第五十九話 遅れてきた大型新人
巨大な骨は吾輩らが見守る中、のっそりと棺から出てきて――。
なぜか棺の縁に、どっこいしょと腰掛けた。
そして肩を落としたまま、頭だけ持ち上げて辺りをゆっくりと見回し始める。
何も言わず、部屋の中を眺める大きな骨。
その周りを、ご機嫌で飛び跳ねるロクちゃん。
固唾を呑んで状況を見守る吾輩と五十三番。
緊迫してるような、してないような微妙な空気の中、巨骨はようやく二言目を発した。
「…………腹、減ったな」
「いや、胃袋がないだろ」
思わず漏らした吾輩の呟きに、初めて他に骨がいたことに気付いたような顔をして、巨骨はこっちに視線を向ける。
「煙草とか……、持ってなさそうか。見りゃ分かるな」
「あっても、肺がないから吸えんぞ」
「それもそうか。……ここ、どこだ?」
「森の近くの洞窟の中だ。お前が今、腰掛けているのが、お前を産んでくれた黒棺様で、お前は吾輩らと同じ只の骨だ」
とりあえず訊かれそうなことは、先んじて答えておく。
しかし、何だコイツは?
体の大きさも異常だが、挙動もおかしすぎる。
変革者に違いないとは思うが、生まれたてとは思えんぞ。
「記憶があるのか? お前」
「いや、何も覚えてないな。目が覚めたらここにいて、あんたらがいた」
「あんたらじゃない。吾輩は吾輩だ。吾輩先輩と呼べばいい。こいつは五十三番でって、何してる?」
紹介しようとした五十三番はなぜか新人骨には見向きもせず、棺の横にしゃがみこんでいた。
「ああ、すみません。あまり興味が湧かなかったもので。五十三番です。どうぞ、よろしく」
「こちらこそ。……このピョコピョコしてるのは?」
「倒す! 倒す! 倒す?!」
自分が話題になったことに気付いたのか、やっとロクちゃんは踊るのを止める。
弾むような足取りで巨骨に近付いて、肩関節を馴れ馴れしく叩き出した。
「その子はロクちゃんだ。元気で良い子だよ」
「倒す!」
「よろしくって、何で叩いてくるの? この子」
「多分、後輩ができて嬉しいんだろう」
吾輩の返答に、巨骨はロクちゃんの方をまじまじと見つめたあと、やれやれといった感じで首を横に振った。
「そっちの無口な子は?」
「これは棺を守る下僕骨だな。吾輩らのような意志を持てない存在だ」
「ふーん。……まぁ良いか、腹減ったな」
「また、それ言ってるな。腹がないのに減るわけがないだろう」
「減リ過ぎて、腹がないんじゃないの?」
うん? ううん?
何が言いたいか、よく分からんぞ。
だが確かに器官がないからといって、感覚そのものが全てなくなる訳でもないか。
吾輩たちも目や鼻がないが、情報自体を受け取ることは出来ているし。
そう考えると、この場合の空腹は幻肢痛に近い症状なのかもしれんな。
「訂正しよう。空腹自体は感じられるかもしれんが、それを満たす手段はいまのところ心当たりはない」
小さく顎を開いた後、巨骨は何も言わず頭を抱えて下を向いた。
その頭を、ロクちゃんがポクポクと叩く。
「さて、えーと大きい骨よ。状況のあらましを聞く気になったか?」
「良いけど。……この子、何とかならないの?」
「倒す!」
流石に鬱陶しかったのか、巨骨はロクちゃんの両手を器用に片手でまとめて掴み上げた。
手を繋いでもらったのが嬉しいのか、ロクちゃんはガチガチと歯を鳴らし出す。
見ていると巨骨の手を手繰り寄せ、そのまま大きな背骨に伸し掛かっていく。
「意外と力強いな。ああ、もう好きにしてくれ」
「じゃあ、説明を続けるぞ」
ザックリと吾輩が目覚めてから、これまでの出来事をかいつまんで話す。
ほとんどは興味なさそうに聞いていた巨骨だが、猫や狼と戦った話、それと手強そうな人間の兄弟の時だけ顔を上げてきた。
「つまり魂を集めるってのが目的なのか。何のためにだ?」
「強くなるためだ」
