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第七十七話 月灯草



 老婆は全く物怖じする様子も見せず、吾輩たちの返答を待っていた。


 腰が曲がった背丈は、子供たちとさほど変わらない高さだ。

 枯れ枝のような細い指はしっかりと杖を握りしめており、怯えた様子は全く感じ取れない。


「えっと、この人は、村の薬師様です。お師匠様に頼みたいことがあるから、連れて行けと言われまして……」

「そうそう、お礼がまだでしたのう。あんなにたくさんの虫瘤、あんまりびっくりしちまってあやうく心の臓が止まりかけましたさ。でもおかげさまで、皮なめしは何とかなりそうですじゃ。ありがとうござんした、骨の方々」

 

 丁寧に頭を下げる老婆。

 その肩に何枚も重ねられた布がかすかに揺れて、どこか馴染みのある匂いが漂ってくる。

 ふむ、これは植物の葉をすり潰した匂いか。


 興味が湧いた吾輩は、続けろと手を軽く振った。

 吾輩の仕草を理解したのか、老婆は頷いて再び口を開いた。


「ええ、実はちょっとした小さな花なんですが、年寄りの足では少々厳しい場所に生えておりましてのう。なので、代わりに取ってきて頂けないかと。あんなにあっさりと虫瘤を集めてこられたあなた方なら、とてもとても容易いことかと思いまして、お願いに上がりましたのじゃ」

 

 なるほど、その目当ての花は、この黒腐りの森のどこかにあるという訳か。

 では質問が二つほど。

 その花は何かの役に立つのか? 


「はい、大変、薬効のある花でございまして、あらゆる血の病に効く妙薬の元となりますのじゃ」


 ほほう。

 ではもう一つ、それを探すことで吾輩たちに、どのような得があるのだ?

 見ての通り、この骨の体には血は一滴も流れてはいない。

 病気とは全く無縁だと思うが。


「ふぇっふぇ。確かに骨の方には、もう病などは知ったことではないでしょうな。だが村人はそうもいきませぬ。血を流せばあっさりと死んでしまいます。それはあなた方にも、あまり良くないことではござりませんか?」


 さらっと言い放った老婆の白い髪の隙間から覗く目は、落ち着いた色を湛えていた。

 やはり気付く者はいたか。


 明らかに知能を持った化け物が、敵対することもなく露骨に手助けしているのだ。

 何らかの意図があると、当然疑ってしかるべきだろう。


 この少女のように、何の疑問も抱かない方がむしろおかしいのだ。

 ロナの頭を優しく撫でながら、吾輩は続きを催促する。


「とはいえ、わしもそんな厚かましい性根ではありませぬ。きちんとお返しは用意させて頂きますよ。ええ、きっと骨の方もお喜びになれる品かと」


 ふーむ、この薬師の老婆が、色々と有能そうなのは間違いないな。

 皮なめしも進んでやってくれているようだし、恩を売っておくのもやぶさかではないか。


「花の特徴ですか? ええ、小さな白い花でして。ふぇっふぇ、そんな花なぞいくらでもある? ごもっともですじゃ。ただその花には、ちょっと他にない変わった点がありましてのう。噂ですが月の光を浴びると、ほんのりと花弁が光るそうですじゃ」


 その特徴から付けられた名前が月灯草と。

 いやはや、なんともありがちな。


 ただこの森、夜中も結構歩き回ってきたが、そんな目立つ草は見たことがないぞ。

 咲いてそうな場所の心当たりはないのか?


「それですが、この黒森のどこかに花ばかり大量に咲いているような場所はご存じないですかのう? わしが聞いた話によりますと、その花たちの奥にひっそりと光っていたそうで」


 老婆の受け答えに、吾輩はわざとらしく首を捻る。

 目星は簡単についたが、こちらが情報を持っていることはあまり表に出さない方が良いだろう。


「そうですか。いつでも結構ですの、どうかよろしくお願いいたします、骨の方。それと良かったら、これを使ってくだされ。風邪を引かれると、わしの仕事が増えますしのう」


 食い下がることもなく、老婆はあっさりと話を切り上げた。

 そしてアルに肩掛けを一枚手渡すと、かくしゃくとした足取りで川沿いを引き返していく。

 老婆の背中を見送っていると、羽耳族の子供と双子が申し合わせたようにくしゃみをした。


 おう、そう言えば風呂に入れっぱなしだったな。

 ロクちゃん、すまんが焼き石を少し追加してやってくれ。 


「あのお婆さん、色々と物知りなんですが、ちょっと怖いというか……。村の外れに一人で暮らしているんです」

「実は僕らがここに移り住む前から、この森に住んでいたとかの噂もあって」


 うむ、奇妙な迫力を持った老体だったな。

 しかし吾輩たちを崇拝したり畏怖した様子もないのに、よく手振りの意味が理解できたものだ。

 前にも吾輩たちと似たような者と、会話した経験があったかのように思えたぞ。


「……それでお師匠様、この服と布はどうしたら?」 


 アルの言葉に視線を落とすと、子供たちは無邪気にパシャパシャと水遊びしていた。

 羽耳族の子供も慣れてきたのか、真似をして水を弾き返している。

 楽しそうではあるが、まだ笑い声を上げるまでにはいかないようだ。


 やや顔が赤く火照ってきたようなので、ロナが子供たちを風呂から上げて、焚き火の前で肩掛けで包んで乾かしていく。

 ニルのお下がりの服を着せて貰った羽耳族の子供は、見違えるように清潔になっていた。


 こうやって見ると、本当に人間と全く変わりはないな。

 耳の上に生えている羽毛を取り除けば、見分けがつかないようになるんじゃないか?

 

「倒す!」

「ギャッ!」

 

 綺麗になったことが嬉しかったのか、不意に子供を抱き上げたロクちゃんはそのまま空高く放り投げた。

 宙に浮いた子供は、目を真ん丸にして小さな叫びを上げる。


 落ちてきた子供を掴み、またも真上に放つロクちゃん。

 数度繰り返していくうちに、子供の顔からこわばりが取れ瞳に輝きが戻り始める。


 その様子にうんうんと頷いていたら、吾輩の手がクイクイッと引っ張られた。

 やはりそう来るか。


 キラキラした目で見つめてくる双子と、ついでにニルも抱っこして順番に高い高いをしてやる。

 しかし、子供の順応力は本当に凄いな。

 吾輩、かなり恐れられている存在のはずなんだが。


 ふと見られたような気がして顔を向けると、下僕骨を引き連れた五十三番が木立の合間からジッと吾輩たちを眺めていた。


 う、止めてくれ。

 こんな威厳のない姿は見られたくなかったぞ……。 



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