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第六十二話 盾VS角



 タイタスがロクちゃんを押し退けたのと、角付き猪が地面を蹴って走り出したのはほぼ同時であった。

 その速さには獲物の隙を窺う肉食獣と違い、溜めや揺るぎは微塵もない。


 危険を察したら即、本能に従い行動に移す。

 これが野生の恐ろしさというやつか。 


 数歩の距離は一瞬で埋まり、気が付くと眼の前に獣の巨体が迫っていた。

 いや本当に、逃げなきゃとか考える余裕もないぞ、これ。

  

 しかし寸前で身を低くしたタイタスが大きく踏み込む姿を、吾輩の目はしっかりと捉えていた。

 その手に構えた盾を、力強く前に突き出したのも。


「おらぁぁああ!」 


 次の瞬間、硬い物がぶつかり合う激しい衝突音が、森の中に響き渡った。

 後ろに伸ばしたタイタスの踵の骨が地面に食い込み、土を派手に捲り上げながら後退してくる。

 だが激しい歯音を鳴らしつつも、大きな体は真っ向から猪を受け止めていた。

 太い背骨がピンと伸び、心棒のように巨体を支える。


 タイタスの踏ん張りに、派手に土煙を巻き上げながらも獣の勢いは失われていく。

 そしてかなり押し込まれはしたが、ついに角付き猪の突進は終わりを見せた。


 がっしりと組み合ったまま、動きを止める獣と骨。

 荒々しく鼻息を吹き出しながら、猪は足元を蹴って頭を揺する。

 しかしタイタスの長盾は、角を器用に避けた形で上から猪の頭を見事に押さえつけていた。

 

 拮抗した状態となると、骨数が多いこっちが圧倒的に有利だ。

 

