第六十五話 集団戦
「かッ! たく、チョロチョロと!」
空振った斧が地面をしたたかに叩き、タイタスが苛立たしげに声を上げた。
寸前で動きを止め斧をやり過ごした狼は、がら空きになった上半身へと飛びかかる。
肩を噛み千切ろうと、大きく顎を開く獣。
しかし待ち構えていたのは、タイタスの肩から急激に伸びた白い角であった。
上顎を貫かれた狼は、怯んだ鳴き声を上げて飛び退った。
間髪入れずに、新たな狼が後方から足首を狙い牙をむく。
だが死角からの噛み付きを、タイタスは難なく盾で弾いてみせた。
さらに盾をそちらへ向けたことで、無防備になった背中に飛び掛かってきた狼に、振り向きをせず斧を真横に振るう。
逃げ場もない空中で斧の横殴りを食らったはずの狼だが、ぎりぎりで体を捻り致命傷を避けて地面に降り立つ。
波状攻撃をしのぎ切ってみせた巨骨は、全身の魂力を高ぶらせガチンと歯を噛み合わせた。
「おら、もっとかかってこい! 犬っころども!」
威嚇――闘志を燃やして、他の生き物を圧倒し注意を引きつける技だ。
タイタスの挑発に、三匹の狼どもは身を低くして唸り声を漏らした。
よしよし、そのままで頼むぞ。
「右端のを狙うぞ、構え!」
吾輩の指示に、下僕骨たちは一斉に槍を嵌めた投槍棒を持ち上げる。
「――撃て!」
八本の槍――先を削って尖らせただけの木の棒が宙を飛び、身を伏せていた狼に殺到した。
咄嗟に躱そうと反応するが、不均衡さゆえバラけて飛んで来た槍に後ろ脚と腹を貫かれる。
二匹になった狼に対し、盾を構えたタイタスが前に出た。
唸り声を立てて飛び掛かってきた一匹の喉を、斧を投げ捨てた手で鷲掴みにする。
狼は宙吊りにされたまま身を懸命に捩っていたが、瞬く間に生気を吸い尽くされて抵抗を止めた。
残った一匹は尻尾を丸め逃亡を図ろうと振り向くが、その先に新たな骨が立ち塞がる。
「倒す!!」
二振りの石の短剣で、真っ向から牙を受け止めるロクちゃん。
体重差に任せ伸し掛かろうとした狼の背に、続けざまに矢が突き刺さった。
ロクちゃんを突き飛ばし、何とか逃げようとする狼。
だが数歩も行かないうちに、膝を折り舌を出したまましゃがみ込む。
動ける狼が居なくなったのを確認して、吾輩はようやく安堵の歯ぎしりを漏らした。
「よし、まずあの狼を縛って持ち上げろ。タイタス、吸い終わった奴をそのまま運んできてくれ」
麻痺状態で動けない狼は下僕骨に任せ、吾輩は槍で地面に釘付けになった一匹に近付く。
地面に血溜まりを作りながらも、狼は吾輩を見据えたまま獰猛な唸り声を上げた。
かつてその強さに恐れを抱いていた獣の瀕死の姿に、吾輩の胸の内に感情が湧き上がってくる。
それは勝利を喜ぶだけの、単純な気持ちではなかった。
もっと深く大きい、誇らしげな感情だった。
累々と地面に転がる狼どもを眺めながら、吾輩の口から自然と歯音が漏れる。
「ふう、…………吾輩たちも、随分と強くなったもんだ」
今回の遠征先は、滝の上に広がる黒い森である。
上流近辺に関しては、男爵の調査が当分は入らないであろう情報はすでに入手済みだった。
他にも色々と情報は得ていたが、それに関しては後にさせて貰おう。
滝の上と言えば、まず思い出すのが狼と亀の死闘だ。
もっとも亀の方はまだまだ近付くのは早い気がするので、この度の目的は狼狩りに絞ることにした。
前回の遭遇時の観察からして、狼の厄介な点は集団で取り囲んでの切れ目のない攻撃だ。
それに対抗するためには、吾輩たちも集団で当たるしかない。
なので今回は、新たに呼び出した骨八体による新部隊を結成した。
まず接近戦であるが、下僕骨では太刀打ちできない。
かといって遠距離の投石では、分厚い毛皮を突破して大きなダメージを与えるのは難しい。
そこで思いついたのが投槍だ。
盾だと加工が難しいが、槍なら棒の先端を尖らすだけでいい。
しかし槍を持ってただ投げるだけでは、投石紐の半分の威力も出ない。
そのために用意したのが、投槍棒である。
投槍棒というのは槍の後ろに引っ掛けて投げる棒で、普段の倍以上の効果が発揮できる素晴らしい道具なのだ。
しかもちょうど余っていた大腿骨で、かなり簡単に作れるという点も嬉しい。
下僕骨たちは腕力増強と各種感覚、さらに投げ当て熟練度や判定、見抜きと当てることに特化した選択をしてある。
そして試しに何度か投げさせた結果、これで行けると確信できたという訳だ。
ちなみに槍を思いついたのは、一角猪の突進からである。ありがとう、猪。
狼は獲物を探すために小集団に別れて移動していたようで、吾輩たちが出会ったのは七匹の群れであった。
作戦通り、まずはタイタスが一人で突っ込む。
狼たちが群がったところを狙い、槍を一斉に発射。
これで二匹が行動不能、一匹が負傷となった。
残り四匹を、タイタスが逃さないよう威嚇で引き付け時間を稼ぐ。
負傷した一匹は、集団から離してロクちゃんと五十三番が仕留めた。
ついでもう一匹も引き剥がし、そこからは技能の熟練度を上げる練習を兼ねながら倒す。
先日の猫と猪戦で、回避と打撃耐性が上がっていたので、大きな苦戦はなかったようだ。
その間、タイタスは三匹を相手に奮闘してくれたという訳である。
え、吾輩か?
吾輩はずっとタイタスの周りの状況を監視しつつ、下僕骨に槍を撃たせる大事なタイミングを図る役目があったと言っておこう。
持ってこれた槍は、各骨二本ずつしかないからな。
タイミングが非常に重要であったのだ。
それとタイタスが背後からの攻撃に対応できたのは、吾輩の視界のおかげでもある。
あの覗かれる感覚は、未だに慣れる気はしないがな。
「見事に勝てましたね」
「ああ、こいつらは多対一には慣れているが、多対多はあまり経験がないのだろう。すぐに仲間を呼んでいれば、結果は変わっていたかもしれんのにな」
もしかしたら群れの中に、前に見た狼の頭目らしい個体が居なかったせいもあるか。
今回上手く行ったのは、かなり運が良かったようだ。
「倒した!」
「うんうん、よく言えたな。偉いぞ、ロクちゃん」
「さっさと戻ろうぜ。今日はもう満腹だ」
「そうだな。怪我の方は大丈夫か? 最初にかなりヤラれただろう」
「ちょっと噛まれた程度じゃ、一匹吸えば十分さ。そんなにヤワじゃねえよ」
「おっさんに心配なんて無用ですって。槍と矢の回収、終わりましたよ、吾輩先輩」
「よし、なら撤収するぞ!」
吾輩の掛け声に、狼どもをぶら下げた骨たちが一斉に動き出す。
その一糸乱れぬ動きに、吾輩は改めて確信する。
この調子なら、もっともっと吾輩たちは強くなれるぞ。




