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第七十九話 真紅の鎌



「見えるか?」

「さっぱりだな」

「ロクちゃんは?」

「倒す?」

「駄目か。五十三番はどうだ?」

「辛うじて。たぶんあの辺りだとは思うんですが……」


 五十三番が指差す場所をじっと見つめてみたが、芋虫の気配と入り混じってしまうせいで、さっぱり区別がつかない。

 あれだけ大きな腕だったのに、すでにその存在感は最初から何もなかったかのように消え失せていた。

 他骨の目撃証言がなければ、吾輩の思い込みだったと言われても信じてしまいそうだ。


「せめて命数が分かれば、判断基準になるのになあ」

「少なくとも20以上はあった気がしますけどね」

「どうすんだよ? 吾輩さん。……俺はまだ良い感じに空腹だぜ」

「倒す! 倒す!」


 芋虫どもを余裕で一掃できた戦闘力を考慮すれば、命数二桁前半程度なら数の暴力で押し切れる気がしないでもない。 

 小鬼どもの装備も非常に優秀だしな。


 だが初見の生き物という点は、不安要素が多すぎる。

 生命力がどれほどあるのか?

 どんな攻撃方法なのか?

 単体なのか複数なのか?

  

 仕方ない。

 まずはもう一回、確認してみるか。

 一骨10命数だが、ここでケチって全滅すればもっと損になるしな。


「よし、しっかり見ててくれよ」


 吾輩の合図で、下僕骨がそろりと月灯りに輝く花へと近付いていく。

 仲間の骨をまたぎ越し、花の上に屈んだ瞬間――。


 

 逆様の半月を背に、くるりと大鎌が宙を切った。



 二つに断ち切られた骨片が地面にばら撒かれる音が、虚しく花の園に響き渡る。

 茎の合間から伸びた鎌状の手は凶行を一瞬で終えると、影が引くように元の位置へと戻ってしまった。

 地面に転がる二体の骨がいなければ、幻でも見たかと疑いそうな鮮やかさだ。


「……あの鎌だけで全体を判断するに、命数30から40近くないか?」

「場所は何とか特定できましたけど、気配の数は読めませんね。あんな大きいのがゴロゴロいれば、もっとハッキリ感じ取れると思うんですが」

「そうだな。上手く言えないが、気配を巧妙に隠しているような……」


 これは難しいぞ。

 棘亀ほどの歯が立たない感はないが、灰色狼ほどの何とかなりそう感もない。

 うーん、微妙だ。


 他の三体は、吾輩の結論をじっと待ってくれている。

 一度戻って骨を補充してから……、いや芋虫が移動を始めたら厄介だな。

 すでに下僕骨二体を消耗している以上、潜んでいる場所が判明している優位さを手放すのも愚かしい。


 うむ、いくか!


「おう、その言葉待ってたぜ」

「倒す!」

「そうですね。どのみちやらなければ駄目な相手ですし、まずは戦ってみないと判断のしようがないですからね」

「重要なのは目的を見失わないことだ。あと、大損になりそうだと思ったら素早く撤退するぞ」


 まずは初手だが、ここは引っ張り出すのが優先だな。

 また隠れられると厄介だし、あの場所では土の精霊術も使い難い。

  

 五十三番と守備隊の四体が、ギリギリと弓を限界まで引き絞る。

 そして投槍隊の六体が、木の槍を投擲棒へとセットする。


 吾輩が腕を振り下ろすと同時に、槍が一斉に鎌の持ち主が隠れる花へと殺到した。

 勢いのまま茎が穿たれ、花弁が舞い散る。

 だが獲物に当たったような音は皆無だった。


 く、居ない!

 移動したのか?


「上だ!」


 タイタスの叫びに顔を上げた吾輩の眼に、月光を遮る巨大な影が飛込んできた。

 それは軽々と空を跳び、真っ直ぐ吾輩たちの上に落ちてこようとしていた。


「下がれぇぇぇ!!」


 慌てて逃げ出す吾輩たちに、衝撃音と強風が一時に襲い掛かってくる。

 転びそうになりながらも何とか踏み止まった吾輩は、大急ぎで振り向いて相手の姿を確認した。


 派手に舞い上がった土埃の向こうには、月光を透かして異様な姿が浮かび上がっていた。 

 歪な曲線を描く、死神の鎌のような両腕。

 長く伸びた首の先には、逆三角形の頭部。

 翅を広げた太い胴体部分を支える、折れ曲がった四本の足。


 うう、やっぱりか。

 あの手を見た時から、薄々予想はついていたが……。



 遥か高みから吾輩たちを見下ろしていたのは、巨大なカマキリであった。



 大きさは吾輩の約二倍以上か。

 体を起こした状態だと三倍近いな。

 命数は40、魂力は60から70。

 よし、勝てない相手じゃない。

 

 と思った瞬間、五十三番たちの弓弦が一斉に鳴り響いた。

 五本の痺れ矢が、大きな的に目掛けて力強く放たれる。


 ぶぅんと空を裂く音が響き、気が付くと両手の大鎌が動いていた。

 次の瞬間、跳ね飛ばされた矢がバラバラと地面へ落ちる。


 攻撃を仕掛けた五十三番たちへ、カマキリの頭部がスイっと動き、その大きな顎がガチガチと音を立てた。

 く、素早いとは思っていたが、眼も良いとはな。


 獲物を見出したカマキリは、両腕を大きく左右に持ち上げた。

 助けるべきかと吾輩が杖を握りしめたその時、頭上を抜かれたタイタスが動いた。


 持ち上げた盾で、カマキリの斜め後ろから豪快にブチかましを決めたのだ。

 ズシンっと音が響き渡り、体を斜めにしてよろけるカマキリ。


 もしかして、意外と軽いのか?

