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第七十三話 小さな捕虜



 放物線を描いた鬼の首は焚き火を飛び越え、数度弾んだあと額の角が上手い具合に地面に刺さって止まった。

 小鬼の最後を見届けたタイタスは、がっくりと腰を落とし膝をつく。

 そのまま地面に突き立てた斧にすがるように頭を垂れた。

 

「おい、大丈夫か?!」


 慌てて駆け寄った吾輩は、タイタスの前に回り込み様子を調べる。

 大きな骨は予想以上に損耗していた。


 盾で防いでいたとはいえ、相手は土砂の塊だ。

 跳ね跳んだ石がアチコチに当たったのか、腕や足、顔の骨までもびっしりと小さなヒビに覆われている。

 特に土壁をまともに受けた右腕は大きな亀裂が尺骨に生じており、動かすだけで簡単に割れ落ちてしまいそうな有り様だ。


「よくもまぁここまで無茶を……。どこか動けないほどの傷があるのか?」


 吾輩の呼び掛けに、タイタスはゆっくりと顔を上げた。

 疲れきった表情を浮かべたまま、大きな骨は今にも倒れそうな声を出す。 


「………………は、腹が減った」

「ああ、やっぱりそんなところか」 

「とりあえずコイツでも食べます?」


 しれっとした顔で会話に参加してきたのは、新しい体に乗り換えたばかりの五十三番だ。

 倒れていた小鬼ゴブリンを、ズルズルとこちらへ引っ張ってくる。


「まだ生きてるのか? それ」 

「辛うじてですね。もうすぐ死にますよ」


 その小鬼はタイタスの盾に胸部を強打された奴だった。

 肋骨でも折れたのか、胸がかすかに動く度に血泡が口元から盛り上がるのが見える。

 目の焦点も全くあってないのか、グッタリとしたまま覗き込む吾輩たちに何一つ反応を示さない。


「色々と聞き出したかったが、これじゃ無理か。タイタス、喰って良いぞ」


 吾輩の言葉に、タイタスは無言で小鬼に触れる。

 魂をギリギリでつなぎ留めていた影が大きな骨の手に吸い込まれ、小鬼の体は活動を止めた。

 

「ふぅ、……全然、足りねぇな」


 立ち上がったタイタスは、不満げに呟きながら辺りを見回す。

 確かに大きな割れ目は塞がっていたが、蜘蛛の巣のようなヒビはまだ残ったままだ。


「他に喰えそうな者は……、見張りはとうに死んでいるか。斧に殴られた奴はどうだ?」

「この血塗れのやつですか?」

「駄目か。小鬼の頭目も完全に死んでいるしな。あとは……」


 そこまで考えて、吾輩と五十三番は急いで目を合わせる。


「ロクちゃんか!」

「ですね。ちょっと救援に行ってきます!」


 駆け足で森の奥へ向かう五十三番を見送った吾輩は、ゆっくりと歯を摺り合わせた。

 ようやく勝利の実感が、背骨を駆け上がってきたようだ。


 首を失って大量に血を吐き出している精霊使いの胴体を見下ろす。

 コイツの地面を揺らす波は、率直に言って強かった。

 並の人間相手なら、近寄ることも出来ずに壊滅していただろう。


 だがその強さが、今回は逆に仇となった。 

 あの土の波がほぼ行動不能状態だった五十三番を、野営地の外まで押し出してくれたのだから。

 で、五十三番は控えさせていた守備隊の骨とこっそり体を交換して、出番を待ち構えていたという訳だ。


「まあ、もっと早く狙撃しろとは思ったがな」

「一応、ギリギリまで見極めていたんですよ。吾輩先輩たちが負けたら、すぐに逃げないと手遅れになりますからね」


 独り言に返事が返ってきたので思わず顔を向けると、ロクちゃんを迎えに行ったはずの五十三番がなぜか森から出てくるところだった。

 その両肩には、魂力の消え失せた二体の小鬼が担がれている。


「残念ですが、もう終わってました。流石、ロクちゃんですね」

「倒した!」


 五十三番の後ろから、威勢よく歯音を上げるロクちゃん。

 血を流す小鬼を引き摺ったまま、焚き火の側まで走り寄ってくる。

 よく見るとその体もタイタスと同様、小さな傷だらけであった。


「ご苦労様、ロクちゃん」

「倒す!」

「もう倒す相手は居ないぞ。吾輩たちの勝利だ」

「倒した!」

「うんうん、勝ったぞ、ロクちゃん」

「おい、勝利宣言もいいが、結局、生き残った小鬼は居ないのかよ。ったく。…………うん?」


 焚き火の側に座り込んでいたタイタスが、急に顔を上げて顎を突き出した。

 

「何か気配がするぞ。そいつらの荷物のとこだ」

「まだ小鬼が残っていたのか?!」

「いや、そんなデカイ気配じゃねーな。……これか?」


 立ち上がって、固めてあった小鬼の荷物を漁りだすタイタス。

 その手が四角いカゴのようなものを持ち上げ――。


「ギャッギャギャギャー!!」


 な、何だ? 

