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第七十一話 火蓋は切るが落とさない



「後続は見当たりませんでしたよ。彼らだけのようですね」

「倒す!」


 野営地を大きく迂回して周囲を探って来てくれた五十三番とロクちゃんの報告によると、百歩圏内に大きな気配はなかったとのこと。


「軍隊じゃなく、野盗とかの可能性も出てきましたね」

「もしくは本隊からはぐれたか、逃げ出したか」

「その割にはくつろいで見えるな。……糞、美味そうに食いやがって! ああ、腹が減ったぜ」


 どうも食事の最中だったらしく、焚き火の周囲では小枝に刺した肉が炙られている。

 肉の焼ける香ばしい匂いが、遠巻きに観察している吾輩たちのもとまで漂ってきていた。


「腹が減ったと言っても、あの肉は食えんだろ? タイタス」

「……そうだな。流石に御免こうむるぜ」

「倒す!」

「うむ、このまま見過ごすわけにはいかんな」

「彼らが吾輩先輩のいう小鬼ゴブリンだとしたら、先遣部隊かもしれませんね」

 

 小鬼ゴブリンは人とほぼ同じ外見を持つが、体格はやや小柄で毛髪を持たない。

 その代わり、頭部に特徴的な瘤――角を持つ鬼人と呼ばれる種族である。

 

 現在、鬼人帝国と呼ばれる強大な国家が、人間の王国と西の国境線を巡って激しい闘いを繰り広げているらしい。

 確か地理的には吾輩たちの洞窟近辺はノルヴィート男爵の所領で、その西隣がコールガム子爵領。

 さらにそのまた西にあるのがゲラドール辺境伯領となり、そこが最前線なのだとか。


 辺境伯が国境沿いに長い城壁を築いたおかげで、差し当たり戦線は膠着しているらしいが……。

 だとすれば、黒腐りの森を抜ける侵攻ルートを捜索中というのもあり得る話だ。


「他に小鬼どもが見当たらないというなら、ここで全員を始末すれば話は簡単だな」

「そうは言っても、かなり強そうですよ。特にあの中央の奴とか」


 小鬼たちの命数は20、魂力は25ほどではあるが、正直、灰色狼の群れのほうが圧倒的に強そうである。

 ただ焚き火の近くに腰掛ける一人の小鬼だけは、命数が25とやや飛び抜けていた。

 格好も革鎧ではなく、赤い貫頭衣を着て仮面のようなものを頭につけている。

 

「あれが隊長だろうな。あとは普通の奴が七、いや八人と見張りが二人だな」


 焚き火の側は気配が密集しており、正確な数が読み取れない。

 なぜか妙に小さいのも混じっているな……。


「革鎧を鑑定したが、投槍で十分に貫通可能だな。武装は槍と弓くらいで、盾はないのか」

「小さい体を活かしての、速度重視なのかもしれませんね」

「なるほど、ロクちゃんと同じ手合いか」

「倒す!」

「……ああ、腹が減りすぎだ。さっさと始めようぜ、吾輩さん」

「うむ、期待してるぞ、ロクちゃん、タイタス」


 まずは土を捏ねて、下僕骨や吾輩たちに塗り付けていく。 

 白い骨のままだと、暗闇から浮き上がって見えるしな。


 次に五十三番と守備部隊は、野営地の正面に陣取ってもらう。

 ロクちゃんは反対側だ。


 そして投槍部隊を引き連れた吾輩とタイタスは、見張りを避けて側面に回り込んだ。

 こっそりと焚き火に槍が届く範囲まで距離を詰めていく。


 作戦はまず五十三番とロクちゃんが、見張りを仕留める。   

 異変に気づいた小鬼どもは、前後の敵に対処しようと動くはず。

 そこに側面から、槍の嵐を降らせると。


 上手くいけば、開始数十秒で決着がつくという訳だ。

 持って帰る手間と距離を考えて、基本は殲滅を目指す。

 小鬼の装備品も拾えるし、欲張りすぎて痛い目にあいたくはないしな。

 

 茂みにしゃがみこんでいると、不意に視覚を覗かれる感触が襲ってきた。

 定位置に付いたという五十三番の合図だな。


 ロクちゃんを覗くと、やや高い位置から野営地に立つ見張りが見下ろせた。

 どうやら木に登っているようだ。

 五十三番を覗き返し、こちら側の準備が整っていることを伝える。


 音もなく飛来した矢は、見張りの首元にいつの間に刺さっていた。

 同時に月光をわずかに遮った影が、もう一人の見張りの喉を切り裂く。


 完璧な先手を取れたことに満足しつつ、吾輩の歯音一つで投槍部隊が茂みから身を起こした。

 ここから事態に気付いて動き出すまで、四、五呼吸は掛かるはず。

 余裕を持って、骨どもが槍を振りかぶり――。


 いきなり暗い森の中に、悲鳴に近い声が響き渡った。 

 声の出所は焚き火の側だ。

 その瞬間、赤い服の小鬼が、傍らの杖に手を伸ばしたのが見えた。

 

 ――遅い!


