第六十三話 運命の別れ道
「タイタス、ついてきてくれ」
「ガキは放っといて良いのか?」
「まずは確認が先だ」
技能の保有者が、黒棺様の十歩圏内に入らなければ反映されない仕組みは、すでに検証済みだった。
「村に手を貸すにしても、先にこちらの戦力の把握しておかねばな」
「待って下さい、吾輩先輩」
「言いたいことは分かるが、今は時間がない。後にしてくれないか」
「いえ、その、棺を確認するなら、猪を入れてからの方が良くありません?」
「あっ――い、今、そうしようと思っていたところだ!」
「それじゃ、僕が呼んできますね」
少しばかり、気が焦ってしまったようだ。
頸骨を意味なく揉みほぐしながら、高まってくる感情を何とか抑える。
よし、大丈夫。まだ慌てるような段階じゃない。
「ロクちゃん、洞窟の周りを警戒しておいてくれ。あとアルと遊んでても良いぞ」
「倒す!」
「ほどほどにな」
下僕骨たちを引き連れた五十三番が戻ってきたので、一緒に棺の部屋まで進む。
部屋の入口を擦りながら何とか通り抜け、黒棺様に捧げるべく近付いた瞬間、吾輩たちは恐ろしい問題に気付いてしまった。
「……これ無理じゃないか?」
「どう見ても、厳しいですね」
「無理やり押し込んでみるか?」
恐れていた事態が、とうとう発生していた。
そう、一角猪は黒棺様より大きかったのだ。
「足が引っ掛かりそうだな。切り落とすか」
「刃が通らない箇所には気をつけろよ、タイタス」
両手斧で強引に後ろ脚を切り落とし、細くなった下半身から強引に押し込む。
棺の底に猪の体が触れたと思ったら、そのままズルズルと全身が呑み込まれていく。
明らかに詰まりそうな上半身も、ゴキグキと骨が軋む音を発しながら折り畳むように吸い込まれてしまった。
「こんな風になるんですね。ちょっと怖いというか」
「どういう仕組なんだよ、これ? 中から誰か引っ張ってんのか?」
「さあな、それよりも確認が先だ」
二体を押しのけて、黒棺様の側面を確かめる。
<能力>
『暗視眼』 段階0→1
『角骨生成』 段階0→1
『生命感知』 段階0→1
『反響定位』4『気配感知』4『頭頂眼』3『危険伝播』3『末端再生』2
『麻痺毒生成』2『視界共有』2『臭気選別』1『腕力増強』1『賭運』1
『火の精霊憑き』1『土の精霊憑き』1
<技能>
『骨会話熟練度』 段階5→6
『短剣熟練度』 段階4→5
『弓術熟練度』 段階3→4
『指揮熟練度』 段階2→3
『盾捌き熟練度』 段階0→3
『受け流し熟練度』 段階1→2
『棒扱い熟練度』10『刃物捌き熟練度』10『投げ当て熟練度』10
『火の精霊術熟練度』10『長柄持ち熟練度』10
『見抜き熟練度』7『動物調教熟練度』4『忍び足熟練度』4
『片手斧熟練度』4『投擲熟練度』4『片手棍熟練度』2
『片手剣熟練度』2『両手斧熟練度』2『両手槍熟練度』2
『土の精霊術熟練度』2『鑑定熟練度』2『投斧熟練度』1
『回避熟練度』1『火の精霊術熟達度』1
<特性>
『毒害無効』 段階0→10
『刺突耐性』 段階8→9
『圧撃耐性』 段階6→7
『打撃耐性』8『炎熱耐性』5『腐敗耐性』3
<技>
『飛び跳ね』 段階2→4
『早撃ち』段階2→4
『盾撃』 段階0→1
『二連射』 段階0→1
『脱力』 段階0→1
『威嚇』 段階0→0
『突進突き』 段階0→0
『念糸』8『しゃがみ払い』6『狙い撃ち』6『三段突き』4『齧る』3
『痺れ噛み付き』2『頭突き』0『爪引っ掻き』0『体当たり』0
『くちばし突き』0『三回斬り』0『棘嵐』0『兜割り』0
<戦闘形態>
『二つ持ち』 段階5→6
『弓使い』 段階3→4
『盾使い』 段階0→2
能力の暗視眼は猫で、生命感知は元から持っていたものだから、消去法で角骨生成が一角猪の能力となる。
「角の骨を生やすという意味か?」
「お、凄えなこれ」
振り向くとタイタスが、頭からニョッキリ生えた角を触っていた。
視線で問いかけると、五十三番は黙ったまま首を横に振る。
頭頂眼の少し手前に、意識を集中させてみた。
皮膚の感覚がないので分からないが、指で触ってみるとハッキリと膨らんでいる。
しかも他の部分より、明らかに硬さが違う。
「…………この角は、一体何に使えるんだ?」
「えーと、怖がらせるのには良いですね」
