第五十八話 四体目?
木製の盾は中心部分に鉄製の丸い留め具、盾心が付けられており、裏返すとそこに木の取っ手が付けてあった。
真ん丸だったのでてっきり一枚板を削って作ってたのかと思ったが、数枚の板をくっつけて円形に切り抜いてあるのか。
縁の部分に動物の皮が巻いてあり、板がバラバラにならないよう補強はしてあるが強度に少し不安が残る構造だ。
逆に鉄製の盾は、ずっしりと重く厚みもかなりある。
当然ながら素早く持ち上げたり振り回したりするには、かなり力がいりそうだ。
盾の右上に革帯が付いており、肩に引っ掛けられるようになっている。
なるほどこれなら軽く肩を回せば帯が外れて、すぐに構えられるというわけか。
「鉄盾の方は、かなり使い込んだ跡が見えますね。こことか結構へこんでますよ」
「矢は何本拾えた?」
「五本です。こっちも少し矢羽根がヘタってきてますよ。使い回しが多いんでしょうね」
盾は両方とも、模様や装飾はない。
紋章らしきものでも書かれていれば、使用者がどんな連中かくらいはもう少しハッキリしたのだが……。
今、判明しているのは、さっきの男どもが男爵とやらに仕えていること。
その男爵に命じられて、川に何かあったかと調べに来たことくらいか。
あとかなり強いが、ちょっと貧乏そうな点も分かっているな。
思い返すと盗賊連中も、酒を飲みながら何度か男爵の名前を出していた記憶がある。
強欲なわりに、腰抜けだとか事なかれだとか、散々に言われていたな。
まあ、街道をあんな盗人どもに好き勝手させてる時点で、腰が重いのは当たっているようだ。
となると、川を堰き止めた件ですぐに動いたのは、よほど都合の悪いことだったらしい。
あれから幹部連中や親分が洞窟に来ることもなく、やっと盗賊の件が片付いたかと思ったら、今度は男爵の兵隊のお出ましとは。
人間というものは、次から次へと面倒事を持ち込んでくる性分なのか。
「よし、できるだけ吾輩たちの痕跡を消していこう。あんなのが洞窟まで来たら流石に不味い」
「倒す!」
「それは、もうちょっと強くなってからな、ロクちゃん」
散らばった骨片を拾い盾の裏に載せていく。物を運ぶのに便利だな、これ。
小さすぎる破片はネズミたちに集めさせてから、川へ流して隠滅する。
綺麗に片付け終えた吾輩たちは、戦利品を担いで速やかに川原から立ち去った。
洞窟に戻った吾輩たちを出迎えてくれたのは、先に戻った下僕骨たちだった。
芋虫は全て、黒棺様に捧げ済みのようだ。
ネズミ飼育部屋にも変化なし。
餌の採取と餌やりも下僕骨にやらせるようになって、吾輩の手間が随分と減って助かるようになった。
手間といえば、木の加工品もそうだ。
現在、隣の加工部屋で、四体の下僕骨が作業中である。
骨たちは木の皮でひたすら紐を作ってくれたり、木の枝を削って弓の制作に取り組んでくれている。
もっとも出来るのは単純な作業だけで、仕上げなんかはまだまだ吾輩がやらねばならないが。
棺部屋を守る防衛骨に木の盾を渡した吾輩は、ようやく肩の力を抜いた。
「ここのところ、色々とあり過ぎだな」
「そうですね。たまには温泉にでも入ってゆっくりしたいですね」
「倒す!」
「はっは、温泉というのはお湯だから倒せないぞ、ロクちゃん」
そもそも吾輩たちが風呂に入ったところで、取れるのは疲れではなく出汁くらいなものだ。
「さて、昨夜の成果を確認しておくか」
棺の側面を覗き込む。
<能力>
『危険伝播』 段階1→3
『反響定位』4『気配感知』4『頭頂眼』3『末端再生』2『麻痺毒生成』2
『視界共有』2『臭気選別』1『火の精霊憑き』1『腕力増強』1『賭運』1
『土の精霊憑き』1
<技能>
『身かわし熟練度』 段階9→10→『回避熟練度』 段階0→1
『叩き落とし熟練度』 段階9→10→『受け流し熟練度』段階0→1
『見抜き熟練度』 段階6→7
『骨会話熟練度』 段階3→5
『鑑定熟練度』 段階1→2
『指揮熟練度』 段階0→2
『土の精霊術熟練度』 段階0→2
『棒扱い熟練度』10『刃物捌き熟練度』10『投げ当て熟練度』10
『火の精霊術熟練度』10『長柄持ち熟練度』10
『動物調教熟練度』4『忍び足熟練度』4『短剣熟練度』4
『片手斧熟練度』4『投擲熟練度』4『弓術熟練度』3
『片手棍熟練度』2『片手剣熟練度』2『両手斧熟練度』2
『両手槍熟練度』2『投斧熟練度』1『火の精霊術熟達度』1
<特性>
『圧撃耐性』6『刺突耐性』8『打撃耐性』8『炎熱耐性』5
『腐敗耐性』3
<技>
『飛び跳ね』 段階1→2
