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第七十五話 利害の一致


 

 急いで応接室に入り、丸椅子を二つと長机を出す。

 続いて松明を差し込む台を玉座の左右に作り、火打ち石で飛ばした火花を増幅して盛大に燃やしておいた。

 

 あとは収穫物を机の上に並べておいて、下僕骨を部屋の壁に立たせる。

 今回は小鬼の戦利品の槍を持たせてみた。

 鉄の穂先が松明の灯りに浮かび上がって、かなり強そうに見えるぞ、うしし。


 足音が近づいてきたので慌てて玉座に飛び乗って、それらしく足を組んで肘掛けに頬杖をつく。


 一礼した五十三番の後ろから続いて入ってきたのは、村長と髭面の見知らぬ男だった。

 皺の多さから見て、村長と同じ四十代から五十代だろうか。

 背丈は低い方だが、ガッシリとした体付きで二の腕が目立って太い。

 話に聞いていた鍛冶屋だろうな。


 男は荷物を抱えたまま吾輩をマジマジと見つめていたが、呟くようにしゃがれた声を漏らした。 


「…………たまげたな。本当に骨が動いてるぞ」

「おい、ウンド!」


 村長の鋭い叱責に、男は狼狽えた顔になって視線をアチコチに飛ばし始めた。

 そしてズラリと並ぶ武装骨たちの存在に今頃気づいたのか、黒い地肌でもハッキリと分かるほど青褪めた。


「申し訳ありません、骨王様。無礼がないよう散々言い聞かせておいたのですが……」

「さ、作法も知らねぇ田舎者なんで、ど、どうぞご勘弁を」


 それくらいで気を悪くしたりはないので、鷹揚に手を振って許す。

 人間だった頃の吾輩でも、土の玉座に骸骨が偉そうに座っていたら、絶対二度見するだろうしな。


「ご依頼の品ですが、出来上がったのでお持ちしました」


 露骨に胸を撫で下ろした村長が、抱えていた荷物を机の上に置き包んでいた布を解く。

 出てきたのは甲虫の殻を使った盾であった。


 吾輩が頷くと並んでいた骨の一体が、村長たちへ近付いていく。

 ギュッと互いの肩を掴み合う二人を無視して、盾を持ち上げた骨は吾輩の脇へと戻ってきた。


 二枚の甲殻をつなぎ合わせた盾は、持ってみるとちょうど肘が隠れるほどの大きさだった。

 軽く叩くと、かなりいい響きを奏でてくれる。

 うむ、結合部に緩みも隙間もないし、ガッチリ組み合わさっているな。

 

 腕を通す木の持ち手も取り付けてあり、盾として十分に使えそうである。

 いや、これはもう小盾と呼んでも差し支えないだろう。


 予想以上の出来栄えに、吾輩は何度も頷く。

 気に入ったことが伝わったのか、男どもは長い息を吐いた。


「そ、その黒いのは初めて触りましたが、エラい堅い代物で。釘を通すのも一苦労でしたわ」


 うむ、黒い甲虫の甲殻だが、中々に手強い相手だったぞ。


「へぇ、虫なんですかい。って、これまた大きい虫なこって。流石は呪われた森ですな……」

 

 複数の殻を円形状に組み合わせた盾も見せて貰う。

 こっちも注文通り、中央に丸い大きな鋲でしっかりと固定されている。

 タイタスに持たせるにはやや小さいが、一般下僕骨なら胸元まで丸々隠せる大きさはとても頼もしい。


 これも素晴らしいの一言である。


「へへ、お気に召して頂いて、作った甲斐があるってもんですよ、王様。申し遅れましたが、俺は村で鍛冶屋をやってるウンドと言います。これからは何でも言いつけてくだせぇ」


 ほう、頼りになりそうな男だな。名を覚えておこう。

 そうだ、鉄鉱石がいくらか溜まっているので、村の近くまで運ばせようか?


「それは大変助かります。え、今までですか? 村の川で少しばかり拾えるので、それでやりくりしてまして。それに最近はとんと鋳掛け仕事ばっかりで」


 そういえば炭や薪は足りているのか?


