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第七十八話 花園の主



 新たに手に入れた黒い甲殻は、素材部屋に土で段差を作り並べて干しておく。

 逆に場所を取っていた鉄鉱石は、川原へ運ばせて山積みに。


 その帰りに丸太を担がせて、洞窟の裏手の草むらへ運ばせておいた。

 それから起伏の激しい場所を、小鬼から手に入れた杖でひたすら整地していく。


 土の精霊術を使ってて改めて気付いた点は、精霊は有限であることだった。

 精霊眼で見てみると、あらゆる場所に小さな点のようなものが大量に存在しているのが分かる。


 この点々が対象物を動かす際に寄り集まって力を貸してくれる感じなのだが、こいつらは力を使い果たすとあっさり消えてしまう。

 ある程度、時間が経てばまた点々は戻ってくるようだが、それまでは何も出来ない場所となってしまうのだ。


 その弱点を補ってくれるのが、この鬼骨の杖である。

 この杖は精霊を蓄える働きがあるだけでなく、精霊そのものを吸い寄せる力があるようなのだ。


 どうりで小鬼戦の時に、吾輩の使える精霊がほとんどなかったのも合点がいく。

 この杖の力で、焚き火の側に土の精霊が集められていたせいだったんだな。


 ちなみに火の精霊はまた性格が違うようなのだが、説明は次の機会にでも。

 細々した雑用を済ませているうちに、日はあっという間に沈んでしまった。


 頭だけだった時は、胴体を手に入れたらどうしようかとよく妄想したもんだ。

 しかし実際に自由に動けるようになると、次は手が足りなくて右往左往となった。

 で、今は命令できる部下は増えたが、やるべきことは逆に増えているような気がしてならない。

 

 もっと骨たちが、自主的に動いてくれたら……。

 いや、それは流石に無茶振り過ぎるか。

 事細かに指図しないと働いてくれない部下なんて、人間でも大勢いるものだしな。


 それに五十三番が何かと気を利かして手伝ってくれるので、非常に助かってはいるし。

 ロクちゃんとタイタス? 