『盾撃』 段階0→0
『兜割り』 段階0→0
『二連射』 段階0→0
『念糸』8『しゃがみ払い』6『狙い撃ち』6『三段突き』4『齧る』3
『痺れ噛み付き』2『早撃ち』2『頭突き』0『爪引っ掻き』0
『体当たり』0『くちばし突き』0『三回斬り』0『棘嵐』0
<戦闘形態>
『二つ持ち』5『弓使い』3
今回で黒芋虫の数が五十匹を超えたので、危険伝播がいきなり3まであがってしまった。
ただこれ、変化が分かり難いんだよな。
危険な目にあわないと確認できないので、調査は保留しておこう。
技能は上がってる上がってる。
身かわし熟練度と叩き落とし熟練度が消えて、回避熟練度と受け流し熟練度に変わった。
初期から中期ということだろう。
見抜きと鑑定は、狼を持って行った連中をチェックしたせいで上がったか。
そう言えば鑑定は、貯水池作ったときも活躍してたしな。
密かに嬉しいのが骨会話の上昇だ。
会話と言いつつ、こっちから一方的に命令してるだけだが、それでも上がるものなんだな。
ついでに指揮熟練度というのも出ていた。出た理由が分かりやすいので割愛。
特性は上がりにくくなってきたようだ。
狼や猫相手だとまだ上がりそうなので、予備の骨体を使って集中的に上げる手もあるか。
下僕骨だと多分一撃で沈んで、上がらないとは思うし。
勿体ないがあの剣技や弓技を見せられて、躊躇してる場合でもないしな。
この持ち帰った盾で、少しは防御面も強化出来ると良いんだが。
驚いたのは技だ。
「盾撃、兜割り、二連射。これ、どう考えてもさっきの連中の技だな」
「僕たちが受けた訳ではないのに、しっかり記録されてますね」
「黒棺様から離れすぎた場合は、情報が届かないはずなんだが……」
考えられるのは、技を受けた骨の体を洞窟に持ち帰ったので、死因が登録されたとかか。
いや、これまでかなり骨を持ち帰っているが、技が増えたことはなかったな。
「うーん、目撃していた僕たちにまで、技の脅威が伝わったという仮説はどうでしょう?」
「ふむ、危険伝播のようにか?」
「あ、それじゃないですか? 三段階目」
「うむむ、あり得るか」
昨夜の狩りの途中、芋虫を上手く洞窟に運べてるか一度確認しに戻ったからな。
あの時に黒棺様から、段階の上がった危険伝播を受け取っていた可能性がある。
そして今回、倒された骨の近くにいたことで、その死に様の技が情報として吾輩に刻まれたのか。
「骨たちの健闘は、装備品だけじゃなかったようだな」
「ええ、良い仕事してくれましたね」
「倒す!」
「ああ、倒された分も補充しておかないとな」
今まで出したのは防衛一体、攻撃一体、集魂二体、司令十三体の計十七だ。
防衛は今もこの部屋を守ってくれており、攻撃と集魂は危ないので頭を外して予備骨部屋行きになった。
命令形のは四体が木の皮作業に従事しており、一体はネズミの世話、残りの八体で戦闘を行っている。
そして先ほど四体が消えたので、戦闘用に追加しておかないとな。
総命数は1006だったのが、骨十七分を引いて836。
そこに芋虫三十六匹分を足して908。
捕獲四十八匹中、十二匹は残念ながら死亡していた。
うん、まだまだ余裕はある。
ネズミが子供を十匹産めば、骨一体と考えれば安いものだ。
「まず、補充分を出すか」
司令を選択して、新たに四体の骨を出す。
「ついでに洞窟の警備も強化しません? それに僕も、自由に使える部下が少し欲しいですし」
「うむ、許可しよう」
さらに四体出して、総命数は828か。やや一気に使い過ぎたか。
だが新たな危険が迫ってきている以上、今は出し惜しみは不要だ。
「倒す!」
「ふむむ、ロクちゃんも呼び出してみたいと。それは却下だ」
「倒す! 倒す!」
「ロクちゃんも部下が欲しいみたいですね」
「余計に却下だ。そもそもロクちゃんじゃ――あっ!」
吾輩が目を離したその隙に、ロクちゃんが勝手に棺に触ってしまう。
「やれやれ。まぁ一体くらいなら、って、おいおいおい!」
「何ですか? これ」
棺から体を起こした骨を見上げながら、吾輩たちは唖然として声を漏らした。
そう、視線は上を向いていた。
なぜかロクちゃんが呼び出した骨は、吾輩たちとは体のサイズが異なっていたのだ。
…………こいつ、大きいぞ。
え? 何でだ?
顎を開けっ放しの吾輩たちを横目に、ロクちゃんは嬉しそうに棺の周りで踊っている。
「倒すっ! 倒すっ! 倒すっ!」
「…………たおす?」
おい、喋ったぞぉぉおお!
さらに棺がピカッと輝く。
おい、今度は光ったぞぉぉ!!




