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第六十六話 交渉の始まり



 最近、吾輩が凝っているのは、応接室の家具作りである。


 まずは想像。

 自分が座るちょうど良い高さと広さを頭骨内に描きつつ、地面に手を付ける。

 土を持ち上げていく過程で堅さを調節し、崩れないよう丁寧に作っていく。

 ここは土をギュッと握って、空気を絞り出す姿を思い浮かべるのがコツだ。 


 足ができたら、今度は座面。

 出来るだけ水平になるよう心掛ける。


 お次は肘掛け。

 これはなるべく薄く、しかし肘の重量に耐えうるぎりぎりを見極める。


 最後は背もたれ。

 ここまで来れば、比較的簡単だ。

 別に動かす必要はないので、いくらでも分厚く出来るから気楽である。


 土の精霊術を使い始めて、色々と分かったことも多い。

 火の場合は熱を感じる距離ならば、離れていても操ることが出来る。

 だが土を扱う際は、必ず手で触れる必要があるのだ。


 理由として考えられるのは、土を動かす時に手で触った感触が重要なのではないかと。

 実際には勝手に椅子が出来上がっていくのだが、吾輩の中では手でペタペタと触りながら作り上げていく感じである。

 それゆえ、どうも足だと上手く行かなかったりもする。


 ただ空想の手がある分、操作は火に比べ精密さが桁違いになった。

 火の精霊術は、熱の増減と大まかな方向を決めて燃やすことくらいしか出来ないが反応自体は早い。

 逆に土の精霊術は反応速度は遅いが、動かすほかに密度を上げたりとやれることが多い。

 

 このあたりの長所と短所を踏まえて、どう使いこなすかが今後の肝になりそうだと思う。

 まあ吾輩には、臓器が全くないけどな。


 とか考えているうちに、完成っと。

 うむ、今日の出来はまぁまぁか。


 いつもなら座り心地を確かめたら直ぐに崩してしまうのだが、今日は客人が来るのでこのままだ。

 ついでに部屋の中を見回す。


 来客用の円筒形の椅子が二台に、長机が一台。

 全て土製だが、見栄えはそれなりに良い。後は花でも飾ったほうが良かったか?


 それと部屋の一番奥には、先ほど吾輩が作った大仰な感じの玉座。

 今日はちょっとばかり貫禄が必要だからな。


 ついでに軽く歯音を立てて、槍をもたせた下僕骨をずらりと左右の壁沿いに並ばせる。

 これは先日の灰色狼から会得した集団統制という能力だ。


 細かく具体的な指示を出さなくても、短い言葉でイメージが伝わりやすくなったといった感じだろうか。

 秒単位で状況が移り変わる戦闘中は、のんびりと指示を出してる暇がない。

 だがこの能力のおかげで、一つしか行動できなかった下僕骨たちが同じ時間で二つ以上の命令をこなせるようになった。

 うむ、正直、強過ぎる能力である。

 狼どもの魂力が集団だと三倍近くあったのも、十二分に納得できるな。


 まあ、その狼も今は皮一枚の姿になって、机の上で長々と伸びているが。

 