 タタタッと、梯子代わりにタイタスの背骨を駆け上がるロクちゃん。

 そのまま頭を飛び越すと、クルリと宙返りしつつ猪の背に着地して両手のナイフを突き立てる。

 同時に側面に回り込んでいた五十三番が、弓弦を軽やかに鳴らした。


 しかし聞こえてきたのは、肉を穿つ音ではなかった。

 ロクちゃんのナイフは刺さることなく、五十三番の放った矢も弾かれる。


「倒す!!」 

「なんだと?!」


 まるで鎧を着込んでいたかのような猪の皮の厚さに驚く二体。

 ならばとばかりに、タイタスが右手のまさかりを振り上げる。 


 そのわずかに拘束が緩んだ隙を、獣は見逃さなかった。

 大きく首を捻り、額の角を盾の縁越しにタイタスの体へ突き立てる。


 メキリと嫌な音が発せられ、タイタスの大腿骨に大きなヒビが走った。

 盾を持つ骨はわずかに顔をしかめながらも、持ち上げた斧を猪の首元目掛け叩きつける。


 またも硬音が鳴り渡り、弾かれた勢いでタイタスの手から斧が離れる。

 殴られたことに腹を立てたのか、盾の下で猪が滅茶苦茶に暴れ始めた。


 く、こちらの武器が通用しないのか。

 下僕骨を囮に撤退、いや時間稼ぎにもならんぞ。

 なら土の精霊で穴を掘って……あの大きさでは間に合わんな。


 そもそも足をやられたタイタスでは、逃げ切れる訳がない。

 一体、どうすれば――。



「……やってくれるじゃねえか、この豚」



 その声にはゾッとするほどの、怒りが籠もっていた。

 盾を投げ捨てたタイタスは、おもむろに抗う猪の額の角を引っ掴むと強引に押さえつける。

 片手で角を握り、もう片手で顔面を鷲掴みにしたまま、猪に伸し掛かった状態でタイタスはぼそりと呟いた。


「……喰うぞ」


 途端にもがいてた猪の体が、ピタリと動きを止めた。

 一瞬、脅しにビビったのかと思ったが、明らかに様子がおかしい。 


 よく見れば目眩を起こしたかのように、猪の足元がふらついている。

 さらに獣の体を覆っていた魂の力が、次第に小さくなっていく。


 そして代わりに、タイタスを覆う影が勢いを増し始めた。

 併せて太腿の骨のヒビが、内側から盛り上がり塞がってしまう。


 状況がさっぱり理解できない吾輩たちを前に、魂力を吸い取られた猪は地面にぐったりと伏した。

 完全に意識を失っているようだ。


「ふう、ごっそさん。中々美味かったぜ」

「な、何がどうなったんだ?」

「多分ですが、生命そのものを吸い取ったんでしょうね。猪の魂力がすっからかんになってますよ」


 今更だが、猪の命数は15とかなりの大物だった。

 けれどその器を満たす魂の影は、今はほんの少ししか残っていない。


「そんなことが出来るのか?」

「現におっさんがやっちゃいましたからね。調子はどうです?」

「ああ、ようやく腹が満ちたぜ。満ち足り過ぎて、気分爽快だ」

「大腿骨の穴も、完全に塞がってしまっているな……」

「倒す! 倒す!」


 状況を何とか飲み込もうとする吾輩たちを尻目に、猪の周りを嬉しそうに跳ね回るロクちゃん。


「倒すじゃねぇよ、倒しただろ」

「倒す?」

「た・お・し・た、だ」

「倒した!!」

「えっ?!」

「ええっ?!」


 慌ててロクちゃんを見るが、何もなかったかのようにケロリとしている。


「なんか色々と起こり過ぎて、頭が痛くなってきたぞ」

「それよりここ触って下さいよ、吾輩先輩」


 気が付くと五十三番は吾輩を置き去りにして、猪の傍らにしゃがみ込んでいた。


「いきなり、どうした? むむ、凄く硬いな」

「毛皮についた泥のせいかと思ったんですが、どうもこれ皮膚の下まで硬いんですよ」


 猪の背を小さなナイフで突いてみると、まったく刃先が刺さらない。

 色々試して見ると、どうも体の前面と背中の部分の脂肪がカチコチに固まって、鎧の代わりになっているようだ。


「この角で縄張り争いするから怪我をしないよう、こういう体質になったんじゃないですかね」

「確かにズブっと刺さると致命的だしな、これ」


 猪の額の角は骨よりも密度が濃いようで、ナイフでも削り取れないほど硬かった。


「もしかして、盾に穴が開いたりしてないか?」

「いや、大丈夫だ。……不味いかと思って避けておいた」


 見ると、盾の表面を横に擦った大きな跡があった。

 なるほど、勢いを外に逃がしたのか。


「流石だな、タイタス。また出てきたら、この調子で頼むぞ。ロクちゃんと五十三番は、次は腹部や足の辺りを狙っていこう」

「分かりました。じゃあ、とりあえずと」

 

 痺れ毒に浸したナイフを、腹にブスリと刺して途中で動かないようにしておく。

 あとは骨の八体がかりで、何とか猪の巨体は持ち上がった。


「よし、一度洞窟に戻るか。タイタスの能力も調べてみたいしな」

「そうしましょうか。今回はあまり活躍できず悔しいですが」

「吾輩なんぞ何もしとらんぞ。気にすることはない」

「倒す!」

「うむ、次は吾輩も何が出来るか考えておこう」

「さっさと戻ろうぜ。今日はもう何もやる気がしねぇ」


 何事もなく川を渡り、洞窟に戻ってくる吾輩たち。

 だが森を抜ける寸前、ネズミの一匹が警告を発してきた。


「チチュウ!」

「む、洞窟前に誰かが居るだと!」


 下僕骨たちを待機させ、吾輩たちだけで洞窟に近付く。

 果たして、そこに見えた影は――。


 見覚えのある小柄な体躯の持ち主は、アル少年であった。

 ゾロゾロと森から姿を現した吾輩たちを見て、少年は転げるような足取りで近付いてくる。

 そしてタイタスを見上げて、度肝を抜かれた顔で立ち竦んだ。


 固まってしまった釣り弟子に、吾輩はどうしたかと手真似で尋ねる。

 少年の体はあちこちに木の葉や枝がくっつき、膝からも軽く血が滲んでいる酷い有り様だった。


 吾輩に問われ気を取り戻したのか、アルは何度か大きく呼吸して息を整えると吾輩を真っ直ぐ見据えてきた。

 それから懸命な声を何とか絞り出す。



「師匠、お願いします。どうか、……どうか村を助けて下さい!」



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