「目標、焚き火周囲。撃て!」


 投槍棒に込められた力が、槍の速度を限界まで増幅し空気を穿つ凶器に変える。

 放たれた八本の槍は、真っ直ぐに小鬼たちへ向かい――。


 地面から次々と盛り上がる土の壁に突き刺さった。

 なんだと!


 その土壁は焚き火の周囲をぐるりと取り囲むように、突如出現していた。

 それなりの厚さと堅さがあったのか、木の槍は貫通できずに全て刺さったまま止まっている。

 

 間を置かず土壁たちが、音を立てて崩れ去った。

 そして壁の中から、槍を構えた小鬼どもが一斉に飛び出してくる。

 くっ、奇襲は失敗か。


「前にでるぞ!」


 注意を引きつけるべく、タイタスが野営地に躍り出た。

 こちらへ向かってくる小鬼はいない。

 四人ずつ二手に別れ、五十三番とロクちゃんの方へ向かっている。


「槍を構えろ!」

 

 咄嗟に側面から迎撃しようとしたが、またも忌々しい土壁が射線を遮るように立ち上がる。

 ちらりと見えた壁の奥で、赤い服の小鬼が再度杖を振り回す姿が見えた。


 間違いない。

 あの隊長格の小鬼は、土の精霊使いだ。

 しかも吾輩とは比べ物にならないほどの使い手っぽいな。

 

 土壁を盾で粉砕しながら詰め寄ろうとした大きな骨に、赤い服の小鬼は苛立たしげに足踏みをした。

 その途端、地面が波のように上下にうねり、真っ直ぐにタイタス向けて動き出す。


 間近まで接近した波は、そこで急に槍状に変化してタイタスに襲いかかった。

 地面から伸びる一撃を盾で受け止めたタイタスだが、大きく後退りする。


 吾輩の左側では、四本の槍の攻撃をロクちゃんが何とか凌いでいた。

 休みなく突き出される穂先をナイフで弾いてはいるが、ジリジリと追い詰められているようだ。

 小鬼たちの動きは明らかに訓練されたもので、速さではロクちゃんに劣っていたが、それを補って有り余る正確さと連続性があった。

 

 右側では、すでに決着がつきつつあった。

 速射で小鬼二人を仕留めた五十三番だが、接近されれば槍と弓では勝負にならない。

 あっさりと横殴りの一撃を受けて、腰骨を砕かれ倒れ伏す。


 五十三番を倒した小鬼たちは、背負っていた弓でこちらが潜む茂み目掛けて矢を飛ばしてきた。

 その射線は、骨たちの後方に絞られている。

 操っている人間を狙っているのだろうか。


「タイタス、吾輩が援護する。もう一度行けるか?」

「おう、あの頭を潰せば何とかなるはずだ。頼んだぜ、吾輩さん」

 

 再び前に出るタイタス。

 その背後に、吾輩はピッタリと身を寄せる。


 またも赤い服の小鬼が足踏みをし、地面が次々と盛り上がり迫ってきた。

 土の波が吾輩たちへ近付くギリギリを見計らい、吾輩は地面にしゃがみ込み手を押し付ける。


 イメージするのは、作り慣れた丸椅子だ。 

 立ち上がる吾輩が地面を斜めに引っ張り上げると同時に、本来そこにあるべきはずの土が引き寄せられる。

 それはちょうど、槍状に変化する波の直前に大きな穴を作った。

 

 盛り上げるはずの土を見失った波は、不発となって消え去る。

 穴を軽々と飛び越えたタイタスは、そのまま赤い服の小鬼へと詰め寄った。


 驚きで大きく目を見開いた小鬼は、杖を地面に激しく突き立てながら声を張り上げた。



「こいつら滅びの骨・・・・か。壊せ! 跡形もなく消し去れ! 全てを塵に変えろ!!」



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