 敵襲か!!


「ああ、こいつか。うるさかったのは。……こんな小せえのじゃ、これっぽっちも満たせねぇな」


 唐突に響いた耳障りな音の正体は、カゴの中に居た生き物の声であった。

 猿のような体つきをしたソレは、鉄製の格子にしがみついて懸命に鳴き叫んでいる。


 じっとタイタスが覗き込むと、その生き物は鳴くのを止めてガタガタと震え出した。

 次いでポタポタと、雫が鉄の檻を伝って垂れ始める。


「吾輩にも見せてくれ、タイタス」

「ほら、小便漏らしたみたいだから気をつけろよ」


 鉄で出来た檻は上部に丸い金具がついており、持ち運びしやすいようになっていた。

 大きさは吾輩の膝よりやや高い程度で、小さな子供が一人入れば、いっぱいになりそうなサイズである。


 そして中に入っていたのは、まさしくその子供であった。 


「うーん、人間ですかね?」

「いや、微妙に違っているような」


 ボロボロの布切れをまとったその生き物は、人間の子供とよく似ていた。

 たぶん三歳か四歳ほどだろう。


 決定的に違っていたのは、その耳の部分であった。

 泥まみれの髪に紛れているが、明らかに耳の上部から髪の毛とは違う何かが伸びている。


「これは羽毛か?」

「何でしょう? 鳥の羽っぽいですけど」


 横から黙って覗き込んでいたロクちゃんが格子越しに人差し指を伸ばすと、小さな生き物はまたも怯えた声を上げて後退った。

 その反応が気に入ったのか、ロクちゃんが何度も指を伸ばしては引っ込める。

 

 命数は20だが、魂力は2か3といったところか。

 やはり人間に似てはいるが、違う種族なんだろうな。


「何でわざわざ、こんな小汚いのを持ち歩いていたんだ?」 

「多分ですが、警報装置代わりじゃないでしようか? こっちの奇襲を潰したのは、この子の鳴き声でしたし。何か危険を察知するような能力があるのかもしれませんね」

「なるほど、これとあの精霊使いが居れば、生半可に仕掛けるとあっさり返り討ちになるという寸法か」


 正直、冷静に対処されていたら、全滅していたのはこっちだったかもしれないな。

 運が良かったことに感謝しながら、鉄の檻をロクちゃんに手渡して、代わりに落ちていた杖を拾い上げる。 


 それはあの精霊使いが振り回していた物だったが、触れた瞬間、吾輩はその重要性をたちまちに理解した。

 何と表現すれば、良いだろうか。

 これまで漠然と動かしていた精霊という謎の存在が、よりハッキリ知覚出来るようになったというべきか。

 それと同時に、触れる精霊の数が増した――いや、容量が拡大したといったほうが合ってるか。


 ともかく、何か凄いぞって感じなのである。


「うむ。……これは良い杖だ」 

「えー、いやかなり悪趣味ですよ」

「ああ、その感性はちょっと理解できんな」

「倒す!」


 くぅ、こいつらが精霊術を使えれば、この杖の素晴らしさが一発で理解できるのに。

 そりゃ、杖のてっぺんに角付き骸骨が乗ってるデザインなんて、確かにアレな見た目なのは認めるが。


「そんなことより、さっさと帰らねぇか。……もう、これ以上は動けねぇぞ」

「ああ、そうだったな。五十三番は下僕骨を呼んできてくれ。ロクちゃんはすまんが、こいつらの武器を拾ってきてくれるか」

「分かりました。僕も今日は引上げに賛成ですね」

「たおーす!」

「ギャッ! ギャア!」

「ロクちゃん、その檻は置いていけ。吾輩がちゃんと見張っておくから」


 木の下敷きになっていたが、まだ動けそうな吾輩の下僕骨は四体。

 五十三番の守備隊は、一人交換になったので残り三体か。


 小鬼どもの死体と荷物を下僕骨に担がせて、残った残骸は杖の一振りで出来た穴に投げ込んでから埋める。

 倒れた木はどうしようもないからそのままで、あとは地面を出来るだけ平らに戻し、戦闘の痕跡を消しておく。



 最後に焚き火を地中深くに沈めてから、吾輩ちは野営地だった場所を後にした。


 


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