 あの二体は戦闘面で頑張ってくれているので、それ以上を求めてはいけない。

 もう一骨くらい使える骨が増えてくれたらなぁ、とは思ったりもするが。


 あたふたと仕事を終えて洞窟に戻ると、のっそり動き出したタイタスにばったりと出会う。


「ふぁあ、腹が減ったな。……ちょっと何か狩りに行こうぜ、吾輩さん」

「相変わらず、軽食屋に誘うようなノリだな。ま、ちょうど良い。五十三番とロクちゃんを呼んできてくれ」


 さて今晩の狩場は、洞窟の北西にある花園だ。

 強すぎずかつ数が多い獲物がいる上に、頼まれたばかりの月灯草の件もある。

 まさにおあつらえ向きの場所といっても過言ではない。

 着く頃には、夜天にちょうど半月が昇っているだろうしな。


 ところで、ついでながら一新した吾輩たちの装備を紹介させて頂こう。

 まずタイタスだが、長盾に両手斧を片手でぶら下げるいつもの格好だ。

 ただ歴戦を潜り抜けてきた鉄の盾は、かなりへこみが目立つようになってきたな。

 ロクちゃんは小鬼どもの短剣を二振り腰に下げて、頭には羽耳族の子――。


「駄目です」

「倒す!」

「危ないでしょ! それに怪我をしても吾輩らと違って、骨を交換すれば良いってもんじゃないんだぞ」

「た、倒す!」

「攻撃される前に全部倒す? 無茶を言うもんじゃないよ、ロクちゃん」

「た、たお、倒す!」

「まぁまぁ。ね、ロクちゃん、その子はもうおネムみたいだよ。夜も遅いし、今日は寝かしてあげた方が良いんじゃないかな?」


 言われてみれば羽耳族の子は、ロクちゃんの頭骨にしがみついたまま、こっくりこっくりと船を漕ぎ出していた。

 昼間にいっぱい遊んだし、疲れ切ったんだろうな。

 五十三番の説得にようやく諦めたのか、ロクちゃんは子供を落ち葉の寝床にそっと下ろしてやっていた。 


「では行きましょうか。吾輩先輩、どうかしました?」  

「いや、何でもない。よし、出発するぞ」


 気を取り直して装備の続きだが、五十三番は小鬼の弓と矢筒を腰にぶら下げている。 

 この小鬼の弓であるが、吾輩のお手製とは比べ物にならないほど凝った造りをしていた。


 弓本体は木製なのだが、背や腹の部分に乾いた動物の腱が貼り付けてあり強度が全く違っているのだ。

 それと弓柄には革が丁寧に巻いてあり、手が滑る心配は全くない。

 さらに弦を掛ける弓の端の部分は何かの牙で補強されており、弦自体も取り外しが出来る構造になっていた。

 なるほど、常時張り詰めておくよりも、必要な時だけ弦を張るようにすれば長く威力を維持できるというわけか。


 五十三番の周囲を固める守備隊は、二体が甲殻の円盾と石斧を、残りの四体は甲殻の小盾に弓装備である。

 二体は前に出てタイタスを助け、四体は五十三番と一緒に弓を射掛けながら何かあった場合の守りも兼ねている。


 そして最後は吾輩であるが、もちろん手に持つのは鬼骨の杖だ。

 引き連れる八体の下僕骨は木製の投槍と投槍棒、もう片方の手には小鬼の槍を握りしめている。


 この小鬼の槍は穂先が鉄で出来ており、やや重いため投げるのにはあまり向いていないのだ。

 だが一度投げれば終わりでない分、持たせておくと安心感が半端ない。

 それに木槍ほど遠くまで飛ばせないが、投げられない訳でもないしな。

 むしろ近距離なら、小鬼の槍のほうが強かったりもする。


 道中は特に新装備の出番もなく、森の中は皆寝静まったかのようにひっそりとしていた。

 久々にやってきた花園も、前と変わらず不気味な沈黙が垂れ込めている。 

 咲き狂う大輪の花の根本のところどころに、黒い塊がわだかまっているのが見えた。


「今日は踏み鋤の出番はなしですか?」

「ああ、タイタスが居るから、正攻法でやってみようかと思ってな」


 花園は変わっていなかったが、吾輩たちはあれから大きく成長したのだ。

 

 まずはロクちゃんが、手前の一匹に近寄って引っ張ってくる。

 遅れて六、七匹が団子状になって襲ってくるので、タイタスと二匹の骨が受け止める。


 いや受け止める前に、五十三番と守備隊が降らせる痺れ矢の雨が、半数以上を仕留めてしまったが。

 まとまって来る分、矢が当てやすいんだろうな。

 

 撃ち漏らした奴は立ち塞がった盾が吹き付けてくる粘糸を受け止めている間に、背後に回り込んだロクちゃんがサクサクと脇腹に剣先を差し込んで無力化していく。

 動くものがなくなれば、投槍隊の出番だ。

 槍を脇に置いて芋虫を担ぎ上げると、せっせと洞窟へ運び始める。


 えっ、槍を持ってくる必要?

 そりゃ槍を装備してないと、投槍隊と呼べないからな。


 ま、冗談はそれくらいで、新しい場所に出向くとたいてい強敵が襲ってくるのが、この森のお約束である。

 吾輩もちゃんと学習しているのだ。


「僕らも随分と強くなりましたね」

「倒した!」

「うむ、苦戦したのが遠い過去のようだな」

「いやいや、なんだこれ? おい、ネバネバが取れねーぞ!」


 現在進行形で、苦戦している骨もいるようだが。

 粘糸に触るなと言い忘れていたな。


 仕方がないので適当に拾った枝を燃やし、タイタスの体についた糸を焼き払ってやる。

 

「この糸は大事な釣り糸だからな。次は触らずに置いといてくれよ」 


 洞窟に戻ったら、お湯で洗って回収する予定である。


「何か汚れてると気になるんだよ。……しかし腹が減ったな。次の奴は喰っていいか?」

「ちょっとは吸ってもいいが、腹一杯にはなるなよ。今日はまだまだこれからだぞ」


 適度に休憩を挟みつつ、運搬隊のペースに合わせて入り口から少しづつ芋虫を排除していく。

 じわじわと進むこと三時間、月がちょうど真上に差し掛かったころには、吾輩たちは花園のかなり奥まで進むことが出来ていた。


 やや枯れつつある芋虫を探していたロクちゃんが、急に前方の一角を指差す。

 そこにあったのは、巨大な花の合間にひっそりと並ぶ小さな輝きたちだった。


「本当に花びらが光ってるんですね」

「……おかしいな、こんなあっさり見つかる訳がないぞ」

「見つかったんだから良いじゃねぇか。変に考えすぎだぜ、吾輩さんは」

「そ、そうか? いや、吾輩は油断しないぞ!」

「一体、何と戦ってるんですか? 吾輩先輩」


 不用心に近寄ろうとした仲間たちを慌てて押し止めた吾輩は、下僕骨の一体に命じて花を取ってこさせることにする。

 スタスタと白い可憐な花たちに近付いた骨は、根っこごとざっくりと掘り起こした。


 両手で捧げるように花を持ち上げ、吾輩たちの方へ振り向く下僕骨。

 何事も起こらなかった様子に、考えすぎだったかと吾輩が胸骨を撫で下ろしたその時――。



 音もなくその体が真っ二つになった。



 次いで目に飛び込んできたのは、咲き狂う花の太い茎の向こうからニョっと突き出た何か……。

 それは優に吾輩の体ほどもある、鎌状の長い腕であった。


 一撃で下僕骨を葬り去った鎌は、音もなく折り畳まれて花の影に消え去る。

 唖然とする仲間たちに、吾輩は得意気に歯音を鳴らした。



「ほーら、やっぱり何か居ただろ」




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