「それはあんたら、いや俺もか。俺たちの目的であって、この黒棺様とやらのではないだろう」
「うむ。その辺りは、情報がなさすぎて推論も立たない有り様だ。正直、吾輩には予想もつかん」
「目的がわからんまま、協力ってのは不味くないか?」
「現状では、不利益が発生してないからな。むしろ黒棺様に仕えることは、吾輩らの利に沿っている」
「今は良いが、後で困ることにならんかと聞いている」
少しだけ真面目な響きになった巨骨の声に、吾輩の口から思わず笑いが漏れる。
「良いか、吾輩らは骨だ。だからもう、その後の状態なんだよ、今は。これ以上、悪くなりようがないだろう」
「ふ、確かにそうだ」
「いや、骨の生活も結構悪くはないぞ。眠らなくても食べなくても平気、あ、すまん」
空腹を思い出したのか、再び巨骨は頭を抱えてしまった。
これはかなり可哀想かもしれない。
背中に覆いかぶさっていたロクちゃんも、雰囲気を察したのか後ろから頭を撫で始めた。
正直なところ、黒棺様の目的についてはあまり良い予感はない。
魂を一億個集めたら、邪神として復活するとか当たり前にありそうだし。
だが、そうであっても、吾輩たちは協力せざるを得ない。
強くならなければ、脆い骨なぞ簡単に消滅してしまうからだ。
記憶にはハッキリと残っていない。だが吾輩は薄っすらと覚えている。
何もないあの場所へ戻るのだけは、二度とゴメンなのだ。
「そろそろ良いですか? 吾輩先輩とえーと、名前はどうしましょう?」
「ああ、それなら百番――」
「た、倒す!」
「タイタス? ああ、それで良いよ」
「じゃあ吾輩先輩とタイタス、あとロクちゃん。棺の機能が増えたので、解説しますよ」
「おお、忘れてた。さっき光っていたな」
変化はどうやら棺の裏側、偽魂創生のメニューのほうだったらしい。
「一見して変わりなかったので、新しい種類でも増えたのかと思いまして」
そう言いながら五十三番は、呼び出す骨の型を決める場所を触る。
型を変えるかと思ったが、そのまま指を真横に滑らす。
途端、大量の文字が、骨の選択部分の横に現れた。
反響定位、気配感知、頭頂眼に身かわし熟練度や叩き落とし熟練度等々。
「これは?!」
「驚くのはまだですよ。この項目を触ると――」
五十三番の指の下で、反響定位の文字が末端再生へと変わる。
「なんと! まさか他のも?」
「はい、でも変えられるのは能力と熟練度と戦闘形態だけですね。耐性は固定で動きませんし、技は最初から入ってないみたいです」
「いや、それだけでも十二分に素晴らしいぞ」
「ええ、そうですね。これで色々と特化した骨が作れますよ」
喜ぶ吾輩と不思議そうに首を傾ける巨骨の顔を交互に見ながら、五十三番が訝しげな声を上げる。
「ところで、どうしていきなり変革者が出てきたり、機能開放になったりしたんですかね?」
「それについては心当たりが一つだけあるな」
「どうぞ、吾輩先輩」
「うむ。実はタイタスは、ちょうど百番目の骨なのだよ」
「あれ? 確かロクちゃんから数えて、九十七番目のはずですよ」
「ああ、ロクちゃんや五十三番の数は、吾輩から数えて何番目という勘定だぞ」
「え? 初耳ですよ!」
言ってなかったしな。
実は反響定位を会得してから、初めて確認した棺の総命数は642。
コウモリを仕留めたのは三十三番だから、吾輩が最初の一人であれば672になるはずだ。
しかし実際の数は30少なかった。
つまるところ、吾輩の前に三人の先駆者がいたと結論付けるしかない。
「じゃあ僕、本当は五十六番だったんですね」
「うむ、今から呼び名を変えるか?」
「もう良いですよ。五十三番で」
「んじゃ、これからよろしく頼むわ。吾輩さんとゴーさん、あとロク助ね」
百番目の呼び方に、五十三番は心底嫌そうな表情を浮かべてみせた。