「焚き付けに使うのは、流木が多いですね。それと村のそばの木を切ったりと。炭とか足りない分は、行商人と麦で交換して手に入れてます」

「森に入ってすぐの場所なら、獣に襲われることもあまりないんでさ」


 ふむ、なら木を少しばかり伐って川へ流してやろう。


「あ、ありがとうございます!」

「ありがてぇ。本当に助かりますぜ、王様」


 それと注文の虫瘤だ。皮なめしに使ってくれ。

 あと丸芋と木の根もある。村のみんなで食べると良い。


 下僕骨に命じて、盾を包んでいた布に収穫物を移して包み直してやる。

 黙ってその様子を見ていた二人は、深々と頭を下げた。

 あとで鉄鉱石と丸太も運ばせておかねばな。 


 さて、重要な話に入るとするか。

 二人がこちらに注目したのを見計らって、指をパチリと鳴らす。


 すると何かを抱えた骨が、静々と部屋に入ってきた。

 骨が手にしたモノを見て、ゾーゲン村長と鍛冶屋のウンドの両眼が大きく開かれる。

 二人を驚かせたソレは――。



 小汚い子供を抱っこしたロクちゃんの姿であった。

 嬉しそうに子供を抱き上げた格好でロクちゃんは長机をぐるっと周り、そのまま静々と部屋を出ていってしまう。

 


(何してんだ、ロクちゃん?!)

(すみません、吾輩先輩。ちょっと目を離した隙にやられました)


 よほど嬉しかったのだろうか。わざわざ、見せびらかしに来るとは……。

 子供は桃を食べすぎたせいか、ぐっすりと眠っていたようだった。

 あの変な鳴き声を上げなくて助かったな。


「……今のは羽耳族ハーピーの子供ですか?」


 む、知っているのか?


「はい、確か南の方に棲んでいる亜人だと聞いたことがあります。嵐の前触れが分かるそうで、船乗りに高く売れるそうです」


 なるほど、合点がいった。

 五十三番の推察通りということか。


 あの子供が手に入った場所と経緯をざっくりと説明しつつ、吾輩は再び指を鳴らす。

 五十三番が運んできたのは、元持ち主である小鬼の死骸だった。


 それを見た瞬間、ゾーゲンとウンドの顔から、またも血の気が失われた。 

 いや先ほどよりも、もっと酷い有様だ。


 激しく震える手を持ち上げて、小鬼を指差したまま村長は吾輩へと顔を向けてきた。

 鍛冶屋に至っては、瞬き一つせず食い入るように小鬼を睨みつけている。


「し、死んでますか?」 


 うむ。吾輩たちが皆殺しにした。

 これは小鬼ゴブリンであっているか?


「…………はい」


 ふむ、なら少し確認しておきたい。

 こいつらは、人を喰うか・・・・・


 しばらくの沈黙の後、ゾーゲンは顎を強く震わせながら頷いてみせた。


「俺の女房、アルの母親ですが、こいつらに焼かれて食われました」

「……俺の弟も、同じ目に遭いましたよ」


 やはりそうだったか。

 最初に見た小鬼たちの食事風景。

 焚き火の周りに串を刺されて焼かれていたのは、人の手足にそっくりだったのだ。

 さらに焚き火にくべられていたのも、吾輩たちには馴染み深い数々の骨であった。


 ほとんど調味料ばかりで、あの人数にしては少なすぎた糧食にも納得がいく。

 自ら移動できる食料というわけか。もしくは手軽に現地調達と。

 そうなると、羽耳族の子供も非常食だった可能性が出てくるか。


 うむ、やはりあの場で潰しておいて、大正解だったな。

 小鬼と吾輩たちは、決して相容れない存在同士であったようだ。


「ありがとうございます!」 


 不意に大声を上げた村長が、ガバッと床に手をついた。

 鍛冶屋も一緒になって、床に這いつくばる。


「こいつらを殺して頂いて、その、ああ、本当に、あ、ありがとうございます」


 床に向けられたままの村長の顔辺りから、何かが滴る音が聞こえた。

 その背中も小刻みに震えている。

 ああ、やはり余計に感情を刺激してしまったようだな。

 

 気にすることはないぞ。

 こいつらがいくら来ようとも、全て吾輩たちの敵だ。

 根絶やしにしてやるから、安心すると良い。

 

 吾輩の言葉に、男たちは一時に顔を上げる。

 涙と汗、恐れと怒り、不安と安堵、様々なモノが入り混じった表情を吾輩に見せつけたあと、二人はまたも深々と頭を下げた。



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