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第七話 招かれざる客



 さらに一週間が過ぎた。

 

 相変わらず順調に、魂の総数は減っていく一方である。

 現在の数は436。

 あ、今、426になった。

 

 棺から現れた新たな骨は、のっしのっしと部屋を横切ってくる。

 そのまま吾輩の横を通り過ぎる瞬間、カチンと歯を鳴らしてみた。

 いってらっしゃいの意味を込めた挨拶だ。


 骨はわずかに首を回して吾輩を見下ろしながら、足取りを緩めず外へ出ていった。

 やはりまだ通じないか。


 落ち込む吾輩の頭骨に、カチカチと小さな音が届く。

 元気出してという意味だ。


 カッチンと、ありがとうの意味を込めて返事をする。

 カチカチンと、どういたしましての歯音が返ってきた。


 うん、五十三番は本当に良い奴だな。

 よし、めげずに挨拶し続けるか。


 

 今のは後がなくなってきた吾輩の精神状態が起こした幻聴だとか、追い詰められて錯乱した行動というのではない。



 単に新しい技能を得たというだけだ。

 新技能の名は『骨会話熟練度』。

 なんと骨の響きだけで意思が疎通できる、骨専用の言語なのだ。


 技能が発動した切っ掛けは、単純に五十三番が返事をしてくれたおかげだろう。

 当初はガシャガシャと小うるさかった隣人だが、良い具合に頭のヒビから命令が抜けてくれたのか、しばらく経つと静かになった。

 あまりにも静か過ぎて生きているのか心配になった吾輩は、暇を見てカチカチと歯を鳴らして呼び掛けていたのだ。

 そしてある日、吾輩の歯音に応えるように、五十三番の歯が小さく鳴り響いたのが始まりだった。

 

 最初は本当に、挨拶的なただの合図でしかなかった。

 だが、そのうち歯音に込めた意味が、互いに少しずつ聞き取れるようなる。

 で、気がつけばそれなりの会話が出来るようになっており、棺に『骨会話熟練度』の文字が浮かんでいたというオチだ。


 話してみると五十三番目は意外とお喋りで、人懐っこい感じの青年だった。

 どうやら吾輩と同様、生前の記憶は残ってないようで、名前も思い出せないと言っていた。


 そこは不便なので、五十三番と名付けてやった。

 うむ、そのままだ。

 覚えやすくて、良い名前だと思う。


 ちなみに吾輩は、吾輩先輩と呼ばれている。

 色々と状況や推察を教えてやったところ、どうもかなり尊敬されてしまったようだ。

  

 それからは、こうやって今の状況をどうすべきか話し合う毎日となった。

 まあ会話以外に、やることがないと言うのもある。


 もっとも五十三番は上半身が丸々残っているので、手が届く範囲で色々とやってはいるようだ。

 今日も背後の壁を使って、何やら一人で楽しそうに勤しんでいる。

 

 なので吾輩も出来ることを探そうと思い立って始めたのが、先ほどの挨拶運動という訳だ。 

 魂集めの命令に頭を占拠された骨たちの、頑なな心を開こうという狙いである。

 会話が通じるようになれば、様々なアドバイスが出来るようになり、骨たちの生還率も上がるのではという目論見であったが……。


 吾輩の声は、まだまだ届かないようだ。

 溜息を吐けないので代わりに顎を大きく開きつつ、吾輩は棺の横に浮かぶ文字を眺める。


『反響定位』 段階3

『頭頂眼』 段階1

『棒扱い熟練度』 段階8 

『投げ当て熟練度』 段階6

『骨会話熟練度』 段階1

『刺突耐性』 段階3

『打撃耐性』 段階1

『しゃがみ払い』 段階3

『頭突き』 段階0

『爪引っ掻き』 段階0

『粘糸』 段階0

『体当たり』 段階0

『くちばし突き』 段階0

『齧る』 段階0

 

 コウモリとトカゲの供給が止まって、反響定位や頭頂眼の感覚系は止まったままだ。

 代わりに熟練度は、どれも程良く上昇している。

 しゃがみ払いの技も上がっているとこを見るに、積極的に攻撃を仕掛けているのだろう。


 で、反撃であっさり倒されていると。

 耐性が増えてない、伸びてない時点で、そこまで簡単に予想できる。


 ああ、もっと簡単に仕留められる獲物を狙えと、歯をガタガタ鳴らして言い聞かせたい。 

 例えば、ほら――。


 今、吾輩の頭の中を走り回ってるネズミどもとかな。


 最近のこいつらは吾輩の頭を齧るのに飽きたのか、こうやって遊ぶようになったのだ。

 そのせいで刺突耐性は、3で止まってしまった。

 いやもしかしたら、3になったことで硬くなりすぎて歯が立たなくなったのか。


 吾輩の鼻があった部分から、ネズミの一匹が鼻先を突き出す。

 チュチュチュと小さな鳴き声が頭骨の中で響き、トタトタと骨の内側をよじ登る複数の音が続く。

 頭の底部分の大穴に飛び込んだネズミが、楽しそうに内側を滑り降りる。

 

 いやはや、吾輩は滑り台じゃないぞ。

 困ったもんだ。

 

 

 ――と、不意にネズミどもが一斉に動きを止めた。



 まるで最初から何もいなかったかのように、その存在感が完全に消えさる。

 急になんだ?


 突然、静かになったので、思わずこちらも息を潜めてしまう。

 呼吸はしていないので、気持ちだけだが。


 待つこと数秒。

 気が付けば、すぐそこに影のような塊があった。


 驚きのあまり、吾輩の顎がパックリと開く。

 反響定位には、近付いてくる姿は一切聞こえてなかったぞ……。

 

 部屋の入り口から差し込む薄い光が、影の異様な形を浮かび上がらせる。

 それは黒い塊から、何本かの太い棒が突き出したような見た目をしていた。


 折れ曲がった棒たちが前後に動き、地面の上を滑るように影が距離を詰めてくる。

 間近に迫る真っ黒な姿に、吾輩はようやく侵入者の正体に気付いた。


 体高は優に人の膝を超えるだろう。

 ずんぐりと丸みを帯びた胴体。

 長く伸びた八本の脚は、みっしりと黒い毛に覆われている。


 そして大きな顎と、額に並ぶ八個の眼球。

 影のように見えたモノは、巨大な蜘蛛であった。



 瞬く間にアップになる蜘蛛の顔を、吾輩は呆然と眺めていた。



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