第六十一話 西部の開拓
白々と夜が明けるまで粘ってみたが、結局現れた猫は一匹のみであった。
収穫がないまま棺部屋に戻った吾輩たちであるが、すぐに変化に気付く。
「む、明るいな」
「外と中の差が、ほとんどありませんね」
以前よりもハッキリと、洞窟内の造形が見えるようになっている。
「こんな分かりやすい変化は……、お、これか」
能力欄に増えていた項目は暗視眼。
なるほど、暗闇でもよく見える猫の目を授かったようだな。
ついでに他の項目も見ていくと、なぜか増えていた。
「む、この能力の生命感知って何だ?」
昨日から棺に追加された生き物は、剣歯猫だけだったはず。
となると、猫は一匹で二つの能力を保持していたことになるぞ。
「ああ、それ昨日、おっさんが生まれた後に出てましたよ」
「なんだと!」
「あと耐性も増えてますよ」
五十三番がケロッとした顔で何やら言い出したので、慌てて耐性の項目を見ると確かに増えていた。
「毒害無効だと。しかも段階が10になってるぞ!」
「毒の完全耐性ってことですかね。考えてみれば僕らには、毒が回るような神経や血管がないですし」
「ああ、骨の体だしな……。いや考察も大事だが、それ以前に出現した切っ掛けはなんだ?」
「それでしたら、骨の設定を弄れるようになったせいだと思いますよ。昨夜、触っていたら見たことのない項目が固定でありまして、裏面を見たら増えてました」
「骨の設定だと……」
そうか、生命感知も毒害無効も、吾輩たちが最初から持っていた能力や耐性ということか。
前に熱感知はなぜか棺に出てこないなと疑問に思ったが、なるほど骨の性能を確認した際に表示が解禁される仕組みになっていたんだな。
あと感知してたのは、熱じゃなくて生命だったのか。
生まれたての骨は太陽の熱に引かれるという吾輩の説は、どうやら間違っていたようだ。
しかし、なんと遠回しで不親切な……。
だがきっとこれは、何かしらの意味があるに違いない。
予想できるのは、まだ吾輩たちの中に隠された何かがあるという可能性か。
「何で黙ってたんだ? 黒棺様に変化があったら、ちゃんと教えてくれないと困るだろ」
「それは、吾輩先輩がビックリするかなって思って」
そう言いながら五十三番は、ニッコリと吾輩へ笑ってみせた。
無性に腹が立ったので、鎖骨を拳骨で殴っておく。
「他に変化はっと。お、やっぱり増えていたな。予想通りか」
技能の欄に追加されていた項目は、盾扱い熟練度。
さらに戦闘形態にも、盾使いが出ていた。
「弓使いがありなら盾使いもありだと思ったが、正解だったようだな」
「これで防御に関しては、ちょっとだけマシになりましたね」
「いやすごく増しただろ。盾を持てる下僕骨が作れるのは大きいぞ」
「そうですか? まだまだ先は長いと思いますけどね」
五十三番はどうも、タイタスがお気に召さないらしい。
数少ない仲間内で揉めるのは、勘弁して欲しいのだが。
ただ五十三番の指摘も、それなりに正しいとは思える。
なんせ要となる盾が、全く数がないのだからな。
そして作ろうにも道具がない。
流石に木を正確に切ったり削ったりは、石の道具では厳しい。
「盾が作れる環境も、急いで整えないとな……」
まあ、取っ掛かりが出来たことには間違いない。
それは素直に喜ぶとして、肝心の功労者を褒め称えようとしたが姿が見えない。
慌てて見回すと、ちょうど通路を歩いていくところだった。
その首には、ロクちゃんがブラブラとぶら下がっている。
「おい、どこへ行く?!」
「腹が満たされてないからな。……ちょっと出かけてくるわ」
「そんな近所の飯屋へ行くような感じで言われてもな。吾輩らも同行するから、ちょっと待て」
