第七十四話 躾けの心得
洞窟に戻れたのは、明け方近くであった。
今回の遠征の収穫物は以下となる。
まず小鬼どもの死体が九つ。
一体を残し、残りは装備品を剥いで棺へ入れる。
両手槍が八本に、弓矢が五具。
やっとまともな矢筒を手にして 五十三番が何度も頷いていた。
固定の帯を腰に回す形なので、小鬼の体型に合わせて帯は短めだったのだが、腰周りの肉が皆無な吾輩らには全く問題がないようだった。
同様に短めの剣も三本あったが、小振りな剣身は逆にロクちゃんのお気に召したようだ。
鞘を腰骨から吊るして、ご機嫌に飛び跳ねている。
剣や弓、それに槍は間近で見ると、かなり精巧な出来栄えであった。
きちんと弓柄や剣や槍の握りの部分には滑り止めの革が巻いてあり、目立つ装飾はないが実用的な造りに思える。
さらに驚くべきことに刃の部分に使われてる鉄は、盗賊どもの遺品の斧や鋤に比べると黒さと堅さが明らかに違っていた。
同じ鉄だとしても製法が異なるのか、もしくは鉄に似た素材なのかもしれない。
兜や革鎧はサイズが小さすぎるので、現時点では使いようがないな。
分解して仕立て直すのも考えてみたが、糸も針も技能もないことだし村に丸投げしておくか。
あとは小さな手斧や調理用の包丁、持ち運びしやすい大きさの鍋と。
その辺りは捜索部隊に使わせることにする。
塩の袋と謎の匂いがする液体入りの小瓶、おそらく調味料か。
それと小麦粉入りの袋は吾輩たちには無用なので、村人との取引のために置いておく。
水筒代わりの革袋も、一緒に積んでおこう。
あとの細々した物の中で、吾輩たちの目を引いたのは折り畳まれた一枚の紙であった。
「……これは地図か」
「だと思いますが、内容はサッパリですね」
俯瞰図であることは分かるのだが、そこに載っていた記号は全く見慣れないものだった。
斜め上から伸びる数本の線は、道のように思える。
いや、それとも川だろうか。
大半の線は途中で止まっており、その部分に読めない文字で書き込みがしてあった。
「大方、森を抜ける道でも探してたんじゃねぇか?」
「だとすると、やはり偵察部隊だったのか……」
「なるほど、僕らはこの書き込みみたいな障害物だったという訳ですね」
「倒した!」
「ギャッ! ギャギャ!!」
「こらこら、ロクちゃん。うるさいから止めなさい」
またも鉄の檻を突き始めたロクちゃんを止める。
なぜかあの捕虜の子供を、大変気に入ってしまったようだ。
「この子はどうします?」
「何かしら能力はありそうだから、今すぐ黒棺様に捧げても良いとは思うんだが……」
「ロク助が嫌がるだろ。そんな急がなくても良いんじゃねぇか」
「ふむ。餌に関しては、ネズミと一緒でも良さそうだしな」
檻にベッタリと抱きつくロクちゃんに怯えて、子供は反対側の格子にぴったりと身を寄せたまま丸まってしまっていた。
仕方がないのでロクちゃんを無理やり引き剥がし、檻の上蓋の隙間から白い小振りの桃を差し出してやる。
甘い匂いに気付いたのか、子供は驚いたように顔を上げた。
小さく桃を振ると、おずおずと手を伸ばして受け取る。
そして匂いを確認した後、一口齧り、またも大きく目を見開いた。
大慌てで果実に齧り付き、甘い汁をそこら中に飛ばしながら貪るように食べつくす。
顔中をベトベトにする食べっぷりにうんうんと頷いていたら、上腕骨をツンツンと突かれた。
視線を向けると、ロクちゃんが吾輩をじっと見つめていた。
「ロクちゃんも餌やりしたいのか?」
大きく首を縦に振る。
「この子は人間だから、毎日餌をやらないと死んじゃうぞ」
またも頷くロクちゃん。
「あと、もう少し綺麗にしてやらないと病気になるかもしれないぞ。ウンチとオシッコの掃除も必要だぞ」
ブンブンと首を振るロクちゃん。
「はぁぁ、仕方がないな。ちゃんと世話をするなら飼っても良いぞ」
「倒す!」
何かロクちゃんに頭を撫でられるのは久しぶりだな。
まあ多少、甘い気もしたが、やる気を出させるのも上司の務めと言えるか。
さて現在の戦力を確認しておくか。
<能力>
『平衡制御』 段階0→2
『精霊眼』 段階0→1
『地精契約』 段階0→1
『気配感知』5『反響定位』4『頭頂眼』3
『末端再生』3『危険伝播』3『麻痺毒生成』2
『視界共有』2『集団統制』2『臭気選別』1
『腕力増強』1『賭運』1『暗視眼』1
『角骨生成』1『生命感知』1『火の精霊憑き』1
<技能>
『土の精霊術熟練度』6→10→『土の精霊術熟達度』 段階0→5