 

 その隙を見逃さず、両手に剣を握った白い影が飛びかかる。

 しかし待ち構えていたかのように大鎌が宙を切り裂き、鉄を弾く硬音が鳴り響いた。

 

 両の剣を交差させて鎌の一撃をしのいだロクちゃんは、くるっととんぼ返りで着地を決める。

 だが鎌はもう一本あった。

 

 地面へ降り立つ瞬間を狙い、横薙ぎの鎌が走る。

 甘い!


 深く踏み込んだ吾輩が、滑るように杖を地面に打ち付ける。

 その途端、次々と地面を持ち上がり、壁が文字通りカマキリとロクちゃんの間を走り抜けた。

 

 鋭い斬撃は土塊を派手に吹き飛ばしはしたが、威力を打ち消すのは成功したようだ。

 ほっと胸骨を撫で下ろす間もなく、今度は吾輩目掛けて大鎌が突き出される。


「下がってな、吾輩さん!」


 ここで期待通りに活躍してくれるのが、盾を持たせたら文句なしのタイタスだ。

 いつの間にカマキリの前面に回り込んでいたのか、吾輩を庇うように鎌の前に立ちはだかる。


 凄まじい一撃を、踏ん張った体勢で大きな骨は正面から受け止める。

 体格差を考えると、それは明らかに無謀な行為だった。


 だが吹き飛ばない。

 盾を構えたタイタスの両脚は、大地に根を生やしたかのように揺るがなかった。

 

「ふ、俺もこないだの小鬼どもで学んだからな」


 よく見るとタイタスの踵の後ろの地面が、大きく盛り上がっていた。

 勢いを殺しきれずに埋まったのか――いや違うな。

 踵骨から白い骨が後ろ向きに伸びているぞ。


 これは角か!

 そうか、踵から角骨生成で太い角を生やして、杭のように使ってみせたのか。


 感心する間もなく、鎌の一撃を止められたカマキリが動き出す。 

 しつこいようだが、鎌はもう一本あるのだ。


「撃て!」


 五十三番の号令とともに、矢が再びカマキリの頭部へと飛来する。

 吾輩たちへ振り下ろされる予定だった鎌は、矢を振り払う方向へ進路を変えた。


 そこにすかさず踏み込むロクちゃん。

 がら空きとなった脇腹へ、高速の斬撃が振る舞われる。

 一度、二度、返しに三度!


 切り刻まれた腹部から、青い体液が吹き出す。

 怒りに大顎を噛み合わせながら、鎌を振り回すカマキリ。

 

 大きく眼窩を見開いた吾輩の前で、ロクちゃんは華麗に膝を折り曲げその一振りを紙一重で掻い潜る。

 そのまま流れるようにしゃがみ込んだ姿勢で、二振りの刃は足の一本を切り払った。


 それに合わせるように盾越しに手を伸ばし、カマキリの大鎌を引っ掴むタイタス。

 ――脱力。


 バランスを露骨に崩したカマキリに、チャンスとばかり吾輩は地面へ杖を打ち付ける。

 今日、整地しながら散々練習した技だ。


 地面を大きく揺らす波が全方向へと走る。

 喰らえ、地段波!!



 …………もどき。



 うん、実はまだ二段階だから、ただ地面が揺れるだけなのだ。

 でも脅かすのは、これで十分だろう。


 タイタスの腕を振り払ったカマキリは、再び背中の羽を広げた。

 揺れる大地から逃げ出すように、そのまま大きく飛び上がる。


 よーし、最初は度肝を抜かれたが、流石に二回目は通用しないぞ。


「槍、構え! 放て!!」

「撃て!!」


 逃げ場のない空中へ体を浮かしたカマキリに、矢と投槍が一斉に襲いかかる。

 次々と脆い腹部を貫かれ、大鎌の主は大きく体を仰け反らした。


 着地というより、墜落に近い有り様で地面にぶつかるカマキリ。

 その胴体には、首尾よく刺さった槍たちが並んでいる。

 よく見ると片方の目も、矢が突き刺さって視界を奪っているようだ。


「……勝ったな」

「ああ」


 見事な波状攻撃が決まった余韻に浸っていると、ガチンと顎を組み合わせる音が響いてきた。

 おいおい、気が早いなと見回すが、誰の歯音でもないようだ。


 首を捻る吾輩の頭骨に、またも歯音が鳴り響いた。

 鳴らしているのは――カマキリか!


 次の瞬間、刺さっていた槍が一斉に弾き飛ばされる。

 なんだ?!


 吾輩の目に飛び込んできたのは、おぞましい光景だった。

 カマキリの肛門あたりから、赤い何かが激しい勢いで飛び出してきたのだ。

 腸がはみ出したのかと思ったが、明らかにそれは意思を持つかのように動いていた。


 ビュルビュルと伸びた赤い紐状のソレは、瞬く間にカマキリの胴体に巻き付いて覆っていく。

 唖然としたまま動きを止めた吾輩たちの前に、全身を赤く染めたカマキリがゆらりと立ち上がった。


 よくよく見れば、その鎌の数が増えている。

 左右併せて六本。

 歯音を失った吾輩たちへ、カマキリは真紅の三対の鎌を大きく広げてみせた。



「に、逃げろぉぉぉおおお!!」



 力の限り土壁を生み出しながら、吾輩はあらん限りの声を張り上げる。

 ちらりと向けた横目には、白く輝く花を掴んで走るロクちゃんの姿が映っていた。



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