


 不意に飛んできた骨片が、蜘蛛の顔面に見事にぶち当たる。

 衝撃で身をすくませた蜘蛛だが、次の瞬間、吾輩の噛み付きを振りほどいて大きく後ろへ跳ねた。

 見事な反応だ。


 入り口まで一旦退いた蜘蛛は、身を低くしてこちらを睨みつけてくる。

 その眼の一つに、骨の破片が深々と突き刺さっているのが見えた。


 どうなるかと、息を呑んで待ち構える吾輩たち。

 傷を負いながらも、蜘蛛の表情には一切、変化が感じ取れない。

 黙ってこちらを見つめてくるだけだ。


 それはとても短い時間のはずだったが、途轍もなく長く感じた。


 不意に蜘蛛が身を翻して、壁の向こうへ姿を消す。

 これ以上の戦闘は、損だと判断してくれたようだ。

  

 よかったあああ。

 ガチで潰しに来られたら、ここで終わっていたな。

 流石は野生生物。

 少しでも不利になると、あっさり引いてくれるか。


 溜息代わりに歯を擦りあわせた吾輩は、絶妙の一骨を投じた友人へ視界を向けた。

 まだ体に残っている蜘蛛糸を右手・・で切り裂きながら、五十三番は吾輩へ大きく頷いてみせる。


 そう、粘糸に絡め取られた五十三番を救ったのは、折れて上腕骨しか残っていない右手であった。

 暇を持て余していた我が友は、その折れ口の部分を手近な壁に埋まっていた石でひたすら擦っていたのだ。

 そして何度も何度も石で削られるうちに、骨の先端はいつしか刃物のような切れ味を誇るまでに研ぎ澄まされていたという訳だ。


 あとは五十三番が尖らせた骨の先端で、左手や頭部を拘束した蜘蛛糸を急いで切り開く。

 で、その間、追加の粘糸を撃たれないように、吾輩が頑張って蜘蛛の注意を引き付けておいたと。

 最後は左手が自由になった五十三番が、咄嗟に外した自分の肋骨を投げ付けてくれたという流れだ。


 蜘蛛が引き上げた気配を察知したのか、吾輩の鼻の穴からネズミが一匹顔を出す。

 そしてチュチュッと鳴き声を上げると、一斉にネズミどもが吾輩の中から飛び出してきた。

 そのままバラバラに逃げ始める。

 

 あーもう、お前らのせいで死にかけたぞ。

 頼むから、もう来るなよ。

 

 悔しい思いで見ていたら、一匹のネズミが地面に広がっていた粘糸に足を取られた。

 なんとか抜け出そうと暴れるネズミを、五十三番がヒョイッとつまみ上げる。

 おお、やった!


 にやりと笑い合う吾輩と五十三番。

 そして宙を飛んだネズミは、スポンと棺の中へ消えていった。

 ――ナイススローイン!


 

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