『見抜き熟練度』段階8→9
『短剣熟練度』 段階7→8
『両手槍熟練度』 段階2→8
『弓術熟練度』 段階5→6
『忍び足熟練度』 段階5→6
『盾捌き熟練度』 段階5→6
『片手斧熟練度』 段階4→5
『鑑定熟練度』 段階4→5
『受け流し熟練度』 段階3→4
『回避熟練度』 段階3→4
『両手棍熟練度』 段階0→3
『刃物捌き熟練度』10『投げ当て熟練度』10
『火の精霊術熟練度』10『骨会話熟練度』7
『動物調教熟練度』5『投擲熟練度』4『指揮熟練度』3
『片手棍熟練度』2『両手斧熟練度』2『片手剣熟練度』2
『投斧熟練度』1『投槍熟練度』1『火の精霊術熟達度』1
<特性>
『打撃耐性』 段階9→10→『打撃防御』 段階0→2
『圧撃耐性』 段階8→10→『圧撃防御』 段階0→1
『毒害無効』10『刺突耐性』9『炎熱耐性』5『腐敗耐性』3
<技>
『狙い撃ち』 段階7→8
『盾撃』 段階3→4
『威嚇』 段階2→3
『地壁』 段階0→2
『地槍』 段階0→0
『地段波』 段階0→0
『念糸』9『しゃがみ払い』8『飛び跳ね』5
『早撃ち』5『三段突き』5『痺れ噛み付き』3
『二連射』3『脱力』3『齧る』3『頭突き』0
『爪引っ掻き』0『体当たり』0『くちばし突き』0
『三回斬り』0『棘嵐』0『兜割り』0『突進突き』0
<戦闘形態>
『二つ持ち』 段階7→8
『弓使い』 段階5→6
『盾使い』 段階4→6
『精霊使い』 段階0→1
総命数は683だが、下僕骨五体補充で633に。
うう、かなり厳しいな。
まず能力であるが、平衡制御は黒い甲虫だな。
まぁ三半規管がない吾輩たちの平衡感覚は関節部の位置覚だよりだったので、かなりマシにはなったようだ。
そして精霊眼。
これは近辺の精霊含有量が、一目で分かる便利な感覚である。
杖を持ったときよりも、さらにハッキリと分かるようになっている。
ちなみにあの杖だが、三体に触らせてみたが全く何も変化が起きなかった。
素質がないと、意味がないのか。
あとは地精契約だが、これは今ひとつ意味が分からない。
が、土の精霊憑きの表記が消えたのを見るに、その上位に当たる能力なのは確かなようだ。
それに合わせて土の精霊術熟練度が、熟達度に変化して消え去ってしまった。
対して火の精霊術熟練度は、熟達度が出ても残ったままである。
となると消える条件は、火精契約というのものに段階を上げる必要があるということか。
消えたといえば、棒扱い熟練度と長柄持ち熟練度もである。
これは多分、新たに加わった両手棍熟練度のおかげであろう。
これで分かったことは、棒の武器は片手棍と両手棍のみ。
長柄武器は両手斧、両手槍、両手棍のみということになるな。
他の熟練度も着々と上がっている。
黒い甲虫に小鬼部隊と、立て続けに強敵を相手にした成果がよく現れているようだ。
それと特性が、ついに上の段階へと進化した。
耐性が防御という表記に変わったのだ。
これでようやく、人並み以上になれたということだろうか。
うむ、感動ひとしおである。
あとは技であるが、既存のはそれなりに。
そしてとうとう、吾輩専用の技が登場した。
地壁。
うーん、良かった。本当に良かった。
ここで長机とか丸椅子とか表記されていたら格好悪すぎて、吾輩は絶望の縁に追いやられているところだったぞ。
黒棺様、信じてましたとも。ええ、心から。
それと戦闘形態にも、ついに新しいのが。
吾輩の活躍が光る精霊使いである。
といってもこれ上級職っぽく、下僕骨で選択できなかった。
誠に残念だ。
下僕骨たちが精霊を扱えたら、超便利になるのに。
今回は一角猪は捕まらなかったが、小鬼どもからは多くを得ることが出来たな。
ただ強さ的に考えて、しばらくは会いたくない気持ちもある。
それに次はもう少し弱いのを狙って、総命数の増加を優先しないと不味いしな。
このところ下僕骨の補充ばかりで、ずっと下降ラインになっているし。
「吾輩先輩、村長たちが来ましたよ」
「たち?」
「見慣れない顔が増えてますね。何か荷物を背負っているようですが」
「ああ、もしかしたら鍛冶屋かもしれんな。応接室で待っているので、少ししたら連れてきてくれ。それと吾輩が合図をしたら、アレを持ってきてくれるか」
「分かりました」
「倒す!」
「俺は一休みさせて貰うぜ。……狩りに行く時にでも呼んでくれ」
正直、あまり気は進まないが、キチンと確認はしておくべきだしな。
 