慌てて荷物運びの下僕骨を呼びつけ、ネズミたちに留守番を頼む。
ちなみにネズミはかなり増えてきたので、洞窟の周囲数十歩に巣を点在させ接近者に即気付くよう警戒網を引かせている。
「何か適当な獲物の心当たりはあるか?」
「次は狼かとも思ったんですが」
「日中に川の上流へ近付くのは、危険すぎないか? 男爵の手下と鉢合わせになるのは、出来る限り避けたいぞ」
「でしょうね。だとしたら……」
今のところ洞窟からの一千歩圏内で、もっとも強かったのは剣歯猫だ。
大型の肉食獣は、ある程度の大きな縄張りがないと生き延びるのは難しいと聞いたことがある。
剣歯猫の縄張りの外となると、滝の上の奥地。
丘陵地の北から回り込む黒い樹の密生地。
あと行ってないのは、南の街道近くにある沼くらいか。
「砦の向こうはどうでしょう?」
「あそこか……」
「吾輩先輩の救助で何度か偵察に行きましたが、森の中にかなり大きな獣道があったんですよ」
ここから西になるので川を渡る必要があるが、その辺りは用心すれば大丈夫だろう。
吾輩にはあまり良い思い出がない場所だが、目立つ獣道とは中々に期待が持てそうだな。
「よし、森の西部へ行くとするぞ!」
「頑張りましょう!」
「倒す!」
「……腹、減ったぜ」
そういうことで、吾輩たちは移動を開始した。
先行するロクちゃん、続いてタイタス、五十三番、そして吾輩と下僕骨が八体。
ぞろぞろと連れ立って森の中を進む。
下僕骨たちは忍び足やその下位の抜き足差し足の技能がないせいで、足音がそれなりに大きい。
あとタイタスもよく枝に引っ掛かって、ガサガサとうるさかったりする。
これ目敏い人間なんかには気づかれるんじゃないかとハラハラしつつ、ロクちゃんを信じて歩き続けること三時間。
吾輩たちは砦の跡地に到着した。
すでにあれから一ヶ月近くが経過した上、雨季の影響もあったせいか、焼け落ちた砦は緑に覆われつつあった。
人が立ち入った気配も、まったく感じ取れない。
何かに利用できる物はないかと見回していたら、五十三番が手を振って呼んでくる。
「こっちですよ、吾輩先輩」
ただの草むらと化した元畑を抜けて、森との境目にある木の柵へと近付く。
よく見ると畑のあちこちが掘り返され、柵にも大きな穴が開いていた。
「その……かなり大きくないか? 穴」
適当な太さの枝を組み合わせただけの簡素な柵だが、へし折られた部分の高さが明らかに吾輩の首元に近い。
横幅も骨が二体並べるほどだ。
体当たりでぶち破ったのだとすれば、灰色狼よりも体格が良いことになるぞ。
そんな危険な匂いがする穴を、タイタスがヒョイとくぐって先へ進み出す。
「ふぅ……、止めるだけ無駄か。ロクちゃん、先に行って警戒してくれ」
「倒す!」
「五十三番は、いつでも矢を撃てるよう備えておいてくれ。お前らは吾輩から五歩遅れて着いて来い」
指示を出してタイタスの後を追う。
そして予感していた通り、五十歩ほどでロクちゃんが手を上げた。
伝わってきたのは、地面を蹴る振動と荒い鼻息だった。
そっと前の三体の後ろから顔を出すと、木の根っこ辺りに顔を突っ込んでいる大きな影が見える。
何かをほじくり返して、食べているようだ。
四本の脚は短めで、体つきは非常に大きく太い。
明らかに、猫科の生き物とは体格が違う。
黒い短い毛で全身が覆われているのだが、ゴツゴツした岩のような印象を受けた。
二十歩ほど離れていたのだが、その生き物は見られている気配に気づいたのか顔を上げた。
特徴のある目立った大きな鼻――猪か?
だが吾輩の記憶にあるソレとは、大きく違った点があった。
その猪に似た獣の頭部からは、白く長い一本の角が突き出していた。