「吾輩先輩、アルって子とその親らしい人間が来てますよ」

「おお、もう来たのか。タイタスはどうした?」

「相変わらず、ネズミ部屋でくつろいでますよ」

「……またか。となると腹が減るまで出てこないぞ、アイツ。折角、吾輩の横に立たせて威厳を示す作戦だったのに」


 実はあの大骨、隠しているようだが、巨体に似合わず小さな生き物がお気に入りなのだ。

 こないだ試しにネズミで脱力を試させようして断ってきたのは、腹が減ってなかったという理由よリも可哀想だと思ったのではないかと睨んでいる。

 ロクちゃんに好き放題、纏わりつかれてもあまり怒らないのも怪しいしな。


「何か弱っちい存在は、無性に守りたくなるとか言ってましたよ」

「よく分からん性格だな。腹が減ってると、あんなに好戦的なのにな」

「で、どうします? 僕が代わりに立っときましょうか」

「いや、五十三番は出入り口を頼む。では、大事な客人どもを案内してきてくれるか」

「分かりました」


 しばらくして五十三番が、二人を連れて戻ってきた。

 アルともう一人の男を手前の椅子に座らせると、五十三番は一歩下がって出入り口を塞ぐように立つ。


「…………ようこそ」


 の意味を込めて軽く手を差し伸べると、青白い顔をした男はビクッと背を強張らせた。


「師匠がようこそって、父さん」

「あ、ああ、は、初めまして、はぐれ村の長を務めるゾーゲンと申します」


 こちらこそと頷くと、男は大きく音を立てて唾を飲み込んだ。 


「本当に言葉が分かっているのか……」

「だから何度もそういったよ」


 父親をなだめる少年の目の周りには、青い痣が出来ていた。

 指差すとアルは困ったような表情を浮かべ、父親は驚いた顔で吾輩を見つめてきた。


 息子が粘糸の束だけじゃなく、猪の足を持ち帰ればそろそろ気付くだろうとは思っていたが、やはりそれなりに揉めたようだ。

 

「あ、あなた方には感謝している。だがこれ以上、俺たちに――!」


 いきなり話し始めた男に対し、吾輩は軽く歯を鳴らした。

 途端、左右に並んでいた骨が、一斉に槍を持ち上げる。


 ガタガタと震えながらも、男は慌てて息子の前に身を乗り出して庇う素振りを見せた。

 その点に免じて続けろと手を振ると、男は言葉を選ぶように慎重に話しだした。


「村の現状はすでにこの子から説明があったと思います。上手くやれば頂いた黒絹糸を売った金で、村の土地そのものを買い上げることが出来るはずです。そうなれば男爵様もおいそれと手出しは出来ません。御慈悲を掛けて頂き、村の代表として心からお礼をいわせて頂きます」


 ゾーゲンは吾輩に深々と頭を垂れた。

 顔を伏せたまま、男は言葉を続ける。


「し、しかし、これ以上の関わりはお許し下さい。金輪際、ここのことは他所には漏らしません。貴方様の土地である森には、誰一人立ち入らせないようきつく言い聞かせます。なので、どうか、どうか俺たちを見逃して頂けませんか?」


 男は顔を上げて訴えかけるように、吾輩を見つめてきた。

 固く握った手は小刻みに震え、首筋には汗の珠がびっしりと浮かんでいる。

 なるほど、これが責任を背負った男の顔か。


 アルから聞いた村の様子は、成人男性が二十人足らず。

 武器もろくになく、村を守るのは古びた柵しかない。

 この部屋の骨だけで、簡単に蹂躙できる規模である。


 村が助かる可能性が出てきたとなれば、吾輩たちのような危険な存在からは距離を置きたいと判断するのももっともだ。

 それは村長として、そして子供を持つ親として、当たり前の感情だと思える。

 うん、厄介ごとから離れたいって気持ち、痛いほどよく分かるぞ。



 だが、答えは否とさせて貰おう。


 

 首を横に振る吾輩の仕草に、村長は小さく呻き声を漏らした。

 うむ、済まないが、お前たちを手放す気は毛頭ないのだ。


 吾輩はずっと考えていた。

 このまま強くなっていけば、遠くない先で吾輩たちと人間社会は必ず衝突するだろうと。 

 対抗できる速度で強くなれれば、それでも良いかもしれない。


 しかし今はまだ早い。

 あの滝の下で出会った男たちを思い返すと、一層そう思える。

 まだまだ、大っぴらに事を構える訳にはいかないと。


 そのためにも人間社会との衝突を避け、時間を稼ぐ方法が必要だった。

 そして思いついたのが、人間側の協力者を得るという手段である。


 こいつらは、吾輩たちに必要な物資を代わりに調達させる窓口であり、対立する人間どもが攻めてきた時の波除けでもあるのだ。

 だが当然、村人たちが裏切る可能性も十分にありえる。

 いやむしろ、協力しない可能性のほうが高いだろう。

 

 吾輩が頷くと、五十三番が静かにアルの肩に手をおいた。

 その意味を察したのか、村長の顔が静かに絶望に覆われていく。 


 

 では、交渉を始めようか。

 大丈夫、こちらには糸だけじゃなく、肉や皮など提供できるものはいくらでもあるぞ。

 


「…………な、何をお求めなんですか?」



 それは無論、魂だ。



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