「…………ど、どうやったら元に戻るんだ?」
「出っ張れって感じの逆で良いんじゃないですか?」
指で押し込みながら、ひっこめと祈ると角は静かに縮んでいく。
あー、良かった。
「とりあえず、今の状況ではあまり使えないことが判明したな」
「ええっ、格好良くないか? 俺は気に入ったぜ」
無視して技能を見ていく。のんびり遊んでいる時間はないのだ。
「上がったのは骨会話、短剣、弓術に指揮か。それと盾捌きと受け流しと」
ようやく、武器の熟練度が上がり始めたか。
それに防御面の向上も著しい。
耐性の上昇も、それを裏付けてくれているな。
「刺突が9で圧撃も7。これなら、かなりの攻撃まで耐えられるぞ」
「命数が5程度の生き物までなら平気でしょうが、人間相手ならさほど持ちませんよ」
それは吾輩も重々承知している。分かってはいるのだ。
「技も全体的に増えているな。盾撃と二連射は人間どもの技そのままか。威嚇は剣歯猫で突進突きは猪か。すると残ったのは……」
「脱力が、魂力を吸い取った技ですね」
「なんだか冴えない名前だな。もうちょっとマシな名前を頼むぜ」
「黒棺様の感性だ。諦めろ」
この脱力という技は、どうもタイタス専用のようである。
どんな相手でも接触するだけで無力化できるとすれば、今後の大きな突破口となりえる。
性能をもう少し調べて見る必要があるな。
「タイタス、ちょっとコイツで試してみてくれんか」
配下のネズミを差し出すと、大きな骨は黙って首を横に振った。
「今は無理だ。腹が減ってねぇ」
「なんだと! いつ減るんだ?」
「さぁ? そのうち減ってくるとは思うがな」
「今すぐ減らすのは無理なのか? ちょっと走り回ってみるとかどうだ?」
「勘弁してくれよ、吾輩さん。折角、腹が膨れたのに、なんでまた減らす必要があるんだよ」
「…………分かった。無茶を言ってすまなかったな」
棺の裏に回り、下僕骨の設定を触ってみる。
まずは能力を選ぶ。生命感知は外せないので、それ以外だな。
暗視眼は暗くないと視力を発揮しないので頭頂眼を、あとは反響定位と腕力増強くらいか。
技能は盾捌きと棒扱いは必須だな。
受け流しと回避も入れておこう。
戦闘形態を盾使いにして、……うん、まだ選べるのか。
なら末端再生も入れておこう。
これ以上は無理か。
命令型にして、一体を試しに呼び出してみる。
「すまんが返してもらうぞ」
棺の横に立つ防衛骨から木の盾を奪い取り、石斧と一緒に出てきたばかりの骨に持たせてみた。
そしてこの下僕骨が徒党を組んで、川で出会った人間どもに立ち向かう姿を想像してみる。
「現在の魂総数は830か……。最大、八十三体の集団なら…………」
吾輩は無言で踵を返した。
棺部屋を出て、足早に洞窟の外へ向かう。
表に出てみると、ロクちゃんに逆さ吊りにされて泣き叫ぶ少年の姿が目に飛び込んできた。
仲良く遊んでくれていたようだ。
「し、師匠。助けてください~」
「下ろしてやれ、ロクちゃん」
「倒す!」
開放されたアルはよろよろしながら吾輩へ近付いてくると、急に地面に倒れ伏した。
這いつくばったまま顔を上げ、またも吾輩を真っ直ぐに見つめてくる。
その顔は汗と涙まみれであったが、眼差しだけは真摯な輝きを放っていた。
「師匠、どうか……どうかお願いします」
ボロボロになりながらも吾輩に縋り付いてくる少年の姿に、心が揺れ押し殺したはずの感情が再び高まってくる。
ロナや双子たち、アルの弟の顔が吾輩の頭骨内にちらつく。
手塩を掛けて、育成するはずだった魂たちだ。
この子たちが失われることは、吾輩にとって胸骨がひび割れるほどに辛い。
…………だが。
だが、どう考えても、今の吾輩たちでは男爵の手下には敵わない。
総力戦で押し込めば、勝機はあるかもしれない。
しかしその後はどうなる?
負けることは勿論、勝ったとして得られるものはいかほどだ?
残念だがそんな危険な賭けに、吾輩たちは集めてきた魂を費やす訳にはいかんのだ。
今の吾輩には主導者として、この洞窟の、黒棺様の、そして吾輩の仲間たちを守る義務がある。
残念な結果を伝えるべく首を横に振ろうとしたその時、アルが再び大声を張り上げた。
「どうか村を救うために、この黒い糸が取れる場所を教えてください!」
……………………へ?




